12.神々の黄金
アクイラ山の地下深く、まだ誰一人来たことのない坑道で、私は一人ツルハシを振るっていた。
カーン、カーンと岩を打つ響きだけがあたりにこだまする。
むしゃくしゃした時、何かを深く考えたい時、私はいつもこうして岩を掘る。
無心にツルハシを振っているうちに、荒ぶる思いも、すさんだ気持ちも次第に静まっていくからだ。
ヴァルカニアで作られた宝飾品が、ドリンの手で刻印を上書きされ、不正に売られていたことについて。
一族の話し合いは、結局、何ひとつ結論が出ないまま終わった。
「そりゃあ、奴らのやったことは許せないし腹が立つさ。けどなあ……」
「今さらあそこに戻ったところで、元通りの暮らしはできないんだろ?」
ダンジョンと化したヴァルカニアには、今や四六時中冒険者たちが出入りしている。
かつて我々が住んでいた家々は荒らされ、鉱脈に残る鉱石は好き勝手に掘り出され、坑道には魔物たちが跋扈しているという。
「あそこしか帰る場所がないっていうならともかく、今は……なあ?」
誰もが満足げに見渡すフレイハイルは、確かに我らドワーフの理想郷だ。
真新しい鉱山には手つかずの鉱脈が無数に眠り、魔物どもに命を脅かされることもない。
おまけにここでは、ドワーフだからと作った物を買い叩かれることもなく、食料品の値段を吊り上げられることもなく、まっとうな取引ができるのだ。
とはいえ、もちろん皆が皆、全面的に反対というわけではなかった。
「わしらの名前が削られて、汚らわしいドリンの印が捺されとるんだぞ。一族の仕事を盗まれて、おめおめ黙っていられるか。恥を知れ!」
「見ろ、族長の左手を! 紋様はまだ残っとる。ヴァルカニアの真の主が誰なのか、あの山はまだ覚えておるぞ」
伝統を重んじる長老たちは、おおむね私の意見に賛成したし、
「偽の刻印のことが知られれば、人間たちはますますドワーフを信用しなくなるだろう。帰る帰らんはともかく、刻印の件だけは早く何とかすべきでは」
と懸念を口にする者もいた。
一方、反対派の中には、
「ドリンの後ろにはフェルメア王がついとるそうじゃないか。わしらが下手に騒ぎ立てれば、フレイヤ様にご迷惑がかかる」
という決して無視できない意見もあったし、
「いっそドリンの店に、うちの品を倍の値で卸してやったらどうだ。それなら儲けも出るだろう」
などとふざけたことを言い出す者まで出る始末だ。
――ガキン!
ツルハシの先に、これまでとは違った手応えを感じたかと思うと、太い柄が手の中でぽきりと折れた。
「くそっ!」
私は舌打ちして壊れたツルハシを放り投げ、手近な岩に座り込む。
「結局、私はどうすればいいのだ……」
ヴァルカニアを奪還すべきだということはわかっている。
ドリンの刻印の件も、早急に何とかしなければならない。
けれど、ヴァルカニアもドリンの店があるという王都も、ここから何と遠く離れていることか。
――要は兄貴は、あの女と離れたくないんだろ。
ふいに、頭の中でローガンの声がした。
実際に聞こえたわけではない。
ただ、ローガンがこの場にいれば、いかにも言いそうなことだった。
――兄貴はあの黄金の魔女にべた惚れだもんな。
「うるさい」
――へへん、図星だろ。
「……っ!」
そうとも。私はあの方が慕わしい。会えば会うほど、言葉を交わせば交わすほど、この胸の想いは募るばかりだ。
そう思った途端、私の前に首を垂れ、うなじを露わにしたフレイヤの姿がまざまざと蘇り、私の胸は痛いほどに高鳴った。
この指であの方の後れ毛を除けたとき、かすかに触れた白い肌。
俯いていたせいだろう、上気した頬で私を見つめ、微笑みかけたあの眼差し……。
――とんだ独占欲だよなぁ。わざわざ自分の目の色と同じ宝石を選んで身に着けさせるなんてよ。
私はきつく拳を握りしめる。
わかっているのだ、この想いが決して彼女に届かぬことは。
それでも想うことだけは……胸の内に秘めた想いを抱き続けることだけは。
――おいおい、族長さんよ。まさかヴァルカンの二の舞を演じるつもりか? やっこさんが終いにどうなったか、忘れたわけじゃあるまいな。
もちろん、憶えている。ドワーフの間ではあまりにも有名な昔話だ。
魔導士デライラに恋したヴァルカンは、ドワーフの力の源たるブリーシンガルを彼女に渡し、その罪で王国から永遠に放逐された。
――あんたを同じ目に遭わせたくないんだ。
その声には、それまでの揶揄するような調子は微塵も含まれていなかった。
「わかっているさ、弟よ」
おまえがいつも私を案じてくれていたことも。
私のために陰でいろいろ動いてくれていたことも。
私はヴァルカンとは違う。決して一族を裏切りはしない。たとえ……。
――たとえ、あの女のためでもか?
次の瞬間、左手の甲に激痛が走った。
見れば、少し前からその輪郭を取り戻しつつあったヴァルカニアの紋様が、くっきりと赤黒く浮かび上がり、心臓の鼓動に合わせてどくどくと脈打っている。
(何だこれは)
あまりの痛みに、目には勝手に涙が浮かび、口からは呻き声が漏れる。
私はそれまで座っていた岩から滑り落ち、左手を押さえて冷たい石床を転げ回った。
そして――。
どれほど苦痛にのたうちまわっていただろう。
ようやく痛みが引いていき、うっすらと目を開けた私の傍らに、折れたツルハシが転がっていた。
太く頑丈な柄が折れているだけでなく、刃の先端が欠けている。
(これは)
ツルハシの向こうに亀裂の入った岩があり、亀裂の奥に赤味がかった金色の鉱脈がのぞいていた。
黄金に似ているが黄金ではない。この輝きは――。
「まさか……オリハルコン!?」
神々の黄金。鉱石の王。ドワーフたちの見果てぬ夢が詰まった鉱脈が、私の目と鼻の先で静かに煌めいていた。




