15.三日月
「嘘よ。嘘よ嘘よ嘘よ嘘嘘嘘――!」
王都に向かう馬車の中、エルシーは譫言のように呟いていた。
知らせを受けたアリスターは一足先に馬を飛ばして戻ったため、馬車の中はエルシー一人である。
『どこの馬の骨とも知れぬ男の血が入った婚外子を王太子妃に据えるなど、できるはずがないだろう?』
『義母上は、まだ伯爵令嬢だったころにエルシーを身籠ったんだ』
領都のカフェでアリスターとフレイヤが会うと知ったエルシーは、密かに彼らを尾行した。
そこで聞こえてきた内容は――。
(知らない。そんなの聞いてない!)
だけど――。
考えてみれば、子どもの頃からおかしなことはいくつもあった。
フレイヤが家に来てからというもの、彼女が外に出かける時は、必ず護衛の騎士がついた。
アリスターが来てからは、護衛の数が倍になった。
それまで、エルシーが遊びに出かける時は、誰もついてこなかったのに。
フレイヤには教科ごとに何人もおっかない家庭教師がついていたのに、エルシーには一人だけ、それも母の侍女が読み書きと刺繍、それにダンスを教えてくれただけだった。
その侍女だって、今日は勉強したくないと言えば、「仕方ありませんね」とあっさり解放してくれた。
あの頃、母は自分にだけは甘いのだと思っていたけれど。
(それってつまり、私はどうでもよかったってこと?)
『いいのよ、エルシーちゃんは。フレイヤ様みたいにならなくても』
記憶の中の母の言葉が、これまでとはまったく違う意味をもって反響する。
――いいのよ、エルシーちゃんは。フレイヤ様みたいにはなれないのだから。
「あああ。あああああ――!」
ガタガタと揺れ続ける馬車の中で、大声で喚き、泣き叫び、それにも疲れ果てたエルシーの頭に、ふとある疑問が浮かび上がった。
(それじゃ、私のお父様は誰?)
『父親が誰かはわからない』
とアリスターは言っていたけれど。
(母様なら知っているはずよ。それに――……)
エルシーは身の回りの品を入れているバッグから手鏡を出すと、しげしげと自分の顔をのぞきこんだ。
柔らかなピンクブロンドも、ローズクォーツの瞳も母譲り。ただし肌の色だけは母よりさらに色白で、エルシーはそれがひそかに自慢だった。
(実は私のお父様は、すっごく偉い人だったりして)
そう思った途端、エルシーの頭にある可能性が閃いた。
(そうよ。実はお義父様が――陛下が実のお父様ってことだってあり得るじゃない!)
義父である国王には、昔からある噂があった。
――陛下は、とある愛人との間にお子をもうけているらしい。
(そうよ、それが私なのよ! そう考えれば、陛下が母様と再婚したことにも説明がつくわ!)
「うふふ。なぁんだ。あたしだってちゃんと賢いじゃない」
と、悦に入ったエルシーだったが。
「あら? でも待って。だったらアル義兄さまとあたしって……」
同じ父を持つ異母兄妹ということになるのでは。
「やっば……」
誰にも知られていないことだが、エルシーとアリスターはすでに一線を越えている。
(だって初めてそうなった時は、母様はまだ陛下と結婚する前だったし)
第一、エルシーが陛下の子だったなんて、誰も教えてくれなかったではないか。
しばらくの間、うーん、と考え込んでいたエルシーは、やがてくすりと微笑んだ。
「いいわ。アル義兄さまとはこれまでどおり、血の繋がりのない兄妹ってことにしときましょう。それでもあたしと結婚しないと言うのなら……」
――一国の王太子が、血の繋がった妹に手を出したなんて知られてもいいの?
「うふふ。なぁんだ。やっぱりあたし、賢いじゃない」
走り続ける馬車の中で、エルシーは一人呟くと、その両目と唇で三つの三日月を形作った。




