2-142:魔法の練習
「じゃあ、今日は魔法の練習をするんだね……」
「よろしくおねがいしまっす!」
団子作りを学んだ次の日のこと。
何故か始める前から疲れた様子の猫西と、対照的に元気いっぱいの空は団子作りの道具や材料を前に向かい合っていた。今日はいよいよ魔法で団子を作るやり方を学ぶのだ。
「頑張るのだぞー」
「ガンバレー」
「ホピピッ」
囲炉裏の傍に置かれた籠の中からヤナが気のない声援を投げかけ、部屋の中をうろうろしているテルちゃんとフクちゃんも声を上げる。
「うん、がんばるね!」
「……あんまり頑張らないでほしいんだね」
気合い十分という様子の空の声に、猫西は思わず本音を小声で呟いた。空の教師役を気軽に引き受けたことを、今は少しばかり後悔しているのだ。
空とは対照的にしょんぼりと耳と髭を傾ける猫西に、籠の中からニャーと細い声が掛かる。
「ん……頑張るんだね」
連れ合いから声援を受けて、猫西は一つ頷き背筋を少し伸ばした。
囲炉裏の側でぬくぬくと寛ぐ白妙の姿を見ていると、冬を暖かく安全に過ごすためなら多少の苦労も仕方ないかと思えてくる。
実際、米田家は居心地良く快適だ。食料の備蓄もたっぷりあり、猫二匹が増えても全く問題なく歓迎されている。肉や魚も沢山蓄えてあって、雪乃はそれを猫たちが食べやすいように調理して振る舞ってくれた。
家守として迎えられたわけではないから、敷地の警備や見回りなどの仕事をする必要もない。
空が団子を光らせる以外の悩み事は、今のところ存在しないのだ。
「猫西さん、今日は私も見てるから大丈夫よ」
「とってもありがたいんだね……」
今日は雪乃も二人の側で見守る態勢なので、少し安心だ。初めて魔法に挑戦するとなると、何かあったときに猫西一人では対処できるか心配していたのでとても助かる。
猫西は頭をふるりと振って気を取り直し、まずは何から教えるかと考え始めた。
「さて、何から始めるかね……空くんは、何かに魔力を流すことは出来るんだね? 身化石とか、折り紙の鶴とか」
「うん、できるよ!」
身化石を魔力で染めることを空はあまりしないが、折り鶴や風車、クマちゃんファイターなどの玩具に魔力を流すことはちゃんとできている。
空がそう言うと猫西は頷き、置いてあった道具の中から小さめのボウルを手に取って、そこに魔法で出した水を少しだけ流し入れた。
「まず、魔力を細く伸ばして、この水を掻き回せるか試してみるんだね。こういう感じで……」
猫西がボウルの上に右前足を翳すと、触れてもいないのにボウルの中の水がゆらりと揺れてゆっくりと渦を描く。しばらく回したところで手を離すと、渦は静かに消え去った。
空はそれを珍しそうにのぞき込んでいたが、猫西に促されてそっと右手を翳した。
「んん……まりょく……」
空は手を翳したまま首を捻り、小さく唸る。
物に直接触れて魔力を流すというのには大分慣れたのだが、何もないところに自分の魔力を放出するというのが今ひとつわからないのだ。
「指先から細い糸が出るのを想像するんだね。その糸が水に入って、水を掻き回すんだね」
「いと……うーん?」
細い糸、と言われて空は一生懸命想像してみた。指先から細い糸が出る……と心の中で繰り返し呟くと、本当にするりと何かが出たような感覚がしてハッと目を見開く。
「なんかでたかも!」
「お、本当かね? コツを掴むのが早いんだね……じゃあそれが水に下りるのを想像して、あ!?」
猫西が叫んだ次の瞬間、バシャンッとボウルの水が大きく跳ねて周囲に飛び散った。
「うひゃっ!?」
手だけではなく顔も近づけていたため、それを思い切り被った空は思わず悲鳴を上げた。驚いてすぐに引っ込めたが少し遅く、その手も顔もびしゃびしゃだ。
「つめたぁい!」
「あらあら、空、動かないでね」
雪乃がサッと手を振ると飛び散って濡れた畳からも、空の顔や体からも水が集まり、すぐに乾かされた。
「ありがと、ばぁば……びっくりしたぁ」
「どういたしまして。今のはちょっと魔力の糸が太かったわね」
「そうなの?」
「うん。糸じゃなくて、うどんみたいなのが出てたんだね」
「うどん……」
呟きながら、空は自分の手をじっと見る。細い糸を想像したのに、実際出ていたのはうどんだったらしい。自分がどのくらいの魔力を出しているのか、空にはよくわからないので判断のしようがない。
「そういうの、ねこにしさんもばぁばもみえるの?」
「俺は見るために目を強化してたんだね」
「私は何となく感覚的にわかる感じかしら」
二人の返答に空はなるほどと頷いた。魔力を感じ取るやり方も人それぞれということらしい。
とりあえず空は先ほどの感覚を思い出して、うどんのようだと言われた魔力を指先からもう一度出してみた。太いかどうか、出した感覚だけでは空にはまだよくわからない。
「うーん……これ、ほそくするってどうするの?」
「そういうのも何度もやって感覚を掴むしかないんだね。多分そのうちできるようになるから、とりあえず今は何か水以外のものを動かす練習でもするのがいいかもしれないね」
「そうね……とりあえず、ある程度こねて飛び散る心配がない生地を作って、それで試してみるのはどうかしら」
「そうしようかね」
雪乃がそう提案すると猫西はそれに頷き、先ほどとは別のボウルにサッと粉と水を入れて、それらが飛び散らなくなる程度まで魔法で手早く混ぜ合わせた。
「このくらいかね……試しに混ぜてみるんだね」
「うん。まぜるって、どんなかんじ?」
「うーん……魔力の糸を垂らしてそれを薄く生地に広げたら、団子がこねられているところを想像する感じかね?」
その辺も個人の感覚によって違うので、猫西は少しばかり自信がなさそうにそう告げた。
(……魔法って、思ったより感覚的で、適当なのかなぁ?)
空は猫西の言葉や今まで見てきた雪乃の魔法などを思い返し、そんな感想を抱いた。確かに魔法を使うときに呪文を唱えている姿をあまり見ていない。
「まりょくをひろげて、こねる……」
空は考えながら、もう一度魔力の糸をするりと垂らしてみた。何かが出ている、という感覚はあるがそれが団子の生地に当たったかどうかは今ひとつわからない。
うどんみたいだと言われた糸が今どのような状態なのか掴めず、空は首を捻った。
「ばぁば、うどんみたいなの、どうなってるかわかる?」
「そうね……ボウルの中でうねってる感じがするわね」
「うねってる……こねてない?」
「魔力が生地の上に溜まって、中まで広がってないからなんだね」
空はその様子を想像しながらボウルをじっと見つめた。団子の生地の上にうどんが溜まっているような感じだろうか。想像力が大事らしいので、そのうどんが団子生地と絡まるようにと念じてみる。
「まりょくがからまって、こねこねする……」
口に出した方が上手く行くだろうかと呟いてみる。すると団子の生地の一部がもにょりと小さく動いた。
「あ、うごいた!」
白い生地はもそ、もそ、とゆっくりと動く。しかしそれはこねているというより混ぜているような動きで、飛び散ったりはしないが生地が滑らかになる様子もなかった。
「んー……なんかちがう? こう?」
空は手で団子をこねたときの感覚を思い出し、半ば無意識で手をぐっと握った。
「あっ」
「えっ?」
猫西がパカリと口を開け、その声に空が顔を上げる。次の瞬間、生地がムニャリと大きく歪み、幾つかに千切れてボウルから勢い良く跳びだした。
「わっ!」
「あら」
ボヨンと跳ねた生地が床へと落ちてしまう、と空は反射的に手を伸ばした。しかしそれらは空中でピタリと動きを止め、ふわりとボウルに戻ってくる。
「あ……ばぁば?」
「ええ、私がちゃんと止めたから大丈夫よ」
「よかったぁ、ありがとう!」
生地が駄目にならずに済んだ、と空はホッと胸を撫で下ろす。ボウルの中に戻された生地はサッとこねられてまたひとまとめにされていた。
「なんでとびでたんだろ?」
空が不思議そうに見つめていると、猫西がううん、と小さく唸る。
「空くんのうどんみたいな魔力が、手を握ったのに反応して生地を切り分けて弾き飛ばしたんだね。こう、大きな手でぎゅっと勢い良く握って、その指の間からにゅるっと逃げられたみたいな感じだね」
その説明はなかなかわかりやすい。空はボウルから離した小さな手を見つめ、握ったり開いたりしてみた。
「おだんご、じぶんでにげだしたんじゃないよね?」
「……まだ大丈夫だね、多分」
掴もうとした味噌に散々逃げられた経験のある空は、少しばかり疑わしそうに白い生地を見つめる。手でこねたときと違って空の魔力がまだそれほど浸透していないせいか、生地は光っても動いてもいないようだ。
「まりょくって、なんかよくわかんない……」
「最初は皆そんなもんだね。感覚が掴みづらいのは仕方ないね」
「ええ。とりあえずこねるのはまたにして、千切ったり丸めたりするのも少しだけやってみたらどうかしら。挑戦したら、出来そうなことがわかるかもしれないし」
小さな子が初めて使う魔法で成功するなどと大人たちは思っていない。やってみるということが大事なのだと雪乃は空にそう促した。
「うん、やってみるね!」
空はそう言って気合いを入れ直すと、またボウルに手を翳して生地を見つめた。
自分の魔力がうどんのように出ているのはこの際置いておいて、どうにかそのうどんで生地を切り分けることが出来ないかと考える。先ほど生地をバラバラにしたのだから多分出来そうだ。
太いワイヤーをぎゅっと押しつけることをイメージしながら手を動かすと、生地の真ん中に一本の線がじわりと現れた。その線はそのまま沈むように深くなり、生地がどうにか二つに分かれる。
分けるのは出来そうだと空は頷き、次はその線に垂直になるよう横にもう一本、と考える。
それを繰り返して縦横の線を順番にもう二本ずつ増やすと、生地は大体十六分割された。
元の生地が丸っこいので端や角は分量が大分違いそうだが、初めてだし許してほしいところだ。
「つぎは……まるくする?」
丸くするのはどうしたらいいだろう? うどんのような魔力で丸くするのは難しそうだが、呪文のように言葉に出したら何かの助けにならないだろうかと空はブツブツと呟いた。
「おだんごをまるめる、まるめる……まんまるで、おいしいおだんご……」
「オダンゴ、オッキイトタベタトキ、ウレシインジャナイ?」
「それはうれしい……あっ、まって!」
横から掛けられた余計な提案によって空の意識がそちらに傾いた瞬間、ボウルの中の生地がぬるりと動いた。
「お……丸まったんだね、一応」
「丸まったわねぇ……一応」
ボウルの中で綺麗に丸くなった生地を見て、猫西と雪乃が感心したように呟く。
まんまるで、と強調したのが良かったのか、出来上がった団子は手で丸めてもこうはならないだろうというくらいの完璧な球体で、表面もつるりと艶やかだ。
ただ、その大きさが問題だった。
「ああぁ……せっかくわけたのに、なんでぜんぶひとつになっちゃったの!?」
「オッキクテ、イインジャナイ?」
「ホピッ!」
「おっきすぎるよ!」
最初に生地を分割しておいたのに、その全てが一塊にまとまって丸くなっている。直径は十センチ以上ありそうだ。
いくら綺麗に丸くなっていても、この大きさでは茹でても中まで火が通らないだろうし、食べるにも不便すぎる。団子としては完全に失格だろう。
「うう、まほう、むずかしい……!」
空の想像ではもっと器用に魔法を使って、団子らしい団子が作れる予定だったのに。
残念ながら初めて挑戦した魔法は、謎の巨大団子を作るだけで終わってしまったのだった。




