2-141:口には飛び込まなかった
猫西と冬の宿の相談をしてから数日後、村には木枯らしが吹き付け急に寒くなった。
雪乃はヤナに相談して許可を得ると、雪が降る前にと猫西たちを急いで米田家に迎え入れた。
「うんしょ、うんしょ……」
空は小さく呟きながら、目の前にあるボウルの中身を小さな手で懸命にこねていた。
手にベタベタと張り付く粉に苦労しつつ生地を掴み、まだ粉っぽいところ目がけてむぎゅりむぎゅりと押しつける。
「なかなか良い手つきなんだね。もうちょっと滑らかになるまで頑張るといいんだね」
「うん!」
猫西に励まされながらこねているのは団子の粉だ。まだぼそぼそとしている白い粉に、猫西が様子を見ながらほんの少しだけ水を足す。空はその水と粉を一緒に握りつぶすようにしながら丁寧にこねた。
「うーん、もうちょいなめらかに……そんで、うんとうんとおいしくなぁれ……」
「ソラ、ガンバレー! ソラノオダンゴ、オイシクナーレ!」
空の手では団子の生地を一度に沢山は掴めない。端から順に丁寧に握りつぶしたり、上下を入れ替えるようにぐるりと混ぜたり、色々工夫しながらの作業だ。隣ではテルちゃんが手をピコピコ振って応援している。
「うんうん、良い感じなんだね。あ、でも美味しくなれって願うのはその辺で……その辺で!」
「エー、モットイケルヨ! モットモットカガヤクヨ!」
「おいしくって、つやつやできらきらのおだんご……」
空が美味しくなれと念じる度に魔力が無意識に流れ、その願い通りに生地が少しずつ煌めいてゆく。隣で楽しそうに踊りながら、無責任に煽ってくる者もいるので雲行きが怪しい。
「ちょ、ちょっと様子を見るからそこで止めるんだね!」
「んー、もうちょっと……」
「ダメダメ! 仕上げは任せるんだね!」
「えー?」
「エー」
空は不満そうだが、猫西は少々強引に手を出して、どうにかボウルを取り上げた。中身の柔らかさや滑らかさを確かめ、ついでにそっと過剰になった魔素を抜く。
「危ないとこだったねこれは……」
煌めきを失って普通に戻った生地を確かめ、猫西はホッと息を吐いた。あのまま放っておいたら団子ではないものが爆誕しそうな勢いだったのだ。
「猫西は止めるのがなかなか上手いのだぞ」
そんな団子作りの風景を眺めていたヤナが横からポツリと口を出す。それは褒められていると喜んで良いのかどうか……と猫西は複雑そうな表情で声の方へ視線を向けた。
視線の先には囲炉裏の傍に置かれた丸い籠。その籠の中には畳んだ白いブランケット……のように見える体勢で眠る白妙と、その毛皮の上でぬくぬくと暖を取る一匹のヤモリの姿があった。
「ヤナさん……眺めてないでちょっとは手伝うとか、口を出すとか止めるとかしてほしいんだね」
「寒いから嫌だ! 猫西、頑張るのだぞ!」
ヤナはそうキッパリ言うと、もそもそと白妙の毛皮の中に潜ってしまった。その様子を籠の横に立ったフクちゃんがにゅっと体を伸ばして覗き込み、そしてホッとしたようにホピッと一声鳴くと空のところへトコトコと歩いてきた。
去年の冬はフクちゃんがずっとヤナのカイロ代わりにされていた。今年はそれを免れそうだと見て嬉しいのだろう。
ボウルを奪われ手持ち無沙汰な空は、側に歩いてきたフクちゃんを見て微笑んだ。
「フクちゃん、ごきげんだね!」
「ホピピッ!」
「フクハハリツカレルノ、アンマリスキジャナイモンネ!」
ライバルの出現に敏感なフクちゃんだが、猫西と白妙が米田家に逗留することに対して意外にも気を悪くした様子はなかった。空に魔法を教えるため、という大義名分があったのが良かったらしい。
元より猫西がすっかり空のおやつ係として定着し、毎日顔を出してはせっせと団子を作ってくれていたこともある。
それはヤナも同じだったらしく、二匹は客人として快く米田家に迎え入れられた。家守のような仕事をする相手でなければ特に不快には思わないようだ。
それらに加えてヤナは猫の温かな毛皮をすっかり気に入り、新たなカイロ係として歓迎していた。猫西としては、白妙と一緒にゴロゴロしていると間にヤナが潜り込んできて少々落ち着かないらしいのだが。
ちなみにテルちゃんは遊び相手が増えた感覚で、別に不満はないようだった。
「こんなもんかな……よし、じゃあ次はこれを一口サイズに丸めるんだね」
「はーい!」
生地が適度な柔らかさにこね上がったことを確かめ、猫西はボウルを空の前に戻した。
今やっているのは魔法の訓練ではなく、その前段階としての団子を作る練習だ。
「魔法の前に、まずは団子を作る工程を知らないとなんだね」
空が習いたいという団子を作る魔法とは、つまり粉と水をこねて生地を作り、それを千切って浮かせて丸める、という作業だ。
猫西の手ではやりづらいことを魔法で置き換えただけで、呪文も何もない、魔力を手のように使っているだけの原始的な魔法なのだ。
それらを実現しているのは、自分の魔力によってこういうことがしたいという猫西のはっきりとした意思や想像力だ。
というわけで、空もまずその工程を実際に体験するところから始めようということになったのだが。
「魔力は込めすぎないようにするんだね。あんまり入れて何かおかしなことになったら困るからね!」
「はーい」
空はそれに返事をしたが、今ひとつ真剣に受け取ってはいなかった。空としては美味しくなれと願いを掛けているだけで、別に魔力を込めようと思ってこねていたわけではないのだ。
今だって小さな手で生地を一生懸命丸めているが、魔力を動かしている自覚はない。
(僕のお団子……何味にしようかなぁ。みたらしかあんこか……)
作る端から食べることを考えている空の団子は、まだ大きさも形も不揃いだ。上手く丸まらない、と力を込めると逆に潰れたようになってしまう。元に戻そうとしてもなかなか難しく、空はううん、と首を捻りながら団子を丸めた。
(形も大きさもバラバラで、これじゃあ串に刺せないかなぁ。あ、じゃあお汁粉に入れてもらうのとかいいかも! あと甘いのだけじゃなく、お鍋に入れてほこほこでしょっぱくしたのも美味しそう……)
空の脳内を甘い団子としょっぱい団子の幻が次々通り過ぎる。
「ちょ、ちょっと待つんだね! また光り出してるんだね!?」
「キレイデイイトオモウヨ!」
「よくないんだね!?」
バットに並べられた不揃いな団子たちはキラキラと煌めき、今にも転がり出しそうにプルプルと震えている。形が歪なことが幸いして転がることが出来ないようだが、もし横にお汁粉の鍋があったら自ら飛び込んでいきそうな気配を漂わせていた。
「おなべかおしるこか……どっちもだとつゆだくすぎるかなぁ」
「自分から口に飛び込みそうな団子を作るのは止めるんだね!」
空はうっとりと呟いているが、横で見ている猫西は気が気ではない。あわあわと視線と猫手を上下させ、空を宥めたものか、もぞついている団子を先に止めるべきか迷っている。
「空、空。その辺で一度止めるのだぞ。バットの上であまり山にすると、くっついてしまうのだぞ」
「えっ? あ、ほんとだ!」
声を掛けて空の手を止めさせたのは、白妙に獲物のように咥えられてぶらんとしているヤナだった。どうやら白妙は猫西が慌てている気配を察して、空を止めさせるためにヤナを毛皮から引っ張り出してくれたらしい。
空が一旦手を止めたことにホッとして、猫西は山になりかけた団子が乗ったバットを慌てて受け取った。
「く、くっつかないようにきれいに並べるから、ちょっと待つんだね!」
「キラキラ、モッタイナイヨ!」
「もったいなくない!」
猫西は無責任な精霊を睨むと、団子同士を引き剥がしながら急いで魔素を抜く。団子が煌めきを失うと謎の震えも収まり、猫西はホッと息を吐いた。
「ねこにしさん、まだきじのこってるよ?」
「いや、残りは俺が団子にするから……さ、先に、ちょっと茹でて味見をしてみたくないかね?」
「したい!」
これ以上空に作業を任せるのは危険過ぎると判断した猫西は、食いしん坊の心をくすぐり気を逸らすことに成功した。
「うむ、味見は大事なのだぞ。おーい、雪乃!」
ヤナは宙吊りでぷらぷらと尻尾を揺らしながら、台所の方へと声を掛けた。するとすぐに台所から雪乃がひょいと顔を出した。
「はいはい。どうかした?」
「空の団子を一度茹でて、餡子を掛けてやるのだぞ。団子の精霊が生まれては困るからの」
後半は小さな声でぼそりと告げられた。その団子の精霊という言葉で、雪乃はすぐに事態を察したらしい。
「あら、それは大変ね。空、餡子を掛けるだけでいい? 黒蜜とか、きなこもできるわよ」
選択肢を増やされ、空はすぐにそちらに気をとられてまた真剣に悩み始めた。
「くろみつときなこもすてがたい……けど、やっぱりおしるこがいい!」
「お汁粉ね。それだけでいいの? 他にしたいことある?」
「えっと、おなべっぽいのにいれて、しょっぱいのもたべたい!」
永久機関を錬成したいという空の要望に、雪乃は軽く頷いた。
「それなら半分は今お汁粉で食べて、残りはお昼に作る汁物に入れたらどうかしら」
「そうする!」
「じゃあ、お団子に合いそうな味にするわね」
「うん!」
団子の食べ方を話し合っている横で猫西は全力で魔法を使って、残りの団子生地を素早く成形した。猫西が形を作った団子は、綺麗な丸にしても動き出したりしないから安心だ。
全てが適当な大きさになったところで、手袋をした前足をぐっと押しつけ、汁物にちょうどいい平たい形に押しつぶす。
「こんなもんでいいかね……何だか疲れたんだね……」
「フツーナノ、ツマンナイヨ!」
「つまんなくないんだね!」
ちょっと背中の毛を逆立てて、猫西は精霊を叱った。叱られた方は全然堪えた様子もなく、ちぇーと呟きながらくるくる回っているが。
「あ、ねこにしさんのおだんご、にくきゅうじるしだ!」
「ん? ああ、汁に合うように潰したからね」
猫西が丸めてから潰した団子は、その前足の肉球の形にくぼんでいる。空はそれを見て目を輝かせた。
「かわいい! これをいれたおしるこ、だいにんきになりそう!」
「そうかね? お汁粉か……寒さが残る時期はそんな商売もいいかもしれないね」
「いいとおもう!」
初めての団子作り教室は空にとってはとても楽しく、猫西にとってはとても大変だった。
しかしこれをきっかけに、新しい売り物ができるのかもしれない。
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