001
刃だけではなく柄まで白い聖剣は神秘的な輝きを放っている__が、口調があまりよろしくない。
『まじかよー、何俺そんなに眠ってたの?』
「はい、勇者様が聖剣、エクスカリバーである貴方様が睡りについたのを確認してからおよそ1000年経ちます。」
王である父が聖剣に向かって敬意を払いながら話している状況はとてもシュールでなんとも言えない。
『ふーん、んで。王さまよ、ちょっくら説明してもらいたいんだが。』
「……わかりました。リアリトス、少し席を外しなさい。」
『じょーちゃん、またなー』
「……わかりました、父様、エクスカリバー様、失礼致します。」
優雅に、なるべく最高の礼をとり部屋を辞した。
__リアリトス、そう呼んでいたのに。
そこまで考えて、頭を振る。そもそも、勇者が“リアリトス”であっただけで私を呼んでいたわけじゃない。その事実は最初から理解していたのに。とまるで親しい人から名を呼んでもらえなくなったような感覚に陥る。そして、足が止まった。
__私、と同じ名とゆうことは勇者は女だったということ……?
自然と止まっていた足が動く。いつもよりも、はやく。てっきり、勇者は男だと思っていた。もし、女性だったとしたらあの、昔話は__。
頭が冴えて、幾つもの仮説と答えが巡る。はやく、はやく、この答えが知りたい。知ってどうにかなるようなものではない。こんなことしても魔王の花嫁とゆう問題の解決になんてならない。なのに、私を突き動かす衝動が強く強く、なる。
ほぼ走っているのと変わらない速度で窓から日が差す廊下を急ぐその時
__パチン、と何かが破れた音がした。
「__危ないよぉ~。王女様が独りでいるなんてぇ」
後ろから聞きなれない声が聞こえて足が止まった。振り向くと、そこにはまだ10を過ぎたばかりの子供がニコニコしながら佇んでいた。
その子を見たとき、ぞわりと背筋に悪寒が走った。何かが違う、と感じた。
「王女様、僕のこと怖い?」
「………こ、わくなんか」
「ほんとう?」
綺麗な黒髪を少し揺らしてニコニコと笑う子供に恐怖を感じるなんて、どうかしてる。ぐっ、とお腹に力を込めて子供を見返す。王族が他に屈してはいけない。ただ、その一心で。
「流石だよ、王女様っ流石っ!」
何故か、気合を入れ直した私を見て子供は嬉しそうにはしゃぐ。そのよ瞬間、張り詰めていた空気や何かが緩んだけれど気を緩めることはしない。そんな私を見て子供はますます喜んだ。そんなとき、
『おい、ゴラァァァ!!!!』
凄まじい怒声が廊下に響き渡って子供の頭目掛けて剣が飛んできた。危ない、と思うよりも早く子供はひらりと避けて私に手を振る。
「邪魔が入っちゃったからまた今度ねぇ~。“リアリトス”、魔王様が待ってるからぁ~」
「……あっ」
『まちやがれぇえええ!』
ガツンと壁に刺さった聖剣は大声で何か喋っている。けれど、子供は何も無いようにくるりと背を向けて窓を開ける。そして、
「あぁ、エクスカリバー?小煩いのも相変わらずだね」
最後に聖剣、エクスカリバーに向かってニヤリと意地の悪いことを言って窓から飛んだ。
「!!」
慌てて窓に駆け寄って外を見ても何も無い。子供の影すら無くて。
「……うそ、」
思わず声が漏れた。
『じょーちゃん、お前誰もつけずにここまで来たのか』
びくり、と低い声に体が竦む。
「……いえ、初めはいました」
『初めは?……あぁ、すまんがとりあえず抜いてくれ』
壁に、刺さったままだったエクスカリバーを震える手で抜くと刀身がキラリと光る。
『あんがとよ。んで、なんで誰もいないんだ?』
「……すみません、考え事をしていましたので」
『んー。そうか。とりあえず、部屋に戻ってくれ。』
「リアリトス!!エクスカリバー様っ!」
父様の声がして、ぱっと顔を上げるとこちらにすごい形相で走ってくる父や宰相、そして護衛がいて少しばかし腰が引けた。
「……父様」
「リアリトスっ!!怪我は!?いきなりエクスカリバー様が姿を消したので城を探し回ったぞ!何があったのだ!」
私の肩に手を置くなり説明をやや乱暴に求める父をやんわりと抑えながら歩くように促す。
「申し訳ございません、父様。エクスカリバー様も、ご心配をお掛け致しました。ただ、状況と言いましても何があったのか私にも分からないのです。」
『あぁー、それは俺が話すわ。とりあえず、じょーちゃんを部屋まで送ってやってくれや』
「……わかりました、デルタ。」
父が今日は非番だった私の専属護衛の名を呼ぶと彼はさっと出てきて私を促す。父に聖剣を渡しデルタを見る。
「はっ!リアリトス様参りましょう」
「……はい」
結局、また何も聞かされないのね。と溜息が出るのを我慢して歩き出した。
***
「ごめんなさい、デルタ。今日は非番だったのに」
弱々しい、と自分でも思いながらもこれ以上の力を声に込めるなんて今は無理だ。そんな私を気遣ってか、デルタはいつも通り安心させてくれる笑顔で、笑う。
「いえ!もともと何も予定がなかったですし、暇だったので鍛錬場にいこうとしていたところだったので!」
「そう……」
「それよりも、リアリトス様に何もなくて良かったです」
心の底から、そう思ってるように眉を少し寄せて泣きそうな顔で私を見て笑う彼に本当に心配をかけた。
いや、彼だけじゃない。
父様にも、宰相様にも、他の騎士様にも。そして、エクスカリバー様にも。狙われている、とわかっていたはずなのに。自分の考えの無さに腹がたつ。
「……ごめんなさい、デルタ。心配をかけたわね」
彼に向かって手を伸ばす。幼い頃から父に、私に支えてくれた彼。するりと、頰を撫でれば手を取られて跪く彼が手の甲に口づけを落とす。
「リアリトス王女、わたしは貴女の護衛です。いつ如何なる時も貴女の傍に。剣となり盾となり、貴女をお護り致します。リアリトス王女にこの剣を、騎士の誓いを捧げます。」
少し簡略化され正式なものとは異なる騎士の誓いを公の場でも誰か証人がいるわけでもないけれどデルタは口にした。