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誰が来たのかしら。モクビリー様は私のためにタオルを持ってきてくれたのね。私が使うからなるべく汚れていないものを選んでくれたに違いない。体を拭いても脱いだ服を着るしかない。
窓から外を見た。あの馬車は、うちのだわ。昨日の馬車も我が家のだったのかしら。
「父様?」
「アンジェリカ」
「こんな格好ですいません」
お風呂上がりで髪も濡れたままだ。
モクビリー様がお茶を出してくれたようだ。
「父様、こちらにどうぞ」
「ああ」
テーブルの椅子がふたつしかないからモクビリー様は家主なのに丸い小さな椅子に座った。
「父様、どうかなさったの?」
私は聞いた。
「王から直々に二人の婚姻の許可が下りた」
それはつまり、私とエドワード様との婚約が破棄されたということ。こんなにも呆気ないものなのね。気落ちもしない。
「すまなかった」
モクビリー様が謝る。
「いいや。あなた様が婚姻を申し出てくれなければ当家は領地を取られ反逆罪にもなったかもしれぬ」
と父様がモクビリー様に頭を下げる。大人の社会の事情はわからないけど、我が家に被害がないようでよかった。
「そなたに見惚れた俺が悪い」
モクビリー様が私の頬を撫でる。
「仲睦まじいようでよかった。アンジェリカ、ここはうちの領土内である」
父が言った。
「そうでしたか」
それだけで安心。
父の話によれば、私たちはしばらくここに住んでいいそうだ。
「王が広い住まいを用意したんだがここがいいと聞かないそうだ。変わり者だな、勇者様は」
父は私が狭い家にいることが嫌なようだった。
「暮らしやすいです。父様、お茶のおかわりどうぞ」
私が父様にお茶を注ぐなんて初めてに近い。
「使用人もいないのだな」
家ではこんなことしなかった。
「楽しいです」
私は言った。
「二人きりのほうが何かと。な、アン」
モクビリー様が私に微笑む。
「はい」
父が婚姻書をモクビリー様に渡した。王の名が記されているため、保管せねばならないのだ。
「何も知らぬ娘ゆえご迷惑をかけるかもしれませんが、末永くお願いいたします」
父が再度、モクビリー様に深々と頭を下げる。
「はい。勇者の名に懸けてアンジェリカをお守りいたします」
モクビリー様が父に跪く。この人でなかったら結婚なんてお断りだわ。
帰りしな、
「アンジェリカ、足りないものがあったらうちに取りにおいで」
と父は微笑んだ。その顔からは安堵も感じられた。
「ありがとうございます」
坂道を登れば我が家の敷地の裏庭に着くらしい。敷地外には出ないように言われていたから、通学とパーティへ出向く以外は庭でもあまり遊ばなかった。外出のときはたいてい馬車だったので、父の治める領地ですらわかっていない。




