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モクビリー様は仕事、と言っても畑仕事だけれど、その間に私の送り迎えまでしてくれる。とても勇者様の生活だとは思えない。
困っているのは朝。
「アン。ほら、いつもの」
荷台から降りる私ににっこり微笑む。
「はいはい。いってきますね、旦那様」
「それだけ? 俺の唇が寂しがってるぞ」
とご自分の唇を指差す。
「人前でそんなことしません」
学園の門の前で毎日このやり取り。お互いに手を振り合うばかりで、最終的には予鈴が鳴って私が見送られる羽目になる。
「アンジェリカ様、おはようございます」
教室に入る前にエミールが声をかけてきた。
「おはよう。ねぇエミール、昨日もちょっと編んでみたんだけどここまで編んだらどうやって段を増やすの?」
「これはですね」
エミールに編み物を習い始めた。もっと細い糸にしたら釣りに役立つ網とか編めるのではないだろうか。
まずは旦那様の帽子。その次は実家の庭師のおじいちゃんに腹巻きを。
「美しい花は誰が見ても美しいものですよ」
が口癖で、最近は歳のせいか仕事を休みがちらしい。私は器用なほうではないので、今からやらないと冬に間に合う気がしない。
今日は苦手な数学の授業。不得手なことが多いはずなのに、それを悟られぬように生きてきた人生だった。モクビリー様には知られてもいい。お昼を食べてエミールに編み物を習う。午後は薬草学。エラン様もたくさん薬草を持っていたらしい。お元気かしら。
モクビリー様もその日はどくだみの葉を取って乾かしていたそうだ。
「お茶に?」
帰り道で私は聞いた。
「いいや。君の肌に塗る用に」
「嬉しい。ありがとうございます」
それを売ったらお金になるのでは? って私、どうしてすぐお金の心配をしてしまうのだろう。
家でも編み物をしたいけど、内緒にしているの。モクビリー様は勇者様。じゃあ、私は? 学園では悪役令嬢で通っているが、あなたに私を妻にしてよかったなって思われたいの。
だからね、今日こそは朝にできなかったことをしてやろうじゃない。
「おやすみ、アン」
ベッドに入ったモクビリー様の唇は横から見ると『く』の形。そこにどうやって私の唇を重ねたらいいのだろう。
ええと。
こう? 首を傾げてみたけど、どっちに曲げたらいいのかしら。
うーん。蝋燭の明かりを消したらますますわからないから、今日は寝てしまおう。




