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竿は木の枝で、紐はドラゴンの髭。こんなので釣れるのかしら。
湖ってどれくらいの深さなんだろう。きれいな水だからなのか、小魚が泳いでいるのも確認できる。
「アン、引いてるぞ」
「はい」
モクビリー様が釣りを教えてくれる。
「ゆっくり」
すごい力で引っ張られるからどんな大物が連れるのかと思ったのに私の手のひらのほどの魚だった。
「初めて釣り上げました」
「その調子だ。我々の夕飯になるのだからな」
モクビリー様も数匹釣っている。
「父様はわざわざ舟で釣りに出ていたけど、湖の周りからでも釣れるものなのですね」
「釣り用の舟なんて貴族でなければ持ってない」
そういうものなのか。
「アン、帽子を」
「はい」
いつも日焼けを気にかけてくれる。
日差しが強いから水面がキラキラ。
「こうして妻と時間を過ごすのも悪くない」
モクビリー様も腰を下ろす。
「今までがお忙しかったのだから、誰も勇者様に文句など言いませんわ」
「そうだな」
モクビリー様は海での生物の話をしてくれた。昔行ったところの浜がきれいだったとも。
「エビは食べたことあります。イカも好きですわ。タコはわかりませんね」
知らないものって毒が心配で口にできない。
「この湖もこの辺は浅いが、あっちは水深が深いので気をつけろ」
「はい」
「暑いから足だけちょっと入ってみるか」
モクビリー様は靴を脱いでざばっと湖に足をつけた。
「しかし…」
「おいで、アン」
手を差し伸べられては掴むしかない。靴も靴下も脱いだ。
「冷たい」
こんなこと、初めて。
「ああ、心地いい。しかし貴族様たちは川や湖に入らないな。水浴び禁止なのか?」
「女性が足首を見せることはふしだらだと言われて育っていますので」
その私が裾をたくし上げてあなたに手を引かれて水の中を歩いている。
「そうなのか? すまない。気を悪くしたか?」
「いいえ、私もうあなたの妻ですから」
「書面上はそうでもまだ体は違うな」
えっ? こんなところで抱き締められては困ります。
「モクビリー様、人に見られます」
「構わない」
「構います。ほら、魚が釣れてますよ」
「本当だ」
土に突き刺しただけの竿がぐらぐら。モクビリー様が慌てて手にする。かなりの力で引っ張られているから大物に違いない。
「モクビリー様、頑張って」
「おうっ。よっと」
やっと釣り上げた魚は見たことがないほど細長い。
「食べられるのかしら」
「焼けばなんとかなる」
「そういうもの?」
私が笑うとモクビリー様も笑った。
「ちょっとぬるっとしてますね」
「髭のようなものもある。確かに珍妙だ。内臓を食わなければ大丈夫だろう」
不安しかない。私はいいけど、モクビリー様が死んだら困る人がいるだろう。止めないと。修行によってお腹を壊さない人なのかもしれない。
庭先に持ち帰り、頭を落としてぶつ切りにしたところでちょうどうちの使用人が通りかかったので料理長に見てもらった。
「高級魚ですぞ」
切り方としては正しくないそうだ。
「きれいに開いてもらいました。このまま蒸すといいそうです」
「ほう」
モクビリー様が葉で包んでくれる。火を起こし、湯を沸かす。鍋の上に網を置き、その上に葉で包んだ魚を置く。
楽しい。きっと普通に生きていたら感じられなかった。
「うわぁ」
風が吹いて、煙が私のほうに。
「大丈夫か? 目に入ったか?」
「平気です」
と目を開けたら涙がこぼれた。
「この布で拭きなさい。きれいだから」
「はい、すいません」
「いいのだよ」
私が目を閉じている間に、モクビリー様が魚の味付けをしてくる。
あーんまでしてもらって、幸せだな。
「おいしい」
身がふっくらしている。もう目を開けてもひりひりしない。
「今日は特にそなたが眩しい」
と頬にキスをした。
「もう。食事中ですわ」
「アン、食べさせて」
「はい」
この唇に触れたいな。その魚みたいに私を咀嚼して。




