16
翌朝、以前と同じように我が家の馬車が迎えに来てくれた。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
モクビリー様が手を振って見送る。私もあなたと一緒に笹を摘んでお茶づくりでもしていたい。
半月ぶりの学園は何も変わっていなかった。我慢すればふた月ほどで卒業。正確には卒業試験に合格して、あと数日登園すればいいようだった。学業に問題はないけれど、エドワード様が手を回すかもしれない。ここは念のため、先生たちに悪い印象を与えないほうがいい。
「アンジェリカ様よ」
ああ、やっぱり注目されるわよね。
「エドワード様に婚約破棄されたんでしょう?」
「ミユにひどいことをしたとか?」
こんなひそひそ声、前なら耳に入っても気にならなかったのに、今はいちいち違うと断言したい。
「アンジェリカ様がそんなことするわけないでしょう」
私の取り巻きが彼女たちに声を上げる。この周囲の悪役令嬢たちによって、私は悪役令嬢の頂点に立たされているんだわ。でもこの構図、嫌いじゃないのよね。
「そうよ、そうよ」
しかもこの人たち、子爵令嬢と男爵令嬢で、つまるところ学園の中では階級が下。
どう見ても私が一番の悪役令嬢なのね。
「いいのよ、あなたたち」
どうでもいい。
「しかし、アンジェリカ様が言われっぱなしじゃ…」
彼女たちにもいつかわかるだろう。他人と競うことなど愚か。まして足を引っ張ったり陥れたりなんて野蛮だわ。
その点、うちの夫はいつも自分と戦っている。あらやだ、うちの夫だなんてモクビリー様のことを心の中で呼んでしまったわ。夫だものしょうがないじゃない。
うふふふふ。
折角幸せな気持ちに浸っているのに、廊下の向こうからエドワード様たちがやって来て、私の前に立ち塞がる。
「アンジェリカ、何しに来た?」
はぁ。この人も存外、面倒臭い。
「卒業する日数が足りないので授業を受けに来ましたのよ。私、まだここの生徒ですの。エドワード様には関係のないことでしょ? もう婚約者でもないのですから」
つくづくこんな人と結婚しなくてよかったと思う。むしろ、惚れていた部分がひとつも思い出せない。私も王子という肩書きでしかこの人を見ていなかったんだわ。
「ふんっ」
言い返せずに、お友達と教室に入っていった。クラスだけは別でよかった。
あの人の妻になるべく努力した時間を返して欲しい。
授業も他の国の言葉なんて、エドワード様と結婚したら必要だったかもしれないが、これからの私が使うとは思えない。だからって、母様のようにバラのお手入ればかりしているのもね。こっそり拝借してお風呂に入れたいけど、バレてしまった日にはあの顔で更に目を血走らせてまさに鬼の形相。
どうせ時間を費やすならば、モクビリー様の役に立つことがいいわ。
「エミール、そういえばあなた、刺繍が得意だったわよね。簡単なものでいいので教えてくださらない?」
ランチのとき、取り巻きの一人に聞いてみた。
「私がアンジェリカ様に教えるのですか?」
そんなに怯えないで。
「本当は編み物がいいんだけど」
刺繍は淑女の嗜みらしいけど、編み物のほうが役に立つわよね。
「どちらでも大丈夫ですよ」
「本当に?」
やったぁ。これで趣味が持てる。ついでにモクビリー様になにか編んで差し上げよう。
「なんだかアンジェリカ様、以前より艶っぽくなりましたわ」
取り巻きの一人のソフィアンヌが大きく頷く。
「結婚したかしらね」
モクビリー様が私に優しくしてくれるから、私も彼の役に立つことがしたいの。夫婦っていいわね。
取り巻きたちは私に気を使ってエドワード様の話すらしない。みんないい娘。みんなの婚約者は大丈夫なのかしら。モクビリー様のように素敵な方だといいけれど。
むしゃむしゃと食事を取るみんなの唇につい見とれてしまった。清らかだわ。別に自分がふしだらだとは思わないけど、ああ、そのうちまたあんな食べられるような口づけをするのかしら。
結婚したらあんなこと普通なのよね。
午後の授業は生物で、動物の交尾についてだった。え、待って待って。人間だって同じようなことするのかしら。それで赤ちゃんができるのね。
「ちなみに動物は発情の時期が決まってますが人にはありません」
先生、じゃあどうやってわかるのですか? きれいな羽を広げる鳥とも尻を赤くする猿とも違うのでしょう。
はて?




