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結婚したから、口づけなどもして当然なのだろう。だからって、人に見せたりしちゃいけないって教わった場所をモクビリー様に触られた。嫌だったわけじゃないけれど、私が拒絶しなかったらどんなことをされたのかしら。こういうことって誰に聞いたらいいのだろう。お母様?
聞けないわ。学友で結婚をしている人はいない。あれをしないと子どもができないらしいけど、あんなことしてどうして子どもができるのかしら。モクビリー様は詳しいの?
「どうした、アン? 口の端からいちごの果汁が垂れてる」
と舐め取った。やっぱり手練れなの?
それも聞けない。昨日の夜、あんなことがあったのに、モクビリー様はいつも通りにお茶を淹れてくれる。
ドキドキしないのかしら。
朝食はフルーツ。私の家からヨーグルトをもらったから。
「これ食うと腹が痛くなる」
と嫌そうに口に運んだ。
「逆でしょう? 調子よくなる」
モクビリー様は食事も睡眠も決まった時間通りではない。ずっと戦い中心の生活だったのだからしょうがない。
私との生活がストレスになったりはしていないだろうか。
今日こそ、お洗濯をしよう。井戸の水でじゃぶじゃぶ。
「はぁ、重たい」
シーツも水を含むと重いのね。
「アン、貸してごらん」
モクビリー様が木に縄を張っておいてくれた。先にそっちをやらないとだめなのね。道筋を立ててから動くことが身についているよう。
ああ、なんて広い背中なのかしら。こんなことに使うべき筋力ではないはずなのに。
「アン、そっち固定して」
「はい」
優しいし生き抜く力があるし、どっかの誰かとは大違い。
その勇者様が私を所望されたのだから、拒絶などしてはいけない。そうだわ、実家の侍女にでも聞いてみよう。
洗濯を干し終わり、久々に帰った我が家はエントランスだけでモクビリー様の小屋の広さ。狭いほうが便利なときもあるけど、この解放感もやっぱりいいわね。
「アンジェリカ様、ちょうどよかった。これから伺おうと思っていたのですよ」
侍女のマリルは私よりふたつ年上でちょっと厳しいお姉さんのような存在。
「なにか用?」
日々、食材やら日用品やらをたくさん届けてくれる。
「学園から連絡がありまして出席日数が足りず、このままではアンジェリカ様は卒業できないそうですわ」
「なんですって? それは困るわ。いや、困るのかしら?」
そもそも学園を出たら結婚する女の子がほとんど。私はもう結婚してしまった。だから箔をつける必要もないし、モクビリー様が学歴に拘るとも思えない。
「卒業してもらわねば困ります。あなたは幸いにも素晴らしい人と婚姻できましたが、後々きょうだいたちの結婚に影響が出るとも限らないでしょう?」
厳しい口調の母様に反論できる者はこの家にはいない。
「わかりました、お母様」
何代か前の王族の親戚筋とかで、子どもの良縁が全てという考え。知り合いを集めては子どもの婚姻を決めようとする。そうやって、私もエドワード様と婚約したのだけれど。
母が私の部屋を出て行ってくれて、ようやくマリルと同時に息を深く吐いた。
「久々に会ったけど、相変わらずの威圧感」
「はい」
母様が怖くて辞めてしまった使用人の数を私も覚えていない。
「人のこと言えない顔だけどね」
私は母様に似てしまった。
「アンジェリカ様は結婚されてからお顔が優しくなりましたよ。みんな言ってます」
「そうかしら。ありがとう、マリル」
母様は知らないのだ。私が台所に自分で立って料理をしていることなど。あの人は人生で一度もほうきを持ったことがない。お湯を沸かしたことすらない。だから、私の生活を辛いものと感じるだろう。
楽しいですわよ。自分で着替えるのも髪を結うのも苦痛じゃない。なによりも、二人の生活は静かで、人の目も気にならない。木の鍵がひとつしかない家でも勇者に守ってもらえているから安心。
「モクビリー様、そういうわけで明日から私はまた学生生活に戻ります」
家に帰ってモクビリー様に伝えた。面倒だけれど仕方ない。
「そうか。あいつもいるんだろう? そなたの婚約者だった王子が」
モクビリー様、眉間にしわを寄せるとやっぱりおじさん顔。
「気になりますか?」
「ああ、なるよ」
私はエドワード様よりも周りの目のほうが痛い。それにはミユも含まれる。私との婚約を破棄したのに、二人が婚約したとは聞かない。うちの者が黙っているだけかもしれないが、学園に行ったらそれもわかるだろう。
そもそも私の取り巻きとそれ以外が勝手に派閥を作って、勝手に競い合っていがみ合っていただけ。私はずっと蚊帳の外だった。
気が重いが、母様が怖いからきちんと卒業しなくては。出席日数が危ういのだってお妃教育や王宮でのパーティの接遇のためだったのに。そこはもう加味してもらえないのね。




