↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
化け猫になっても、便利屋は休めない  作者: あわいしゅん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/18

第2話 箱の中にいたもの

 唐揚げ弁当を食べ終えると、灯子さんが机の上に箱の底板を置いた。

 昨夜、俺が女の子になるきっかけを作った箱だ。今はばらばらの板になっているが、見ると手首に煙が絡んだ感触を思い出す。


「ここ。木目と重なってるけど、文字があるでしょう」


 指で示されたところをのぞき込む。

 薄い墨の線が並んでいた。最後の一文字は「箱」に見える。その前は、崩れた書き方で読めなかった。


「これに、戻す方法が書いてあるんですか」

「そこまでは分からない。でも、何を入れていた箱なのかは分かるかもしれない」


 灯子さんは、猫の絵のある側板を隣に並べた。


「まず、ここから出てきたものの正体を調べよう。何が律を変えたのか分かれば、戻す方法も探しやすくなる」


 俺は自分の頭に触れた。

 黒い耳が指をよけるように動く。

 午前中は仕事で気が紛れていた。でも、弁当を食べ終わっても身体は戻らないし、どうすれば戻れるのか、見当もついていなかった。


「読める人って、誰です?」

「真砂堂の真砂さん。さっき電話したら、現物を持っておいでって」

「ああ、あそこか」


 真砂堂は、古道具の店だ。

 俺も荷物を運びに何度か行ったことがある。普通の皿や箪笥のほかに、持ち主がいなくなっても鳴り続ける鈴や、怪異を閉じ込めた壺まで扱っている。

 うちの仕事で読めない札が見つかると、灯子さんはよく真砂さんに相談していた。


「箱を封じていた札も残ってる。両方、見てもらおう」

「お願いします。俺も、昨夜のことなら説明できます」


 灯子さんが板を布で包む間に、俺は店の鍵を取りに行った。

 壁の鍵束へ手を伸ばす。

 指先が輪に触れただけで、つかめなかった。


「……ここも届かないのか」


 足元の踏み台を寄せる。

 たった一段上がれば済む。それなのに、昨日はいらなかった一段が、妙に気になった。


     *


 真砂堂は、商店街を抜けた川沿いにある。

 灯子さんと並んで歩くうちに、俺の足だけ忙しくなった。追いつこうとすると、ほとんど小走りになる。


「灯子さん、少しゆっくりで」

「あ、ごめん。いつもの調子で歩いてた」


 歩幅を合わせてもらい、息をつく。

 道を行く人の視線が、ときどき頭の上に止まった。隠したかったが、フードは耳を押す。午前中に試して懲りていた。


 今は、とにかく箱のことだ。

 そう言い聞かせて、灯子さんの抱えた包みを見ながら歩いた。


 店に着くと、奥の机で白髪の女主人が眼鏡を上げた。


「いらっしゃい。灯子、そちらが電話で言ってた……」

「律です」


 俺から名乗ると、真砂さんは口を閉じた。

 顔を見て、猫耳を見て、もう一度顔に戻る。


「先月、その棚を運んでくれた律?」

「ほかに律っていましたっけ」

「いや。声まで変わるとは思ってなくてね」


 真砂さんは机の前の椅子を引いた。


「立ったままじゃ疲れるだろう。順に聞かせておくれ」


 座ろうとして、しっぽを思い出した。

 背もたれとの間に挟まないよう、横へ回す。先だけが座面からはみ出したので、膝に載せた。

 真砂さんが見ている。


「……まだ座り方が決まってないんです」

「背もたれのない丸椅子もあるよ」

「次は、それでお願いします」


 灯子さんが箱を広げると、真砂さんは机の上を片づけ、手元の灯りを近づけた。


「これが壊れたとき、律はどこにいたんだい」

「すぐそばです。依頼人が持ち上げたら底が抜けて、黒い煙が出ました」


 蔵で猫の声がしていたこと。

 箱の猫の絵が動いたこと。

 依頼人を逃がしたあと、煙を止めようとしたが、腕に絡まれたこと。

 思い出せる順に話すと、灯子さんがその先を補った。


「煙が律を包んだあと、姿が見えなくなったの。引っ張り出したときには、もう今の身体だった。煙は消えて、箱の中にも残っていなかった」


 俺は灯子さんを見た。


「じゃあ、あそこで変わってたんですね」

「うん。目を覚ましたのは事務所だけど、変わったのは蔵の中」


 眠っている間に何かあったのではない。

 あの煙に包まれたときだ。

 自分の覚えているところと、その先がようやくつながった。


 真砂さんは手帳へ短く書きつけた。


「ほかに、その煙に触った人は?」

「依頼人は、絡まれる前に離しました。灯子さんは?」

「私の手にも少し。でも、変化はない」

「なるほど。触れた人が全員こうなるわけでもないんだね」


 真砂さんは底板を持ち上げ、灯りにかざした。


「文字は……『うつし身箱』だね」

「うつしみ?」

「この箱につけた名前だろう。ただ、名前だけじゃ、何をする道具かまでは分からない」


 板を裏返した指が、隅で止まった。


「ああ。この印なら、調べられるよ」


 示されたところに、小さな四角い焼き印があった。

 黒ずんだ木に紛れて、俺は気づいていなかった。


「うちで修繕した品に入れる印だ。今は使ってない、祖母の代のものだけどね」

「ここで直した箱なんですか?」

「そのはずだよ。何を直したか、帳面に残してある。箱の名前とこの猫の絵を頼りに、探してみよう」


 真砂さんは後ろの書棚を開けた。

 下の段からひもでまとめた帳面を出し、机へ置く。


 俺は椅子を寄せた。

 たまたま詳しい人に会えた、というだけじゃない。この店に、箱を扱った記録が残っているかもしれないのだ。


     *


 帳面は三冊あった。

 古い紙を傷めないよう、真砂さんが一枚ずつめくっていく。

 そこには皿のひびや、戸棚の蝶番の直し方に混じって、札を貼った壺の絵もあった。


「字はこっちで読むから、律は猫の絵がないか見ていて」

「分かりました」


 机に身を寄せると、髪が頬を滑って目に掛かった。

 払う。次のページで、また落ちてくる。

 朝につけた髪留めが、歩いている間に緩んだらしい。


「律、ちょっと顔を上げて」


 灯子さんに言われ、顔を向ける。


「留め直していい? 紙に触りそう」

「あ、はい」


 髪留めが外れ、指で髪をすくわれた。

 つい顎を引くと、灯子さんが小さく笑った。


「動くと留めにくいよ」

「慣れてないんですって」


 ぱちん、と音がした。

 目の前がすっきりする。


「はい。これで見える」

「ありがとうございます」

「うん。かわいい」


 お礼を言った口のまま、固まった。

 灯子さんはもう帳面へ目を戻している。

 こっちは、戻すのに少しかかった。


 耳が熱い気がする。

 頭の上の耳なのか、前に耳があった辺りなのか、自分でもよく分からなかった。


 次のページをのぞき込む。

 そこに、丸くなって眠る猫の絵があった。


「これ。横の板と同じじゃないですか」


 真砂さんの手が止まる。

 灯子さんが実物の側板を並べた。

 曲げた前脚の形と、身体を囲むしっぽの線が同じだ。


「名前も『うつし身箱』。寸法も合う。これだね」


 真砂さんが帳面の向きを変えた。


「修繕したのは底の継ぎ目。ここに、補強したって書いてある」


 昨夜、抜け落ちた底板を見る。

 古くなっていたのは、そのときからだったのか。


「中身のことは?」


 急かすつもりはなかったが、声が少し大きくなった。

 真砂さんは欄外の細かな字に指を置いた。


「『猫の怪を収む』。猫の怪異を入れた箱だと書いてある。続きは……『中の猫、人の姿を借る。開封無用』」


 俺は膝の上のしっぽを見た。

 記録にある猫。

 昨夜、煙の中で見た猫の目。

 今、自分に生えている耳としっぽ。


「じゃあ、中にいた猫が、俺をこうしたってことですか」

「その可能性は高いね。猫を入れた箱が壊れ、中身が律を包んで、身体が変わった。昨夜の話と、この記録はつながる」


 真砂さんは、そこで一度言葉を切った。


「ただ、身体をどう変えたのかまでは、この文に書いてない。『姿を借る』というのも、人に化けるのか、人に取りつくのか、それだけじゃ判断できないんだよ」

「女になった理由も?」

「ここにはないね」

「戻す方法は」


 真砂さんはページの下まで読み、裏も確かめた。


「……残念だけど、それもない。修繕の控えだから、中身を扱う手順までは残さなかったんだろう」


 肩から力が抜けた。

 帳面が見つかったとき、少し期待しすぎたらしい。


 膝の上のしっぽが、くたりと落ちた。

 引き上げようとしたら、灯子さんが椅子を少し横へずらしてくれた。床に垂れても、脚で踏まない位置になった。


 俺は帳面へ向き直った。


「でも、この箱に猫の怪異がいたことは分かったんですよね」

「うん」

「戻し方は、別に調べる」


 真砂さんがうなずく。

 全部分かったわけじゃない。それでも、何が出てきたかさえ分からなかったときよりは進んだ。


「その猫のこと、もっと書いてあるものはありませんか」


 俺が尋ねると、真砂さんは帳面の端を示した。


「探すなら、まず持ち主の家だね。ここに、預けに来た人の名前がある」


 灯子さんがのぞき込んだ。


「昨日の依頼人と同じ姓。住所も、あの蔵の場所だと思う」

「なら、お宅に箱の由来を書いたものが残っているかもしれない。大事な品には、扱い方や、どこから手に入れたかを書いた紙を添えることがあるから」


 見つかると決まったわけではない。

 でも、次に何を探せばいいかは分かった。


「聞いてみましょう。俺から話します」


     *


 依頼人の番号は、仕事用のスマホに入っていた。

 真砂さんに断り、店先の静かな場所で電話を掛ける。


『はい』

「お世話になっています。あかり便利屋の佐倉です。昨日の蔵の件で」

『ああ、佐倉さんは大丈夫でしたか。倒れられたから心配で……あなたは、お店の方?』


 一度、息を止めた。

 そうだ。顔が見えなくても、声が違う。


「本人です。昨日のあと、声や見た目が変わってしまって。今、その原因を調べているんです」


 電話の向こうが静かになった。

 俺は急いで続けた。


「起きて、普通に話はできています。それで、あの箱に関係する古い書類がないか、お聞きしたくて」


 箱が猫の怪異を収めたものだったと、記録で分かったことを伝える。

 依頼人は驚きながらも、最後まで聞いてくれた。


『父が残した書類なら、あります。箱のことがあるかは分かりませんが。蔵から出した分を、母屋にまとめてあって』

「見せてもらえますか。箱の名前は、うつし身箱といいます。猫の絵や、その名前が入った紙を探したいんです」

『ええ、もちろん。今は出先なので、明日の朝でもよければ』


 俺は店内の灯子さんへ目を向けた。

 聞こえていたらしく、うなずきが返ってくる。


「では、九時に伺ってもいいでしょうか」

『分かりました。……お手数を掛けて、すみません。私があの箱を持ち上げなければ』

「調べるために伺うんです。書類を見せてもらえるだけでも助かります」


 挨拶をして電話を切る。

 握っていたスマホを、持ち直した。

 変わった声でも、用件は伝えられた。相手も、俺の話を聞いてくれた。


「明日、九時です」


 机へ戻って言うと、灯子さんは手帳に予定を書き込んだ。


「じゃあ、二人で行こう」

「はい。今日の記録、写真に撮ってもいいですか。向こうで探すときに見比べたいので」


 真砂さんが帳面を平らに広げてくれた。

 箱の名前、猫の絵、持ち主の名前。文字が読めるよう、角度を変えて二枚撮る。

 今度は髪が邪魔をしなかった。


     *


 店を出る前に、箱の破片を包み直した。

 真砂さんは帳面に紙を挟み、机の端へ置いた。


「家の書類で読めないところがあったら、また持っておいで」

「ありがとうございます。お願いします」


 川沿いへ出ると、さっきより日が傾いていた。

 俺はスマホを開き、明日の予定に『うつし身箱の書付を探す』と付け足した。


 今日中に元に戻れるとは、もう思っていない。

 でも、明日は何をするのか、ちゃんと決まっていた。


「律、帰ったら服、もう一組探そうか」


 灯子さんに言われ、自分の袖を見た。

 借りたパーカーの袖口は、まだ一折りしてある。


「……そうですね。明日もこのままかもしれないし」

「動きやすいのを選ぼう。書類を広げると、埃も出るだろうから」


 俺はうなずき、髪留めに指を触れた。


「これも、もう少し借りていいですか」

「もちろん。気に入った?」

「下を向いても邪魔にならないんで」


 灯子さんが笑った。

 俺は外しかけてもいない髪留めを、軽く押さえ直した。


 戻す方法は探す。

 その間、今の身体で仕事をする工夫もいる。

 ひとまず明日は、この髪留めをつけていこうと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。