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化け猫になっても、便利屋は休めない  作者: あわいしゅん


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12/18

第12話 かわいい係は、募集してない

「佐倉さん、差し入れとお願い、どっちが先がいいですか」


 朝の店へ入ってきた梢は、片手に紙袋、もう片方に地図を持っていた。

 俺は作業報告の最後の一行を打ち、顔を上げる。


「お願い。食ってから聞くと、断りにくい」

「わ、見抜かれてる」


 梢が机へ地図を広げる。

 先日の川の捜索で使ったものだ。橋の脇には、縄の怪異を回収した場所が書き込まれている。


「仲間に説明するのに、縄がどこから出てきたか確認したくて。私、弓を出してからのことばかり覚えてるんです」

「いいよ。ここ、橋の下から」


 椅子をずらして場所を空けると、梢は隣へ座る。

 近い。

 地図を見ようとする顔が、俺の肩の上にある。


「……そっちからでも見えるだろ」

「見えます。でも、こっちだと耳も見えます」

「目的を一つにしろ」


 梢が笑い、少し椅子を離す。

 俺は地図の丸から橋の陰へ線を足した。


「最初に聞こえたのは、この護岸に鉤が当たる音。橋の上じゃなくて、下だった」

「なるほど。じゃあ、初めからこっちへ上がってくるところを見つけたんですね」


 梢は線の横へ書き込み、今度は俺の指先だけを追う。

 仕事の話になれば、ちゃんと仕事の顔になる。


「助かりました。お礼に、こっちもどうぞ」


 紙袋から、小さな焼き菓子の箱が出てくる。


「うちの近くの店のです。佐倉さん、甘い物は平気でしたよね」

「好きだけど。そんな、わざわざ」

「一緒に戦ってくれたお礼。そこは受け取ってください」


 そう言われると、断りようがない。

 箱を受け取り、礼を言うと、梢の笑顔がまた近づく。


「よかった。甘いの見たら、耳が上がったので」


 俺は箱を机へ置く。


「その報告は要らない」


     *


 奥から出てきた灯子さんが、紙袋を見て目を細める。


「篠宮さん、ありがとう。お茶にしようか」

「俺、淹れます」


 立ち上がると、梢もついてくる。

 流しの前で振り返っても、当然のようにそこにいる。


「何?」

「高いところのお手伝い」


 視線の先には、棚の上の茶缶。

 踏み台を持ってこようとしていた俺より先に、梢の手が届く。


「はい」

「……どうも」

「こういうの、一度やりたかったんですよね。前はいつも、佐倉さんに取ってもらってたから」


 茶缶を渡す梢が、妙にうれしそうだ。

 俺は受け取りながら、去年、神社の屋根で矢を集めたときのことを思い出す。

 下から道具を渡してきた手が、今日は上から来る。


「じゃあ、湯呑みも頼む」

「はい。お砂糖は?」

「お茶には入れない」

「そっか。じゃあ、こっちは先輩の分」


 並べられた湯呑みのうち、俺の前に来たのは、いちばん小さい物だった。

 持ちやすいのは確かだ。

 確かなんだが。


「選んだ?」

「両手で持つところが見たいなって」


 隠す気がなさすぎる。


 湯を注ごうとしたところで、入口の呼び鈴が鳴る。


「おはようございます。灯子さん、昨日お願いした上着を……」


 澪が、流しの前の俺たちを見て止まる。

 梢は片手を上げ、俺は急須を置いた。


「あ、澪ちゃん。先輩がお茶を淹れてくれるよ」

「……邪魔をしていませんか」

「お前まで、そういう顔をするな。四人分にするから座れ」


 澪は一度うなずき、机の椅子へ鞄を置く。

 灯子さんが奥から、紺色の上着を持ってくる。倉庫の台車との戦いで裂けた裾を、昨日、澪が繕ってほしいと預けたものだ。


「ほつれを止めて、内側から当て布をしたよ。引っかからないか、あとで見てね」

「ありがとうございます」


 上着を受け取った澪の横に、もう一枚、灯子さんが服を置く。

 袋に入れたままだった、俺の新しいズボンだ。


「律のもできた。後ろ、しっぽが通るようにしてある」


 急須を持つ手が止まる。


「あ、ありがとうございます。いつの間に」

「昨夜。いつまでも袋に入れておくの、もったいないから」


 梢がぱっと俺を見る。

 澪も、ズボンと俺を見比べる。


 嫌な予感がする。


「じゃあ、お茶の前にお着替えですね」

「何でお前が決めるんだ」

「せっかくだから、見たいです」


 梢はまっすぐ言う。

 澪へ助けを求めると、少し考える顔をしてから、うなずいた。


「私も、見たいです」


 そっちは断ってくれ。


     *


 休憩室でズボンを替え、戸を開ける。

 灰色の上着に、自分で買った黒いズボン。しっぽの根元も窮屈ではない。

 仕事着としては、いい。

 ただ、部屋の外に三人待っているのは、どういうことだ。


「……お茶、冷めますよ」

「まだ湯呑みに注いでないから、大丈夫」


 灯子さんが笑う。

 梢は俺の前へしゃがみ込み、裾を見上げる。


「すっきりしましたね。こっちのほうが、しっぽがよく見える」

「服の感想を言え」

「似合ってます。ちゃんと選んだ感じ。かわいい」


 最後の一言に、顔が熱くなる。

 澪までうなずくので、俺は視線を外し、袖口を引いた。


「便利屋として、どうかを」

「動きやすそうです。それと、似合っています」


 澪の返事は真面目だ。

 からかわれるのも困るが、まっすぐ褒められると、逃げるところがない。


「……どうも」


 礼を言うと、梢が胸の前で両手を合わせる。


「今の顔、もう一回」

「しない」


 俺は二人の間を抜け、流しへ向かう。

 背後で灯子さんが、弾んだ声で言った。


「気に入ったみたい。しっぽが上がってる」


 店主まで向こう側だった。


     *


 ようやく四人で机を囲む。

 焼き菓子は小さな丸い物と、長方形の物。梢が箱を開けると、甘い匂いに耳がそちらへ向く。


「佐倉さん、こっち、蜂蜜のです」


 俺の小皿へ丸い物が置かれる。

 礼を言う前に、澪が長方形のほうを一つ足す。


「こちらもおいしいです。前に食べたので」


 灯子さんが、お茶を俺の近くへ寄せる。

 自分で配ったはずの物が、全部、手を伸ばしやすい位置へ集まってくる。


「俺、自分で取れますから」

「知ってます。だから、おすすめしてるだけです」


 梢は平然と答え、ひとつ自分の口へ入れる。

 澪も小皿を持つ。

 三人に見られたままでは食べづらい。俺も蜂蜜のほうを割り、半分だけかじる。


 柔らかい。

 表面は少し香ばしく、中はしっとりしている。


「……うまい」


 梢が、うれしそうに笑う。


「でしょ。よかった」


 もう半分へ手を伸ばすと、今度は何も言われない。

 からかうためだけに持ってきたわけではないんだと分かり、俺も肩の力を抜く。


「地図、あとで灯子さんにも見てもらってくれ。俺が見落としたところもあるかもしれない」

「はい。それと、また一緒に回ってくれますか」


 梢は箱を閉じながら聞く。

 横から澪も口を開く。


「私も、横へ跳んで止まる練習の続きをしたいです。次の現場までに」

「両方、時間が合えばな」

「先にお願いしたの、私です」


 梢が軽く指を立てると、澪が困った顔で俺を見る。


「では、練習はそのあとに」

「俺の予定を、ここで組むな」


 灯子さんがお茶を飲みながら笑っている。

 助けてくれそうにない。


「順番待ちになるくらい頼られるのは、いいことだね」

「仕事の順番なら、店主が決めてください」


 俺が言うと、ようやく手帳が出てくる。

 ただし、二人の希望を聞く前に、灯子さんは俺へ向き直る。


「律は、どっちを先にしたい?」


 俺の話も、ちゃんと聞いてくれる。

 少し考え、練習のほうを指した。


「止まれるようになってから、川を回る」

「分かりました。じゃあ、そのあとは私に貸してください」

「道具みたいに言うな」


 梢の笑い声に、澪まで口元を緩める。

 俺は残ったお菓子を口へ入れ、次に何を言われても、今だけは返事をしないことにした。


     *


 机を片づけたところで、小野寺さんが店へ来る。

 両手に弁当の袋を提げていた。


「律さん、お昼、まだですよね」

「はい。頼みに行こうと思ってました」

「灯子さんから四つって聞いたので、持ってきました。ついでに、あの布巾の写真も」


 小野寺さんがスマホを見せる。

 先代の古い布巾は、今も弁当屋の看板を磨いている。写真には、磨かれた文字と、隅へ丸まった布巾が写っていた。


「元気そうですね」

「ええ。置き場所を決めたら、そこへ戻るようになって。おかげで、夕方の片づけが楽なんです」


 俺が灯子さんを呼ぼうとすると、小野寺さんの手が、袋から小さな容器を出す。

 卵焼きだ。


「これは律さんに。いつも助けてもらってるから」

「いや、そんな。作業代はもらってますし」

「それは仕事の分。これは、お昼をおいしく食べてほしい分」


 反論を探していると、梢が横からのぞく。


「いいなあ、先輩だけ特別」

「皆さんのお弁当にも入ってますよ。律さんは、少し多め」


 小野寺さんが笑い、俺へ容器を渡す。


「今の律さん、小さくてかわいいから、ついねえ」


 俺は両手で受け取り、何も言えなくなる。

 そこへ、澪がきちんと頭を下げた。


「ありがとうございます。佐倉さん、甘い卵焼き、お好きです」

「何でお前が答えるんだ」

「以前、現場のお弁当で喜んでいたので」


 覚えられていた。

 小野寺さんはさらに笑顔になり、梢まで俺を見ている。


「じゃあ、いっぱい召し上がってね」


 逃げ場がない。

 卵焼きの入った容器を抱え、俺は小さく頭を下げる。


「……ありがとうございます。いただきます」


 梢が、何かをこらえるように顔をそらした。


「何だよ」

「今の、すごくよかったです」


 分からない。

 いや、分かりたくない。


     *


 灯子さんが代金を払い、小野寺さんを見送る。

 俺は弁当を配ろうとして、梢と澪に左右から取られた。


「私が並べます」

「お箸は、こちらですね」


 空いた手の置き場がなくなる。

 せめて茶を足そうと急須を持つと、灯子さんに椅子を引かれる。


「今日は、お客さんが働きたがってるから。律も座って」


 こういう役回りには、慣れていない。

 俺は椅子へ腰を下ろし、膝に手を置く。

 しっぽだけが落ち着かず、背後で左右に揺れる。


「佐倉さん、髪、少し外れてますよ」


 隣へ座った澪が、自分の耳の後ろを示す。

 俺も髪留めへ触れる。着替えたときに引っかけたのか、片側が浮いていた。


「これ、反対から留めると収まるんです」

「……やってくれる?」


 澪の手が止まる。

 梢も、弁当の蓋を持ったままこちらを見る。


「何。その反応」

「いえ。頼んでもらえると思っていなくて」


 澪が少しうれしそうに椅子を寄せる。

 俺は頭を傾け、手を下ろす。


 髪留めが外され、指がそっと髪を集める。引っ張られないよう片手で支えてから、耳の後ろへ留め直してくれた。


「できました」

「ありがとう」


 俺が顔を上げると、澪はまだ俺を見ている。

 目が合って、少しだけ頬を赤くした。


「……何か、変?」

「いえ。かわいいので」


 真顔で言われるほうが、よほど困る。


「髪留めの話だよな」

「それも、です」


 梢が机へ突っ伏す。

 笑っているのかと思ったら、顔を上げて澪を見た。


「澪ちゃん、そういうの、ずるい」

「ずるい?」

「私も、先輩に何か頼まれたい」


 俺は弁当の蓋を開ける。

 卵焼きが一つ、見慣れた煮物の隣に入っている。別の容器にも、三つ。

 さすがに一人で全部食べるには多い。


「じゃあ、これ。一つ食ってくれ」


 梢へ容器を寄せる。

 その顔が、ぱっと明るくなる。


「はい、喜んで」

「澪も一つ」

「でも、佐倉さんにいただいた物です」

「もともと弁当にも入ってる。うまいから、一緒に食べよう」


 澪が箸を持ち、梢と一つずつ取る。

 俺も、残った一つを口へ入れる。


 甘い。

 焼き菓子とは違って、だしの味がする。


「おいしいですね」

「だろ」


 澪の言葉に返すと、梢が俺と卵焼きを交互に見て、笑った。


「そっか。佐倉さんが甘い物をもらったら、私たちも一緒に食べられるんだ」

「次ももらう前提にするなよ」


 灯子さんがお茶を注ぎながら、俺の前へ弁当を寄せる。


「律の分も、ちゃんと食べてね」


 言われなくても、食べる。

 ただ、いつもなら十分で終わる昼飯が、今日はなかなか進まない。

 梢が大学の講義で寝過ごしかけた話をすると、澪が、自分は電車で降りる駅を一つ過ぎたことがあると言う。

 俺が回収先の住所を一番地間違えた話を足すと、灯子さんが、そのとき電話で道を教えたことまで覚えていた。


 怪異の弱点も、古い文字も、出てこない。

 代わりに、箸を止めて笑う回数が増える。


     *


 食後、梢がスマホを持つ。


「今日、写真、一枚撮ってもいいですか。新しい仕事着の記念に」


 俺は反射的に身構える。

 梢は画面を伏せたまま、返事を待っていた。


「……変な使い方しないなら」

「私たちで見るだけです。佐倉さんにも送ります」


 うなずくと、灯子さんが机の脇の空いた場所を指す。

 澪と俺が並び、梢が腕を伸ばす。


「灯子さんも。ほら、こっち」


 結局、四人で画面に収まる。

 俺の左右に二人が寄り、灯子さんが後ろから顔を出す。


「近くないか」

「先輩が小さいから、真ん中がちょうどいいんです」

「お前、今日ずっとそれ言ってる」


 返す声に、梢が笑う。

 澪も笑い、後ろで灯子さんまで笑う。

 そこで、シャッターの音がした。


 送られてきた写真を見る。

 俺は少し口を開け、文句を言いかけた顔をしている。猫耳が左右で違う向きになっていて、しっぽの先が梢の上着の脇から出ていた。

 その周りに、三人の笑顔がある。


「……撮り直し」

「これ、好きですけど」


 梢が言うと、澪まで自分のスマホへ写真を保存する。


「私も、こちらがいいです」


 俺は画面を消そうとして、止める。

 昨日、探した写真の俺は一人だった。

 今日の俺には、左右にも後ろにも、人がいる。


「じゃあ、もう一枚。今度は、俺が黙ってるときに」


 梢がすぐスマホを上げ、澪がまた肩を寄せる。

 灯子さんの手が、一度だけ俺の頭へ軽く置かれた。


「かわいいよ、律」


 耳の間をなでられて、思わず目を細める。

 しまった、と思うより早く、二枚目の音が鳴った。


「今のは、なし!」

「ええ、こっちも好きです」


 梢がスマホを胸へ引き、澪が真剣に画面をのぞく。

 俺が取り返そうとすると、二人は写真をこちらへ向けた。

 確かに、嫌そうには見えない。

 むしろ、困るくらい気の抜けた顔だ。


 何も言えなくなった俺の肩へ、灯子さんの手が下りる。


「残しておこうよ。今日は、ちゃんと休めた日だから」


 俺は三人を見てから、もう一度画面を見る。

 しばらく迷い、二枚とも保存した。


「……店の宣伝には、使わないでくださいね」

「分かってる」


 灯子さんが答え、梢と澪もうなずく。

 それから梢が、空のお菓子の箱を袋へ戻した。


「次は、何がいいですか。甘いの以外も持ってきます」

「差し入れ目当てに呼んでるわけじゃないから」

「じゃあ、私たちが来てもいいですか」


 俺は答えようとして、机を見る。

 片づける湯呑みは四つ。弁当の空き箱も四つ。送られてきた地図には、俺と梢の書き込みが並んでいる。


「仕事の邪魔にならないなら。……お茶くらいは出す」


 梢が笑い、澪が、では次は自分がお菓子を持ってくると言う。

 灯子さんはもう、次に四人で座れる日を手帳で探していた。


 元に戻る準備も、次の現場の支度も、なくなったわけじゃない。

 けれど、その間に、こういう昼があってもいい。


「そのときも、かわいい係はやらないからな」


 俺が言うと、梢は首をかしげた。


「頼んでないですよ。勝手にかわいいんです」


 澪がうなずくな。

 灯子さんも、そこで笑うな。


 文句を言いながら湯呑みを集める俺の横へ、二人が来る。

 一人に盆を持たれ、もう一人に茶缶を片づけてもらう。

 今日は最後まで、俺一人でやらせてもらえなかった。

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