「こうして女の子と男の子は二人で幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」そう言うしかないエピローグのようなもの
祭事が終わってから何をしていたのか。それについては曖昧どころの話ではなくほとんど何も覚えていない。ただうっすらと、いつの間にか神様はいなくなっていて、残された私たちで離れの掃除をしていたような記憶が残っているだけだ。
それから何日か経ったのか、あるいはほんの数時間しか経っていなかったのかまでは分からない。気がつくと、荷物を持ってコンクリート塀にとってつけたような役医門の前に立っていた。
「いやはや。この度は遠いところを奥様のためにお越しいただき、まことにありがとうございました」
目の前でエビフライとミイラを雑に組み合わせたような姿の湯浅さんが深々と頭をさげた。
「気にしないでください。こちらこそ、家のことを任せきりにしてしまって申しわけありません」
隣で恵叶が寂しそうに微笑んだ。
「仕事にかまけて三回忌になるまで顔を見せなかったんですから、とんだ親不孝ですよね」
一体何のことを話しているのだろう?
そんな疑問が浮かぶ一方で、二人の会話がやけに納得できたことも事実だった。
連休を利用して恵叶のお母様の法事に顔を出す。
そんな話になっていたという記憶がいやに明瞭に残っている。
「母さんが生きているうちにシオンを紹介できればよかったんですが」
心底悲しそうな声とはっきりとしているほうの記憶にしたがえば、たしかにその通りのはずだった。そうだとしても。
何か含みのある柔らかな笑顔だとか。
恵叶を話題に出すときの忌々しそうな表情だとか。
やたらと目がキラキラした表情だとか。
手のひらに残る感触と温度だとか。
そんな物が確実に大脳辺縁系のどこかにこびりついている感覚があった。
それに、だ。
「大丈夫ですよ。こうやって法要に来てくださったのですから、奥様もきっとアノカタの御許でご覧になっているはずです」
ハッキリしているほうの記憶を正とするには、役医門を背に笑う姿はエビフライとミイラが雑に組み合わさりすぎていた。
「そう、だといいですね。じゃあ、シオン。俺たちはもう帰ろうか」
「……うん。お世話になりました」
頭をさげると、いえいえ、というガサガサした声が聞こえた気がする。
「近々仕事のほうが一段落する予定なので、そうしたらまたシオンと二人で顔を出します」
「ええ、是非、是非にそうなさってください。坂口様もお待ちしておりますね」
多分、実に社交的な会話に実に社交的な返事を返していたのだと思う。
それから、いわゆるニュータウンに聳えるには異様すぎるコンクリート塀に沿って歩き、マンション群の合間にある駐車場を目指した。その間、次の連休は水族館に行こう、だとかそんな話をしていた気がする。おかげで、はっきりとしているほうの記憶が正だと信じ込めそうな気もしてきた。
ただし、高層マンションに囲まれた駐車場についた途端、そんな希望はすぐに消え去った。
荷物を置こうとドアを開けたところ、後部座席に見覚えのありすぎる姿があった。
まず目に入ったのは肝臓だった。
あとは肺のようなものも目立っていたと思う。他にはんだかヌメヌメした長いものだの、丸いものだの、でこぼこしたもの。そんなものが絡み合いながら、革張りのシートの上にひとまとまりになっていた。しかも、なんだか申し訳なさそうな様子で。
「ああ、それ? 家に置いておいて神様につまみ食いされても嫌だから、連れて行くことにしたんだ」
恵叶は内臓の模造品の横に投げ捨てるように荷物を置いた。なにやら絡み合ったものたちは身をすくめるように震えていたけれど、特に気する素振りもなかった。
目の前の光景に色々と思うことはあったが、一番強く感じたのはやはり曖昧なほうの記憶が正だったのかという落胆のようなものだった。
私が恋人の母親を丸井戸の底へ突き落としたのは、どうあっても変えられない事実だった。
久しぶりに胃の底から、捻られるような痛みと素焼きの羊肉に酢をぶちまけたような臭いが込み上がってきたのを覚えている。多分、その場にうずくまってしまったのだろう。温かな手のひら背中をさすってくれていた記憶がある。
「大丈夫だよシオン。あの曲をかけていれば神様がつまみ食いにくることはないから。湯浅さんも贅沢な食事が続く状況を少し見直したいって言っていたし、それに」
耳に届く声はこの上なく穏やかなものではあった。それなのに、体の内側の目の細かい紙やすりで擦られるような響きも持っていた。
「シオンのおかげで母さんが死んでくれたんだから、もう僕たちに意地悪をするやるらは誰も居ないよ。だから安心して」
声がなんだかキラキラし始めたと同時に、背中をさすってくれていた手が背後から体を抱きしめた。
「愛してるよ。シオン」
「……」
数日か数時間前には自分から同じ言葉を告げることができたはずだった。それなのに、そのときできたことと言えば、薄暗い後部座席に佇んでいる内臓の模造品に視線を向けることぐらいだった。
「……」
悪化したのか改善したのか分からない状況のなか、膵臓のようなものがどこか悲しげに革張りのシートを一度叩いたことは救いだったのかもしれない。




