夏休みの出来事
終業式の日は、何事もなく終わった。帰り際に、
「朱里、連絡するからデートしようね!」
と、教室に響き渡るほどの声で言われた時には、頭を抱えたくなったが。
夏休みに入れば、毎日亮と会うことはなくなるわけだが、毎日メッセージが届く。基本は、挨拶とか、暑いとか、部活で良い記録が出たとか、亮の報告が主だったけれど、今日は電話がかかってきた。
「もしもし」
『朱里? 今大丈夫?』
声を聞くのは終業式以来で、まだ数日しか経っていないが、少し懐かしく感じてしまう。更に耳元で響く声がなんだかくすぐったい。
「うん」
小さく言うと、
『明日は部活休んで、仕事なんだ。生放送出るから見てね』
そんな話だった。同じ芸能事務所の、アイドルグループのバックダンサーの一人として、音楽番組の特番に出るらしい。
(ダンスも習ってるのか)
そういえば、時々取り巻きたちが話しているのを聞いた気がしなくもない。
「気が向いたら」
『えー端のほうだから、ちょっとしか映らないかもだけどさっ、見てくれたら嬉しいな』
相変わらず1度ではへこたれず、要求を伝えてくるため、
「はいはい」
と返せば、嬉しそうな笑い声が聞こえた。そして、
『デートの件だけど、いつがいい? 来週あたりどうかな?』
デートのつもりは無いが、夏休みに出かけるついでに、亮の所属事務所に行くことに関しては、考えていた。朱里が自分から言い出せないと分かっているのか、亮からキッカケを作ってくれる。出かけることは構わないが、どちらかと言えば、会って話ができればと朱里は考えていた。
来週との提案に、予定を思い出すと、
「あっ」
『ん?』
「なんでもない。来週前半なら」
来週末に父と母が帰ってくることを思い出して、少し焦って、答えてしまった。
『OK~じゃ月曜日でいい?』
2日後である。少しでも早い日を選んだのだろう。
「・・うん」
少し緊張しながら返せば、亮は、ぱぁっと明るい声で、
『じゃあ、明後日、10時でいいかな? 迎えに行くね!』
それに朱里が了解すると、電話を終えた。
――――――――――――――――――――
そして出かける日、現在、朱里は亮と昼食を終えていた―――――
すると、一人の30歳前後に見える男性が現れ、亮に声をかけてきた。
「オレのマネージャーの川崎さん」
亮の隣に座った男性をそう紹介する。まさかこんなところで会うとは思っていなかった朱里は、絶句する。
「コイツの相手は大変でしょう? 僕も良く振り回されてね。まぁ、君も本当に嫌な時は、はっきり言ってくれていいからね」
亮が仕事するようになってから、ついてくれているマネージャーさんみたいで、亮の行動にほとほと疲れている様子を見せた。
「あ・・はい」
「えーそんな振り回してないじゃん」
亮が否定すれば、朱里と川崎は、そろって呆れたように首を軽く横に振った。
そんな亮を放置して、川崎は本題ともいえる話を始めた。
「うちの事務所は、まあ、タレントの恋愛には寛容で、タレント自身に任せています。まぁ、アイドルの子たちや未成年で、お付き合いしている人がいるという話は聞いていませんが、事務所内でも一般社員には秘匿されている部分もあるので、なんとも言えません。けれど、恋愛や恋人を作ることが駄目という話は聞いたことがありません。ただ、亮くんの場合は、社長やプロデューサーには、やはり亮くんの売り出し方のプランもありますので、相談は必要になるでしょう」
川崎は朱里に対しても、丁寧に説明してくれる。事務所側としても、亮に期待していることが伝わってくる。
「でも、亮くんの場合、佐伯さんとの兼ね合いでパフォーマンスが変わりますので、恐らくお二人のお付き合いに関しては、問題ないと思います。・・というか、ダメと言われたら、どうなるか僕は考えたくないですね」
若いくせにどこでそんな交渉術を学んだのやら・・と、疲れたように川崎はつぶやいた。どうやら亮の策略にそうとう振り回されてきたようだ。
「それから、既にお気づきとは思いますが、亮くんと付き合うには、それなりに覚悟が必要ですので、その点だけはご理解いただければと思います」
亮は自分の望みをかなえるためなら全力である。それに付き合うには、確かに大変だろう。更に、自分本位で策を講じるところもある。周囲の反応だとか、確かに色々覚悟は必要だろうとは、朱里も思ってはいた。納得を示し、川崎の言葉に頷くと、
「先ほども言いましたが、僕としては、ダメというのは考えたくありませんので、佐伯さんにはご苦労かけてしまうかもしれませんが、よろしくお願いします」
川崎は、どこか含みのあるかんじで、軽く頭を下げながら付け加えた。
……そのダメって、亮とのこと断らないでほしいってこと? さっき言った「覚悟」って、そういうことも含めてなのだろうか?
そう思いながら、川崎を見ると、まるで朱里の心を読んだかのように、
「まぁ、そういうことです」
察してほしいという眼差しを向けられていた。朱里はそれに気づき、
(なるほど)
「・・分かりました」
言いたいことは理解できたと、再び頷いた。
「それで、今日はこれから本当に、プロデューサーに会いに行かれますか?」
川崎が朱里に聞いてくるが、
「いや、今日はやめておくよ」
亮が代わりに答えた。事前にやり取りした際に、「この日は事務所に行くのは無しにしたい。無理なら、出かけるのも無しにする」と、メッセージで送っていたのを、亮は叶えてくれたのだ。ただ、まさかマネージャーさんとの約束を取り付けているとは思わず、朱里はやられたと思っていたわけだが。
「まぁ、それが良いでしょう」
川崎もホッとしたようだった。
そして、
「では・・デートのお邪魔して、すみません」
と言って、自分のコーヒー代――より少し多いと思ったが、お金を置いて川崎は帰っていった。
デートじゃないのに・・と、思う朱里だった。




