6月上旬
短めです
6月最初の日曜日の午後。
―――ピーンポーン
最近休日に、良く鳴る我が家のチャイムを、朱里は自分の部屋で聞く。自分に用があれば、声がかかるが、無いので、今日家に居る、隼人への来客だったのだろうと予想した。
家の半地下にある、防音のピアノ部屋に行き、たっぷりピアノを弾き、満足して部屋から出ると、階段から誰かが降りてくる音がした。兄だろうと、朱里が階段を上がっていくと、降りてきたのは亮だった。
(あの来客は、この人だったのか)
1階の廊下でバッタリ遭遇する。また兄のところに来ていたのかと思っていると、
「やあ、朱里」
亮が若干驚いた様子で声をかけてきた。朱里は仕方がないと会釈する。
そして、普段なら、あれこれ話しかけてくる亮が、何故か朱里から目をそらして、視線をさまよわせる。金曜日のことで気まずく感じているのだろうか。あのことは、彼にとっても大きな出来事だったのかもしれないと、朱里は思うが、だからと言って、自分から何かを発する気にはなれず、どうすべきか、黙ったままその場を動けずにいた。
――二人の間に、沈黙が流れる。
―――ガチャ
「朱里さん?」
沈黙がやぶられる。沙織さんがダイニングのドアから出て、朱里を視認すると、声をかけてきた。ピアノ部屋から出ると、いつも飲み物を取りにキッチンへ寄るのに、なかなか来ないから様子を見に出てきたのだろう。
そして、亮を視認した沙織さんは、
「柏木さんもいらしたのですね。こんなところで立ち話もなんですから、リビングでお話しされたらどうですか?」
二人の様子を見て、提案をしてきた。朱里は亮を見る。
しかし、いつもなら恐らく、その提案に乗りそうな亮は、
「いえ、今日はもう帰りますので」
朱里が、亮はなんと答えるか様子を伺っていると、「帰る」と言った。そして、今度はしっかりと朱里を見て、
「じゃ、また明日ね。朱里」
「あ・・うん」
亮が笑顔を見せ、手を振りながら玄関へと向かおうとするので、朱里は小さく返事をし、見送った。
(なんなの?)
あれほど朱里と話したいと言っていた亮が、たいして絡むことなく帰ったことに、朱里は訳がわからず、戸惑うのであった。
―翌月曜日―――――――
昨日の亮の態度に、モヤモヤした気分で学校に行き、教室に入ると、いつものように、
「朱里、おはよう」
亮が普段どおり挨拶してきた。
「おはよう」
朱里は亮に、初めてまもとに挨拶を返していた。それに亮は目を見開いて一瞬驚いたあと、満面の笑みになった。
その表情を見て、朱里は自分でもびっくりするくらい、自然に挨拶していたことに気づき、更に、昨日のあの態度は、これの布石だったのではないかと悟った。
そして、自分の席へ移動する。当然笑顔で亮もついてくる。この後、先週は告白してきていたわけだが、朱里が席に座ると、亮は正面に立ち、
「教室で告白するのは、やめておくね! まあ、もう、ほとんどの人に、オレが朱里を好きだってことは、分かってもらえてると思うし」
(あれはそういう意図もあったのか)
亮は何だか、自分の望みを叶えるために、色々画策していたみたいだ。
考えてみれば、あのパンケーキ屋さんに行くことになった日も、兄を巻き込んで自分の欲求を通そうとしていたわけで、出かけた際も、質問の方向性を変えることで、朱里の反応を得ようとしていた。昨日のことも、何か考えがあっての行動だったのかもしれないと、思い至った。
少し顔をあげ目の前の亮を見ると、笑顔で朱里を見ていた。目が合うと、
「言ってほしかった?」
茶目っ気たっぷりなかんじで言われるので、からかっているだけだと判断し、スルーすると、
「ここで告白はやめるけど、朱里のことは諦めるわけじゃないからね!」
それだけは分かってねと、加えると、亮は自分の席へ向かい、取り巻きたちに囲まれる中で、アイドルのような笑顔を振りまいていた。




