パンケーキ屋さんからの帰り
食後、話を終えて、パンケーキ屋さんから出る。
店を出る時に、同じ年頃の女子3人組が入ってくるところとすれ違う。すると背後で、
「今の人、カッコよくない?」
「私も思ったー」
「でも隣にいるの、彼女っぽくない?」
「たしかにー・・いいなぁ」
そんな会話が聞こえた。亮は今日、出かけるモードで前髪をおろして眼鏡をかけているが、すれ違いざま、近くで見れば、端正な顔立ちは分かるだろう。
「彼女だって」
亮が何故か嬉しそうに言う。今は、2人並んで、駅へ向かっているわけだが、朱里は無視する。
「ホントに付き合わない?」
お茶らけたかんじで亮が言うので、速攻、
「「却下」」
朱里と亮の声がハモった。
「だろ?」
してやったりというかんじで、亮は朱里の顔を一瞬覗きこんだあと、朱里の手をとって歩く。
「ちょっと、離してよ」
手を離そうと腕をひくが、亮は離すつもりは無く、要望を伝えてくる。
「人多いし、駅まででいいからさっ」
確かに混んではいるが、はぐれたりするほどではないだろう。
「期限決めれば受け入れると思ってるでしょ?」
「うん」
心の中で、うなだれる朱里。手から亮の体温が伝わってきて、落ち着かない。
「キミは相変わらず・・」
「あっ、その“キミ”って言うの、やめてくれないか?」
言葉の途中でさえぎって、そんなことを言ってきた。
「名前で呼んでほしいな♪」
(・・・な・ま・えで?)
「柏木くんは・・」
「ちがーう」
「無理」
「はやっ」
下の名前で呼んでほしいのだろうが、呼びたくない。ただでさえ、今日打ち解けすぎたと思っているのに、これ以上は気持ちが追い付かない。
「じゃあ、手を繋ぐか、名前呼びするか、どっちがいい?」
亮は2択を提案してきた。手を繋ぐのは駅までだけだけど、名前呼ぶのはこれからずっとだよね?と朱里が考えていると、ある事に気が付いた。
「もう手はこのままでいいよ」
朱里が2択の選択をした数秒後、
「駅着いたね」
「え?もう?」
亮は気づいてなかったのか驚きの声を上げる。パンケーキ屋さん、駅から近かったからね。
「駅までって言ったよね」
「言ったな。うーん・・延長は?」
「却下」
「だよなー」
亮は肩を落として言うが、どこか嬉しそうだ。
「仕方ないね」
そう言って、ようやく改札の手前で手を離す。ただ諦めきれないのか、
「オレも朱里って呼んでるし、朱里にも名前で呼んでほしいのになー」
ホームで電車を待ちながら、独り言のように言うが、朱里を横目で見ながら話しているので、聞かせようとしていることは明らかだった。が、朱里は聞こえていない振りをする。
そんなに待たずに電車が来て乗る。空いていて、座れるが、亮と並んで座りたくないので、どうせ最寄り駅まで2駅だしと、ドア付近に立つ。亮は近くの空いている席へ向かいかけたので、並んで座りたかったのだろうが、気づかない振りをする。
「朱里って頑固だよな」
(どっちが)
「オレの名前、父親がつけてくれたんだけどー亮って。”りょう”とも読めるけどさ、"あきら"の響きを取ったんだって。由来はねー」
「いや、別に由来とかどうでもいいから」
何故か楽しそうに、つらつら名前について語る亮の言葉を、冷たくさえぎる。さえぎられたわけだが、亮の表情は不満気ではなく、どうやら朱里に反応させることが目的だったようで、してやったりというかんじに笑顔になった。
「あーあ、今日話して、少し朱里が打ち解けてくれたと思ったのになぁ」
少し大げさに残念そうな顔をする。コロコロ表情が変わるなぁと思いながら、朱里は亮を見ていた。それに気づいたのか、
「まっ、ゆっくり待ちますか、ね?」
(ね? って同意を求めないでよ)
目が合うが、朱里はすぐそらしたところで、最寄り駅に到着したのだった。
駅からは、もう別々でいいだろうと朱里は思っていたが、亮は「送る」といって、ついてきた。何かまだ話がある気がしてならない。それは正解だったようで、朱里の家に着き、門を開けようと手をかけると、
「あっ、そうだ! 朱里、連絡先交換しよ♪」
今思い出したという風に、スマホを出しながら言うが、明らかにタイミングを計っていただろうと、朱里は思っていた。ただ連絡先の話とは思ってなかったが。
(そんな話あったね)
首だけ横に振って断る。すると、亮は顔を引き締めて、
「オレ、諦めないから」
朱里をジッと見つめる。力強く言われ、真剣な眼差しに、心臓がドキドキしてくるが、朱里も目をそらすことができなかった。亮の頬がほんのり赤く染まっている気がするのは、少し日が落ちてきているからだろうか。
5月にしては暖かで、少し強い日差しが眩しい午後、見つめ合う時間が続く。ふわっと、二人の頬を風がなでると、時が動き出したかのように、
「じゃ、今日は帰るよ。また明後日、学校でね!」
そう笑顔で言って、亮は手を振って帰っていった。朱里はその背中をしばらく見送ったあと、家に入った。
家に入った朱里は、
「まいったなー」
ドアに背をもたれかからせて、つぶやくのだった。
亮に惹かれてきている自分が居ることを自覚した。
でも彼は芸能の道へ進むのだから、一緒にいられるわけないと、亮が自分に向けて来る笑顔を思い出し、ズキッと胸が痛む朱里だった。




