5月末の土曜日
休日、朱里は普段よりものんびり起き、遅めの朝食を食べていると、
―――ピーンポーン
誰か来たみたいで、沙織さんが対応に出る。
戻ってくると、
「朱里さんのご友人の、柏木さんでした。隼人さんと約束していたそうです」
(はい?)
あの人が兄と約束? 兄のファンみたいだから、話がしたいというのは分からなくもない。
・・にしても、友人じゃないんだけどなー・・結局沙織さんの中では、朱里の友人ということに、なってしまったらしい。
「はぁー」
気の重い朝食になってしまった。
・・・が、まさかこの後、もっと気が重くなることが待っているとは、この時の朱里は思ってもいなかった。
昼食ができたとのことで、ダイニングに行くと、兄の隼人が居た。「お兄と昼食久しぶり~」と、朱里は喜んでテーブルに近づくと、もう1つ影が視界の端に入り、そちらを見る。
「なんで居るのよ・・」
兄の隣に座るのは、亮だった。笑顔を向けて、朱里に手を振っていた。
「おはよう。あっ、こんにちはーかな?」
「・・・・」
「朱里、おはよう。亮くん、昼食に誘ったから」
「おはよう」
兄に視線を向け、挨拶しながら、兄の前に座る。兄が誘ったのなら仕方ないと、諦めるしかない。
目の前の昼食を食べはじめると、
「朱里が亮くんに書いた詩、聞いたぞ。いいじゃん」
隼人が気に入ったというかんじで言う。読んだのではなく、聞いたということは、亮が作った曲を聴かせるために、今日は来たみたいだ。兄に褒められ、
「まあ・・ね」
嬉しいやら照れ臭いやら、反応に困ってしまう。そんな朱里を、亮はニコニコ見ていて、なんだか落ち着かない気分になる。
いったいこの兄は、どういうつもりで、この場に亮を誘ったのだろう? 朱里に近づく輩は排除したそうな兄バカなのに。
そんなことを考えながら、朝よりも気の重い昼食を終えた朱里は、部屋に戻ろうと席を立つ。
「あっ、朱里、お兄ちゃん出かけるから、亮くんと話でもしなよ」
(はい?)
朱里はイスに手をかけた状態で止まって、兄の顔を見ると、何故かニコニコしている。しかし、朱里が何も反応しないので、隼人は立ち上がり、朱里を、亮の前のイスに座り直させて、
「たまには二人で話したら?」
朱里の肩に手をかけて言った。朱里は慌てて兄へ顔を向け、
「ち・・ちょっと待ってよ。話すことなんてっ」
無い。兄にはGWの時に、亮とは関わりたくないと話したはずだ。
「お兄ちゃんは、もう少し、ちゃんと二人で話すべきだと思うぞ」
何それ・・と、思いながら朱里は兄をジトッと見る。亮は笑顔で、二人のやりとりを見ているのを感じる。
(もしやこの人が、兄に何か言ったのだろうか?)
なんとなく、そんな気がして、
「お兄は妹優先じゃないの?」
(私の気持ちを優先してよ)
と、言外に込めつつ兄に問う。
「もちろん、いつだって朱里優先だよ」
「だったら・・」
食い下がるが、
「いくら苦手だからって、いつまでも拒否してちゃダメだろ?」
隼人は朱里を、自分と向かい合うように座り直させ、顔を近づけ目を合わせて、優しく論ずる。
「いや・・そういうことじゃ」
確かに慣れない人との会話は苦手だし、亮のことを苦手とも言った。けれど、それとは別に関わりたくないから話したくないのだ。でも、まだそこまでの理由を隼人には、いや、まだ誰にも話していない。
そんなことを考えていたら、隼人は壁の時計を見て、
「おっと、そろそろ支度して出かけないと・・じゃ二人共、またな」
と言って、隼人はダイニングを出ていこうとするので、朱里は、
「待って・・」
すがるように言うが、隼人は振り返らず、右手を振って出て行った。
部屋に残された二人・・の元に、沙織さんが、テーブルの上を片付けながら、
「何か飲みますか?」
と、声をかけてきた。亮は、沙織さんに視線を向け、
「大丈夫です。あっ、食事、美味しかったです、ごちそうさまでした」
そう答えると、沙織さんは食器を片付けながら、
「お口に合って良かったわ」
と、喜んだ。
朱里は、もう仕方ないと思い、
「ごちそうさま。私と彼に、この間と同じものを、お願いします」
飲み物をお願いすると、
「あっ、飲み物はいいよ。その代わり、少し出かけないか?」
亮がそんな提案をしてきた。
「キミ・・と?」
「そ、オレと」
朱里が面倒そうに尋ねると、亮は楽しそうなかんじで返す。
「なんでよ」
「ここでお話するより、外でプラプラしながら話すのも良いかなって。もちろん予定が無ければだけど」
まあ確かに家で話すよりは、外のほうが気が楽かもしれない。けれど、誰かに見られる可能性がありそうだが・・と考えていると、
「あっ、そうだ、この間行けなかったパンケーキ屋さん行かない?」
閃いた!というかんじで、亮が言う。
「はあ!?」
思わず朱里は声を上げてしまった。その反応に、亮は少し驚いたが、
「実はオレ、甘いものに目がなくて、あのお店も気になって仕方なかったんだ。男一人だと入りずらいし、朱里と行けたらいいなって・・朱里はパンケーキ好きじゃない?」
亮は好きなものには饒舌になるようだ。少し興奮気味に話してくる。
「・・甘いものは好きだけど・・今日混んでるんじゃ?」
”この間のパンケーキ屋さん”とは、GWに却下したお店だろう。実は朱里も、あのパンケーキ屋さんが気になってはいた。普段なら速攻却下しているところだが、自宅で、会話の流れで話していたことで、そしてGWの時より多少交流してきたことで慣れたのか、自然に答えていた。
「どうだろう? 行くだけ行ってみない?」
亮も普通に話ができていることに、かなり満足していた。
「・・っ」
亮の満足そうな様子に気づいて、朱里は普通に話していたことに気づき、うろたえ、声にならない声がもれる。
「朱里? どうかな?」
声は不安気だが、亮の目は「食べにいきたい!」というかんじに輝いている。
「はぁ-」
ため息をつき、朱里はどうしよう?と悩む。亮はパンケーキ屋に行きたがっているわけだが、朱里もまた、既に頭の中はパンケーキになっていた。ただ、亮と行くということに戸惑いが生まれている。
断りたい気持ちと、行きたい気持ちがせめぎ合う。
「行ってくればいいじゃん!」
どこから聞いていたのか、隼人がギターケースを背負って、ダイニングのドアから声をかけてきた。朱里はバッと、声のしたほうへ振り返り見る。隼人と目が合うと、
「怜や莉奈ちゃん以外と出かけてみるのも、悪くないと思うぞ」
それだけ言うと、一度手を振り、ドアを閉めてバタバタと出かけて行った。
「うぅ・・」
朱里は、その閉まったドアを見たまま唸った。
「隼人さんからOKも出たし、行こうよ!」
亮は再び満面の笑顔になって、朱里を誘った。朱里はその顔を横目で見てしまい、
「はぁー・・」
……あの笑顔はずるい。
作詞を受ける前なら・・いやGWに会ってなければ・・音楽室で話したりしてなければ、いくら兄の介入があっても、きっぱり断れていたかもしれない。1つ1つはちょっとしたことでも、少しずつ亮のことが分かってきて、断ったら悪い気がしてしまう。加えて最近は、心のどこかで、亮とこうして話が出来ることを、嬉しく思っている自分がいた。
「・・仕方ないか。支度してくる」
結局断りきれずに、それだけ言うと、のそりと立ち上がり、自分の部屋へ向かう朱里だった。




