亮からの依頼
亮に歌詞を渡した週の木曜日―――――――
「朱里、おはよう」
いつものように、亮が挨拶にきたので、朱里もいつものように、会釈する。詩を渡した翌日、何も言われなかったので、安心していたが、今日はお昼に音楽室へ行く予定の木曜日。最初に亮が、音楽室に来た時から何かしらあるので、今日も絡んできそうと、朱里が警戒していると、
「あのさ、朱里」
やはり挨拶だけじゃすまなかった。そう朱里は思い、横に立つ亮をチラッと見ると、少し顔を近づけてきて、
「話したいことがあるんだけど、お昼に時間もらえない?」
小声でサラッと言った。朝のざわつく教室内では、周囲に聞こえていなさそうだ。
話はきっと作詞のことだろうし、お昼ということは、音楽室に来たいということだろうと、予想はつくが、朱里は先日歌詞と共に渡した紙に、”作詞の返事はいらない”と、先手を打って書いておいた。
「却下」
「じゃあ、ここで言うけどいい?」
却下されることを想定していたらしい亮は、すぐ次の言葉がでてくる。
……作詞のことは、周りに知られたくない。どうしてこの人は、私が断れない方向へもっていくのだろう。やっぱり“もう話しかけないで”と、言ったほうが良いのだろうか。それはそれでなんかモヤモヤしてしまって、それだけ最近私の中で、亮の存在が、大きくなりつつあるのかもしれないと、考えたところで頭を振った。こんなこと考えてはいけない。
「朱里?」
亮は首を振って断ったのかと思い、声をかけた。朱里は、慌てて小さく返事をする。
「お昼でいい」
それを聞いた亮は満足し、ニカッと笑って自分の席へと戻って行った。
――昼食後―――――――
朱里は、この後音楽室で、亮と話すと思うと気が重くなり、莉奈におかしいと言われながら、昼食を食べ終えた。
普段ならうきうき気分で向かう音楽室へ、足取り重く向かうと、既に亮が待っていた。
「はぁー」
わざとらしくため息をついて、鍵を開ける。そのまま音楽室へ入ると、続けて亮が入ってきたところでハッとする。
(これ、なんか家に招き入れてるみたいじゃん)
それに気づくと、朱里は妙にドキドキしてくる。
「時間とってくれて、ありがとう」
朱里が平静を装って、ピアノのイスに座ると、亮はピアノ横に立ち、笑顔でお礼を言った。
(どうしよう)
2人きりの状況に緊張してしまう。今更ながら、やめておけば良かったと、朱里が思っていると、
「作詞してもらった曲、ちゃんと作ったんだ。聞いてくれる?」
そう言って、亮はスマホを操作する。止める間もなく曲が流れ始める。この短期間で編曲まで行ったみたいだ。
そして亮は歌い始めた。
この音楽室は、完全防音ではないが、多少外へ音がもれないようになっているので、教室のように、亮の歌声が廊下に響くことはない。
(相変わらずキレイな声)
……って聞きほれてる場合じゃないって。朱里は自分で突っ込んで内心頭を抱える。
そう思ってはいても、まだ変声期を迎えていない、高いボーイソプラノともいえる声で歌う亮を、じっと見てしまう。人を引き付ける要素も持ち合わせていて、整ったアイドル顔の容姿に、人気が出るのもうなずける。亮の作った曲に自分の詩、けっこう上手くはまっていて満足し、ほほが緩んでいった。
歌い終わった時、朱里は思わず拍手していた。
それに亮は、驚いた表情をしたあと、満足そうに笑った。
「どう? 良かっただろ?」
「うん、聞かせてくれてありがとう!」
普段より大きな声が出て、朱里はハッとし、顔をそらす。
(私なに、普通に話してるのよっ)
ピアノのふたをあけ、
「用は終わり・・よね?」
出ていけと、視線に込めて言うと、
「いやいや、これからが本題だって」
(マジで?)
「朱里の詩で曲づくり、オレも楽しかった。ありがとう」
本題、面倒な気しかしないため、朱里は鍵盤に視線を向けている。
「それで、詩は1回だけって話だったけどさっ、今回書いてもらって、やっぱり朱里に、オレの作詞にアドバイスをしてほしいなって思ったんだ」
(え? なんで私?)
「お兄に頼んだんじゃ・・」
そんなことを言っていた気がして問えば、
「いや、隼人さんにお願いしようとしたら、もっといい奴がいるって、朱里のこと教えてもらったんだが」
(お兄ぃぃ・・)
心の中で頭を抱える。
「だから、オレの作詞の先生になってよ!」
「無理」
速攻拒否してみるが、
「先生とは言ったけど、そんな堅苦しく考えないでさ、なんか、気づいたこととか、言ってくれるくらいでもいいんだ」
やはり亮は、そう簡単には引き下がらない。けれど朱里も、引き下がるわけにいかないので、
「無理」
再度言う。
「朱里なら大丈夫だって」
(あーホントに面倒くさい)
「私には無理です。できません」
あえて丁寧に言って、少し頭をさげてみる。これでダメなら、このやり取りすらやっていたくないと、自分本位な亮に、朱里はそろそろ限界になりそうだった。
亮は、朱里が丁寧に言った様子に、何かしら感じたのか、少し考える様子をみせたあと、
「うーん・・そっか。今回は諦めるか」
そうボソリと言った。
(今回は? これからずっと諦めてよ)
朱里はもう返事をする気もおきず、鍵盤を眺める。
「気が変わることもあるだろうから、また今度聞くね!」
亮は明るく言う。けれど、朱里としては、気が変わることなんて、ありえないし、次の機会を作るつもりもない。
ホントに面倒くさいと思いながら、朱里がため息をつくと、
「あっ、ピアノ弾く時間なくなっちゃうね。あっそうだ、やっぱ連絡先交換しない?」
(いい加減にして)
亮の言葉に、朱里は睨んで拒否し、音楽室のドアの方を出てけとばかりに指で示すと、今度は亮が「はぁー」と、長い溜息をついた。そして、トボトボとドアへ向かって歩き出した。そして、ドアに手をかけたところで一度とまり、ピアノへ視線を向けたが、扉をあけて出て行った。
ドア開閉の音を聞き、朱里はホッとし、深呼吸のあと、ピアノを弾き始めた。
―――キーンコーン・・
曲の途中で予鈴が鳴る。やはり時間が足りなかったようだ。手を止め、再度ため息をついて、ピアノのふたをしめた。ざっと室内を確認したあと、電気を消し、部屋を出ようとしたところで、ふと、
(まさか外にいないよね?)
前回のことを思い出し、警戒しながら扉を開けたが、亮はもちろん、誰もいなかった。
このままもう関わってこなれば良いと思いつつ、"また今度”と言っていた亮の笑顔が浮かび、心臓がチクリと痛む。どうしたら良いのか、亮のことだから、また話しかけてくるだろうなと思うと、げんなりするしかなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・
その日の放課後、部活へ向かおうと帰り支度をしていると、
「朱里、これオレの連絡先ね」
亮が生徒手帳の白紙部分に、自身の連絡先を書いたようで、破って書かれた紙を渡してきた。受け取らずにいると、机の上に置き、
「じゃあ、またね」
それだけ言って、亮は手を振って教室から出て行った。亮の連絡先が気になる人がいるのだろう、朱里の机に置かれた紙の行方に注目している人達がいる。放置するわけにもいかず、仕方なくカバンにしまった。




