第4話:精霊の召喚とチュートリアル
職業を『精霊の盟約者』に選択すると、淡い青い光を纏った幾何学模様の魔法陣が出現し、高速で回転を始めた。
「おお……!」
その光景に、弘人の口から思わず感嘆の声が漏れる。
マイルームからこの遺跡に転移させられた時は、突然のことで驚きが勝っていたが、こうして客観的に魔法の発動を目の当たりにすると、その3Dビジュアルとエフェクトの圧倒的なリアルさに感動を覚える。
何よりも、これからどのような精霊が召喚されるのかと胸が躍った。
(精霊ということは、サラマンダーとかウンディーネ、シルフ……とかか? 俺自身には属性がないみたいだから、何が来ても嬉しいかも。いや、回復タイプに分類される職業だから、攻撃的なイメージのあるサラマンダーなどは来ないのか?)
あくまでも回復職であることを考えれば、サポートに特化した精霊が召喚される可能性が高い。どちらにしても、ワクワクすることに変わりはなかった。
期待を胸に回転する魔法陣を見つめていると、一際強く魔法陣が光り輝き、やがてゆっくりと光量が落ち着いていく。
そこに現れたのは――。
「これは……蝶?」
パタパタと、手のひらサイズの蝶が魔法陣のあった空間を舞っていた。
予想していたような人型の精霊などではなかったことに意表を突かれ、弘人は召喚された蝶をまじまじと見つめる。魔法陣のあった場所で滞空していた蝶は、ゆっくりと弘人の方へ向かって飛んできた。
「うおっ!?」
目の前で静止したかと思うと、そのまま弘人の肩にふわりと止まる。
「これが、俺の精霊……か」
肩に止まられた状態ではじっくりと観察できないと思い、戸惑いながら手を伸ばす。すると蝶は自ら肩を離れ、差し出した弘人の人差し指にちょこんと止まった。
あまりにも自然で愛らしい動きに驚きつつ、指に止まった精霊を観察する。
それは単なる蝶ではなかった。
羽には青と緑色が混ざり合った幻想的な模様が描かれており、小さいながらも宝石のような輝きを放つ結晶が、二つの羽の中央にそれぞれ埋め込まれているように見える。
模様が神秘的であることに加え、触角や目の部分はリアルな昆虫のそれではなく、少しデフォルメされたアニメチックな造形になっており、非常に愛嬌があった。
なんとなく、空いている方の手の指先でそっと撫でてやると、蝶は気持ちよさそうに目を細めるような仕草を見せ、主人である弘人の指先に身を任せてくる。
「うん、可愛い!」
美少女や美女タイプの精霊が召喚されないかと、ほんの少しだけ下心を抱いていた自分が恥ずかしくなる。そして、そんな邪念を持っていたことに対して、目の前の無垢な精霊に申し訳ない気持ちになった。
そんなことを考えていると、目の前に半透明のウィンドウが表示された。
『精霊の名前を入力してください』
「名前……か」
改めて、指先に止まる蝶を見つめる。
(蝶……蝶か。蝶の種類なんてあまり知らないしな。モンシロチョウやアゲハ蝶くらいしか……ふむ)
期待するように羽をぱちぱちと動かす蝶を見ながら、弘人は少し悩みつつもウィンドウに名前を入力した。
『名前は「アゲハ」でよろしいですか? 以降、変更することはできません』
羽の模様が美しく、アゲハ蝶のようだと感じたことと、響きが可愛らしいという理由で『アゲハ』と入力してみたが、本当にこれで良いのか少し迷う。後からもっと良い案が浮かんだら変えたいところだが、変更不可と念を押されている。
「アゲハ……お前、それでいいか?」
そう口にして問いかけると、蝶は肯定するかのようにパタパタと羽を揺らした。
本当に肯定の意思表示なのかは分からないが、嫌ならもっと嫌がる素振りを見せるだろうと判断し、弘人はウィンドウの確定ボタンを押下した。
『精霊の名前が「アゲハ」に決定しました。本ゲームにおいて、召喚された召喚獣、精霊、従魔などには「好感度」が存在します。大切に扱うことを推奨します』
「好感度システムまであるのか……これからよろしくな、アゲハ」
名前が決まって嬉しいのか、クルクルと弘人の周囲を飛び回っていたアゲハは、再びゆっくりと肩に止まった。弘人はその羽を傷つけないよう、指先で優しく撫でる。
『精霊は召喚中、常に術者の魔力を消費し続けます。指定の精霊の名前と共に「送還」と口にするか、ウィンドウから送還を選択することで、精霊を帰還させることができます。再度召喚する場合は、呼びたい精霊の名前と共に「召喚」と告げるか、ウィンドウから選択してください』
「そうだった、常に魔力を消費するんだったな……大体、3秒に1MPか」
ステータス画面を確認してみると、じわじわとMPが減っているのが確認できた。弘人の最大MPは300で、現在のMPは232となっていた。召喚してから数分が経過しているためだろう。
計算上、何もしなくても十五分ほどでMPが尽きることになる。
アゲハが魔法を使用した場合、MPが減るのか、それとも変わらないのかで使い勝手が大きく変わってくる。
さらに言えば、魔力が自然回復するのかどうかも不明だ。
すぐに回復しない、あるいはアイテムを使用しないと回復しない仕様であれば、十五分という時間は決して長いとは言えない。
「検証が必要だけど、とりあえず……『アゲハを送還』」
ウィンドウからではなく、音声入力での送還を試してみる。すると、アゲハは淡い光の粒子となって虚空に溶けるように消えていった。
『精霊のステータスや使用魔法については、ウィンドウから確認してみてください』
システムメッセージに従い、弘人はウィンドウを操作してアゲハのステータスを開いた。
『名前:アゲハ
性別:なし
種族:精霊
属性:風
HP:50
使用魔法:
・癒しの鱗粉(リキャスト:10秒、短縮消費MP:10):回復小。一定時間、対象のHPを継続して微小回復する。
・軽風の装い(リキャスト:30秒、短縮不可):一回だけ対象への攻撃を確率(レベル差により変動)で回避する。
※アゲハのステータスは、召喚者のパラメーターに依存します。
※アゲハは召喚者のMPを消費せずに魔法を行使しますが、次回の発動までにリキャスト(待機時間)が発生します。
※リキャストを待たずに連続発動したい場合は、召喚者のMPを消費して発動することが可能です(消費MPは残りリキャスト時間に関わらず固定です)。』
「なるほど、弱くはない……のか?」
リキャストの待ち時間を召喚者のMPでカバーできるシステムは面白いが、MPの管理がかなり難しくなりそうだ。
MPを節約しようとリキャストを待っている間に、回復が間に合わずにやられてしまう……という事態も容易に想像できる。
それに『軽風の装い』は短縮不可とあるため、すべての魔法をMP消費で連発できるわけではないらしい。
(どちらにしても、実際の戦闘で試してみないと使い勝手は分からないな)
そう結論づけた直後、弘人の思考を読んだかのようにウィンドウの表示が切り替わった。
『それでは実際の戦闘を通して、戦い方を学んでいきましょう!』
そのメッセージと共に、祭壇の奥にあった重厚な石の扉が、ズズズ……と地響きを立てながらゆっくりと開き始めた。
「えっ、いきなり戦闘!?」
慌てて『アゲハを召喚!』と叫び、再びアゲハを呼び出す。
開かれた扉の奥は薄暗い通路になっており、そこから何かが這い出てくる気配がした。
現れたのは、全身が黒い靄で構成されたような、影のような人型の敵だった。顔のパーツはなく、ただ不気味な輪郭だけが揺らめいている。
『チュートリアル戦闘を開始します。敵を撃破してください』
無機質なシステム音声が響き、影の人型がゆっくりと弘人に近づいてくる。
「撃破って……何をすればいいんだ? お!」
薄い緑色のエフェクトが弘人を包み込む。
(これは、アゲハの『軽風の装い』か)
アゲハが自動的に使用してくれたのだろう。
だが――
「いや、だけどどうやって攻撃すれば!?」
アゲハに攻撃魔法はない。そして、弘人も攻撃魔法などなく、武器も所持していない。
「ちょ、これチュートリアルだよね!どうやって戦えばいいかくらい教えてよ!」
『武器も攻撃魔法もないので、殴るしかできません♡』
「な、殴る!? それに♡はなに? ルト、見てるの?」
色々とツッコミどころが多いが、とりあえず殴りという選択肢があることを教えてもらうことはできた。
ゆっくりと近づいてくる黒い人形は、こちらの攻撃を待つように止まっていた。
チュートリアルということで、待ってくれるようになっているのだろう。
ゲームとはいえ、直接殴ることに抵抗感はあるが、VRMMOをしていくなら避けては通れないだろう。
ヒーラーな点を考えれば殴ることは少ないだろうが、それでも武器で攻撃することはあるはずだ。
「えい!」
拳に衝撃は残るが痛みない。何かに当たったという感触が手に残る。
「…………え?」
そんなことよりも驚愕のログが画面に表示されていた。
「0って何?」
ダメージが0だった。
「これどうやって倒せって!?」
0ダメージに驚いていると、今度はチュートリアルの魔物が拳を弘人に振り抜いて攻撃した。
体にビビッと震えるような衝撃が走る。痛みはない。痛みはないのだが――
「20ダメって何!? あと1回で死ぬぞ……って!?」
驚いていると更に魔物は追撃の攻撃を仕掛けてくる。
思わず目を瞑ると、シャンという鈴の鳴るような音が鳴り響く。
「これは……『軽風の装い』か」
ログに『軽風の装い』が攻撃を防いだという表示されていた。確認と同時に、弘人を淡い光が包み込む。
アゲハが自動的に発動した『癒しの鱗粉』だ。
回復量はHP10。
「足りなくね?」
その言葉と共に視界が真っ黒に染まるのだった。
(死んだ……のか?)
ゲームオーバーの文字を覚悟した弘人だったが、次の瞬間、パッと視界が明るくなり、気がつけば先ほどと同じ祭壇の中央に無傷で立っていた。
肩にはアゲハが心配そうに止まっている。
「……生き返った?」
呆然とする弘人の目の前に、再びウィンドウが表示された。
『チュートリアル戦闘終了。お疲れ様でした』
『ヒロト様の選んだ回復職は、基本的に魔物よりもレベルが大幅に上回っていないとダメージを与えることは難しく、受けるダメージも大きくなります。ソロによる戦闘が非常に難しいものとなります』
『だからこそ、この世界を生き抜くには、あなたの背中を預け、共に戦ってくれる存在が大切になります。アナザーワールド・ロストでは他のプレイヤーとの協力もできますが、ゲーム側が用意したパートナーと契約して一緒に戦うこともできます。テストプレイ期間では是非パートナーと一緒にゲームを楽しんでください』
「なるほど……ね」
回復職にとっては、負けイベントなのだろう。
もしかしたら、戦闘職にとってもソロでは難しいと思わせるために、勝てないようにしている可能性もあるだろう。
理不尽なボコられ方に少し腹は立ったが、ルトが言っていた『パートナー』という存在の必要性は、身をもって理解できた。
「俺には、前衛で戦ってくれる誰かが必要ってことだな」
『その通りです。それでは、先ほど開いた扉の通路を進んでください。魔物は出現しません』
ゲームシステムのメッセージか、ルトが介入しているのか判断がつかないメッセージを確認し、指示通りに進むのであった。




