第3話:ステータス
一瞬、視界が真っ暗になったかと思うと、すぐに新たな光景が広がった。
「ここは……?」
先ほどまでマイルームと呼ばれる場所にいたはずなのだが――
周囲を見回すと、弘人は幾何学模様が描かれた魔法陣の中央に立っていた。
魔法陣はすでに光を失い、ひび割れた石造りの祭壇の上に刻まれている。
部屋全体はかなり広く、ドーム状の天井を見上げると、所々が崩落して外の薄暗い光が差し込んでいた。周囲の壁には判読不能な象形文字のようなものがびっしりと刻み込まれているが、その多くは長い年月を経て風化し、削れ落ちている。
「遺跡……か?」
弘人は祭壇からゆっくりと足を踏み出した。
(それにしても、マジで現実みたいだな。グラフィックどうなっているんだ?)
弘人はVRMMOをプレイしたことはないが、動画サイトなどでプレイ映像を見たことはある。通常の探索フィールドでは処理を軽くするために解像度が落とされたり、建物のテクスチャがコピペの連続だったりするのが普通だ。
だが、この『アナザーワールド・ロスト』は違った。
崩落した祭壇の床や壁の断面は、不自然なポリゴンの塊ではなく、自然な風化や破壊の痕跡をリアルに再現している。
弘人はしゃがみ込み、足元に転がっていた小石サイズの瓦礫を拾い上げた。指先に伝わるザラザラとした石の感触、そして微かな冷たさ。
「ちゃんと、触感もあるのか。脳に直接信号を送っているってことだよな。マジで本物を触っているみたいだ」
指先で少し力を込めて瓦礫を握りつぶそうとすると、ポロリと崩れて床に落ち、小さく乾いた音を立てて割れた。
「……しっかりと壊れる上に、新しいオブジェクトとして物理演算されてるのか。どんな技術だよ……」
これほどのクオリティを持つゲームが、無名の会社から無料で送られてくるなどあり得るのだろうか。
そんな疑問を抱きながら辺りを調査していると、不意に目の前に半透明のウィンドウがポップアップした。
『チュートリアルミッション:【魂縛の神殿】攻略を開始します』
『チュートリアルを始める前に、初期設定を開始します。まずは、プレイヤーネームを設定してください』
(名前か……そういえば、決めていなかったな)
アバターの容姿は現実の弘人そのままが使用されている。ルトも当たり前のように「弘人」と呼んでいたため気にしていなかったが、普通のMMOなら名前も容姿も自由に変更できて当然だ。
もし今後、他のプレイヤーとの交流が実装された場合、本名と現実の顔のままでプレイするのはリスクが高すぎる。
せめて名前くらいは変更しよう。そう思い、弘人はウィンドウに目を向けた。
そこにはすでに『ヒロト』と、なぜかカタカナで入力されていた。
「とりあえず、これを消して……」
弘人は空中に浮かぶキーボードのクリアボタンを押下した。
「……ん?」
文字が消えない。クリアボタンを何度タップしても、全く反応しないのだ。
「え、バグ?」
他の文字キーを押してみても、入力欄には一切の変化がない。
(クローズドβテストとはいえ、こんな当たり前のインターフェースで進行不能バグが起こるのか?)
圧倒的な映像クオリティに感動していた直後だっただけに、弘人は少しガッカリした。どうするべきか悩みながら、試しに右下にある『完了』ボタンを押してみる。
『「ヒロト」の名前で登録します。今後変更できませんが、よろしいですか?』
「完了は反応するのかよ!? いや、もしかしたら戻れば……!」
慌てて『戻る』ボタンを押すが――やはり反応しない。
「………………………………」
無言のまま、弘人は『OK』ボタンを押下した。
「次はアバターの作成……か」
嫌な予感がした。
アバターを作りたいと言った時のルトの妙な間に、目が笑っていない営業スマイルだったようなルトの表情が、弘人の脳裏を浮かぶ。
「反応しないし!」
嫌な予感通り、いくらアバターを1から作成するためのボタンを押下しても反応はしなかった。
「……」
淡々とウィンドウのボタンを押すことにする。
目の色や髪の色といった身体パーツを変更するためのウィンドウも表示されたが、やはり変更のための入力は一切受け付けず、『完了』と『OK』以外のボタンはただの飾りのようだった。
機能をまだ実装していないのか、それとも初めから変更させる気がないのか。
『ありのままの、あなたが一番素敵です!』
最後に表示されたシステムメッセージに、弘人は深い溜息をついた。
*
『それでは、ヒロト様のステータスを表示します。初期ステータスは、ランダムで決定されています』
ウィンドウが切り替わり、弘人の能力値が表示された。
『名前:ヒロト
性別:男性
種族:人間
職業:なし
属性:無
HP:30
MP:300
STR:2
VIT:2
DEX:12
INT:5
MND:30
※
STR:物理攻撃力、重量武器・防具類の装備判定
VIT:物理防御力
DEX:クリティカル率、生産成功率、遠距離武器の命中率
INT:魔法攻撃力、弱体魔法
MND:魔法回復力、支援魔法』
「なんだか、妙にステータスに偏りがあるような……?」
数値はランダムらしいが、それにしても差が激しい。明らかにMPとMNDが突出しており、次点でDEXとなっている。問題なのは、STRやVITが絶望的に低いことだ。INTもSTRやVITほどではないが、MNDと比べたら圧倒的に低い。
「ランダムと言いつつ、指向性がある……のかな? まあ、MPだけが突出していてMNDやINTが低すぎても困るだろうし……それにしても、自由度低すぎないか?」
やり直し不可のランダムステータスなど、正式サービスなら普通に炎上しそうな仕様だ。
そんなことを思っていると、ウィンドウの下部に追記が表示された。
『クローズドβテストとなりますので、今回はこちらのステータスでお願いします♡ 皆さんが同じようなステータスや職業を選択されると、テストにならないので』
「……まあ、仕方ないか」
言いたいことは分かる。無料でプレイさせてもらっているのだし、つまらなければやめればいいだけだ。
『それでは職業の選択に移ります。自身のステータスに合わせた職業を選択してください』
『職業のカテゴリーを選択してください
・タンク
・近接アタッカー
・遠距離アタッカー
・魔法アタッカー
・ヒーラー』
ステータス的に、STR2、VIT2の弘人が前衛職(タンクや近接アタッカー)を選べば即死は免れない。
INTも5しかないため魔法アタッカーも厳しい。
消去法で、弘人は迷わず『ヒーラー』を選択した。
『職業を選択してください
・⚪︎の癒し手(⚪︎には属性が入ります)
・治癒技師
・吟遊詩人
・精霊の盟約者』
「4つか。とりあえず……」
MMOの知識が乏しい弘人には、職業の数が多いのか少ないのか判断がつかないが、上から順に確認していくことにした。
『【⚪︎の癒し手】
回復と属性サポートに特化したスペシャリスト。回復量と属性サポートは、選択した属性によって変化します。
例:光や水なら回復量にボーナス、火なら攻撃力アップ、土なら防御力アップなど。
※属性を所有していない場合は選択できません』
「……」
最後の一文を見て、弘人は改めて自分のステータスを確認した。
『属性:無』
「次!」
そもそも選択権のない職業を表示させるな、という苛立ちが湧く。無属性というのは、魔法の適性がないということなのだろうか。初っ端からハンデを背負わされている気分だ。
気を取り直して、『治癒技師』を選択する。
『【治癒技師】
魔力の消費を抑えた回復魔法と支援を行う、倹約家の回復職。
単体の回復に特化しており、回復時に直前の攻撃に対する耐性を上昇させることができる。
魔力量が低いが、MNDが高い人向き』
「魔力はそこそこあると思うんだよな……保留だな」
弘人のMPは300。HPが30しかないことを考えれば、決して少なくはないはずだ。耐性を上げられるのは魅力的だが、単体回復に特化している点が懸念だった。
続いて『吟遊詩人』。
『【吟遊詩人】
歌や演奏によってHPとMPの回復、支援を行うサポーター職。
即時回復はできないが、継続的な回復やステータス向上が可能。
※実際に楽器で曲を奏でる必要があります。演奏の出来次第で効果が変わります』
「楽器なんて弾けないのだが……」
ゲームなのだから自動演奏にしてくれてもいいだろうに。MP回復という魅力的なワードがあっただけに惜しいが、リアルスキルを要求される仕様では手が出せない。
残るは最後の一つ、『精霊の盟約者』だ。
『【精霊の盟約者】
召喚した精霊に回復と支援を任せる回復職。
精霊はオートで行動するが、指示も可能。
召喚および維持に魔力を消費するため、魔力量が多い人向け(初期ステータスで最低でもMP100以上推奨)。
精霊の造形・属性はランダムになります』
「MP100以上推奨……僕のMPは300だから条件はクリアしてるな。これか治癒技師の二択だけど、精霊の盟約者を選ばない理由がないか」
HP30、VIT2という紙耐久の弘人が敵の攻撃を受ければ、回復する間もなく死ぬだろう。
精霊がターゲット(ヘイト)を引き受けてくれるなら、生存率は格段に上がる。ソロプレイを強いられる現状では、これ一択と言ってよかった。
『【精霊の盟約者】を選択しますか?』
弘人は迷わず『はい』を押下した。
『職業【精霊の盟約者】を取得しました』
そのシステムメッセージが表示された直後だった。
『それでは、精霊のランダム召喚を実行します』
ウィンドウの文字と共に、弘人のすぐ真横の空間に、直径一メートルほどの魔法陣が浮かび上がった。
淡い青い光を纏いながら、魔法陣が高速で回転を始める。




