ラスト・コミット(Last Commit
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石室の重厚な扉が、外側から激しく軋み始めた。
正成の「消去(Delete)」プログラムが放つ冷徹な青い光が、扉の隙間から幾何学的なレーザーのように漏れ出し、サーバーラックの石材を次々とデジタルノイズへ変換していく。床が、壁が、端から順に削り取られていく。
「栞、コンソールがもたねえ……! タイムアウトが来るぞ!」
拓海が叫ぶ。彼の視界では、栞の背後に浮かぶ「黄金の花びら」が、まるでカウントダウンのように激しく明滅していた。
「わかってる……! でも、焦ったらコードが狂う!」
栞の指先は、まだ微かに震えていた。しかし、耳の奥で鳴り響く世界の崩壊音の中に、三枝が遺した黄金のパッチが奏でる「正しい和音」だけははっきりと聴こえていた。
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コンソールの画面に、二つのキー入力欄が赤く点滅する。
「拓海、ここに右手を置いて!」
栞の指示と同時に、拓海は迷わずコンソールの右側に手のひらを押し当てた。彼の嗅覚が、その場所から微かに香る、三枝の淹れた古い珈琲の匂いを嗅ぎ分けたからだ。そこがバグのない「本物のコア」だと確信できた。
左側には、栞が両手を添える。
二人の五感が、三枝の遺したシステムを介して一本のラインに繋がった。
正成は完璧な秩序を求めた。けれど、彼らが求めるのは、あの分倍河原の路地裏の匂いや、不協和音に満ちた、けれど愛おしい、いつもの雑多な府中の日常だ。
「正成のパッチを上書き(オーバーライド)する……。うちらの日常を、舐めるな!」
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二人が同時に承認を叩き込んだ。
瞬間、古墳の底から、地響きを遥かに超えた「音」が鳴り響いた。それは、狂った電子音ではない。何千、何万という人々の話し声や、車のエンジン音、風の音が一気に調和した、圧倒的な日常のシンフォニーだった。
コンソールから溢れ出た黄金の光の波動が、石室の扉を突き破り、武蔵野の空へと噴い上がる。
青い消去の波と、黄金の復元パッチが激突し、光の粒子が火花散るように弾けた。
正成のホログラムが、その光に呑まれながら歪んでいく。
「不完全な世界を……なぜ選ぶ……」
その声を置き去りにするように、黄金の波動は府中から、関東一円、そして世界最大のサーバー群が眠る大阪の大仙陵古墳へと、一瞬でブロードキャスト(一斉送信)されていった。
・・・
激しい光が収まった時、石室の中には、ただ静かな暗闇と、古い石の匂いだけが残されていた。
サーバーラックの幾何学的な光はすべて消え、ただの古代の遺跡へと戻っている。
「……終わった、んかな」
栞が小さく息を吐き、その場にへたり込もうとした瞬間、拓海がその肩を支えた。
拓海が目を見開く。
彼の視界には、もう「黒いノイズ」はどこにもない。代わりに、石室の暗闇の中に、いつもの、数え切れないほどの淡いピンク色の「花びら」が、穏やかに、優しく舞い踊っていた。
「ああ。……全部元通りだ。綺麗にパッチが当たったよ」
二人は、三枝堂の地下へと戻る階段を見上げた。
地上からは、パトカーのサイレンの音や、遠くの駅の喧騒――あの、どこまでも不完全で、騒がしくて、愛おしい現実の音が、確かに聴こえ始めていた。




