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決戦のソースコード、あるいは三枝の「隠しファイル」

・・・

熊野神社古墳の最深部。石室を満たした黄金の光は、栞と拓海の体を静かに透過していった。

 栞が自分の手を見つめると、先ほどまでデジタルノイズに侵食され、透けかかっていた指先が、確かな質量を取り戻している。


「……バグの修正リペア、完了したみたいやね」


彼女の声は、狂った世界の不協和音に掻き消されることなく、真っ直ぐに石壁を震わせた。

 隣に立つ拓海の視界には、黄金の花びらが絶え間なく舞っている。世界がどれほど歪もうとも、今の彼には「次に進むべき正しいルート」が、光の粒子となってはっきりと見えていた。二人の狂わされていた五感は、三枝の遺したプログラムによって完全に再同期シンクロされていた。


・・・

石室の中央、古代の文字が刻まれたコンソールの前に、一つの人影が揺らめいた。それは、現実世界の通信網をジャックした正成のホログラムだった。


「無駄な抵抗だ。この世界のシステムは、非効率なノイズと無駄な感情というバグで溢れている。私はそれを一度リセットし、完璧な秩序を再インストールするだけだ」


冷徹な声が響く。しかし、拓海は鼻で笑った。

「完璧だか何だか知らねえが、人間をデータみたいに消去していくのがお前の『秩序』かよ。俺たちの日常は、お前の言う無駄やバグの中にしかないんだ」


栞もまた、コンソールへ一歩踏み出しながら告げる。

「そうや。不完全で、ごちゃごちゃしてて、計算通りにいかへんから、うちらは生きてる。それを全部消し去るっていうなら……その仕様、うちが根底からひっくり返したるわ」


・・・

正成の影が歪み、消え去ると同時に、コンソールの画面に三枝の筆跡で描かれた古いログファイルが展開された。

 そこに記されていたのは、この古墳サーバーの本当の役割だった。


『このサーバーは、世界の強制リベースを停止させるための「巨大なリターンキー」だ。ただし、起動には二つの異なる承認アクセスキーを同時に揃えなければならない』


画面には、二つのキー入力欄インプットボックスが明滅している。

 一つは、世界の不協和音を聴き分ける栞のコード。

 もう一つは、無数の選択肢から正解を嗅ぎ分ける拓海のコード。

 三枝は、最初から二人でなければこのバグを修正できないように、システムを設計していたのだ。


・・・

古墳の外からは、正成のシステムが放つ、すべてを青く塗りつぶす「消去(Delete)」の波が石室の扉を叩く音が聞こえ始める。残された時間は僅かだった。


栞はコンソールに手をかざし、隣の拓海を振り返った。

「拓海、準備はええな? 二人同時に、これをコミットするで」


「ああ、いつでもいける。……俺たちの日常を、取り戻そう」


二人は視線を交わし、重なるようにして、世界を元に戻す最後の一行ラストラインを打ち込むためのキーへと手を伸ばした。

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