決戦のソースコード、あるいは三枝の「隠しファイル」
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熊野神社古墳の最深部。石室を満たした黄金の光は、栞と拓海の体を静かに透過していった。
栞が自分の手を見つめると、先ほどまでデジタルノイズに侵食され、透けかかっていた指先が、確かな質量を取り戻している。
「……バグの修正、完了したみたいやね」
彼女の声は、狂った世界の不協和音に掻き消されることなく、真っ直ぐに石壁を震わせた。
隣に立つ拓海の視界には、黄金の花びらが絶え間なく舞っている。世界がどれほど歪もうとも、今の彼には「次に進むべき正しいルート」が、光の粒子となってはっきりと見えていた。二人の狂わされていた五感は、三枝の遺したプログラムによって完全に再同期されていた。
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石室の中央、古代の文字が刻まれたコンソールの前に、一つの人影が揺らめいた。それは、現実世界の通信網をジャックした正成のホログラムだった。
「無駄な抵抗だ。この世界のシステムは、非効率なノイズと無駄な感情というバグで溢れている。私はそれを一度リセットし、完璧な秩序を再インストールするだけだ」
冷徹な声が響く。しかし、拓海は鼻で笑った。
「完璧だか何だか知らねえが、人間をデータみたいに消去していくのがお前の『秩序』かよ。俺たちの日常は、お前の言う無駄やバグの中にしかないんだ」
栞もまた、コンソールへ一歩踏み出しながら告げる。
「そうや。不完全で、ごちゃごちゃしてて、計算通りにいかへんから、うちらは生きてる。それを全部消し去るっていうなら……その仕様、うちが根底からひっくり返したるわ」
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正成の影が歪み、消え去ると同時に、コンソールの画面に三枝の筆跡で描かれた古いログファイルが展開された。
そこに記されていたのは、この古墳サーバーの本当の役割だった。
『このサーバーは、世界の強制リベースを停止させるための「巨大なリターンキー」だ。ただし、起動には二つの異なる承認を同時に揃えなければならない』
画面には、二つのキー入力欄が明滅している。
一つは、世界の不協和音を聴き分ける栞のコード。
もう一つは、無数の選択肢から正解を嗅ぎ分ける拓海のコード。
三枝は、最初から二人でなければこのバグを修正できないように、システムを設計していたのだ。
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古墳の外からは、正成のシステムが放つ、すべてを青く塗りつぶす「消去(Delete)」の波が石室の扉を叩く音が聞こえ始める。残された時間は僅かだった。
栞はコンソールに手をかざし、隣の拓海を振り返った。
「拓海、準備はええな? 二人同時に、これをコミットするで」
「ああ、いつでもいける。……俺たちの日常を、取り戻そう」
二人は視線を交わし、重なるようにして、世界を元に戻す最後の一行を打ち込むためのキーへと手を伸ばした。




