ジャックポットの副作用
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府中駅前、ル・シーニュの広場。
買い物帰りの喧騒の中、拓海がポケットから出した補助券で、何気なくガラガラを回した。
「カランカラン! おめでとうございます! 特等、箱根・高級老舗旅館『翠明閣』一泊二日ペア招待券です!」
鐘の音と共に、商店街の人々の拍手が湧き上がる。
だが、私と拓海の間に流れたのは、祝福とは程遠い、凍り付いた沈黙だった。
「……ペアって、誰と誰が行く想定なんやろな。……知らんけど」
「そ、そうだな。俺も別にそんなつもりじゃ……」
栞は即座に脳内のデバッグを開始する。今の二人に「泊まり」というイベントは、あまりに仕様外だ。
だがその瞬間、栞の「聴覚」に、背筋を這い上がるような不快な不協和音が鳴り響いた。拓海が「運のパケット」を一瞬で使い果たしたことで、因果律の揺り戻し――「不運のバースト」が始まったのだ。
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「とにかく今日は解散! その券はあんたが適当に……」
そう言って京王線の改札へ向かうが、不運のスタックは既に暴走していた。
事象1: 掲示板に赤文字が躍る。「信号トラブルにより全線運転見合わせ」。
事象2: 「じゃあ、バスや!」とバス乗り場へ向かうが、調布行きのバスは目の前で定員オーバーとなり、ドアが閉まる。
事象3: 途方に暮れる二人の目の前に、一台のシャトルバスが停まる。そこには大きく『よみうりランド行』の文字。さらに足元に、誰かが落とした「アトラクション優先パス」が風に吹かれて飛んできた。
「……なんでや! 逃げようとしてるのに、なんで遊園地が追いかけてくるんや!」
高級旅館という「重すぎる当たり」を拒絶した結果、世界が「日帰りデート」という代替案を強引に提示してきたのだ。二人は抗う術もなく、吸い寄せられるように京王よみうりランド駅行きのルートへと流されていく。
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気が付けば、二人は遊園地へと続くゴンドラ「スカイシャトル」の中にいた。
眼下に広がる多摩の景色。けれど、わずか数平方メートルの密室の中で、二人の意識は互いの距離感に集中していた。
「……狭いわ、あんた。もっと向こう寄ってや」
「これ以上寄ったら、俺が窓から落ちるだろ。……っていうか、なんでこうなるんだよ」
拓海が申し訳なさそうに、不運の元凶である宿泊券をポケットにねじ込む。
その拍子に、二人の肩が触れた。
栞の「聴覚」には、拓海の心臓がこれまでのどの戦闘時よりも激しく、かつ一定の「甘美なリズム」を刻んでいるのが聞こえてしまう。
「……悪い。俺が運を貯めすぎたせいで、逆に『絶対に当たってしまう呪い』にかかってるみたいだ」
「……ほんま、あんたの能力は『ろくでなし』やな」
急な夕立がゴンドラの窓を叩く。雨宿りのために、アトラクションを諦めて売店の軒先へ駆け込む二人。
一つのタオルを分け合い、少し濡れたチュロスを「半分こ」するその情景は、客観的に見れば、どこからどう見ても、ただの「初々しいカップル」のそれだった。
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雨が上がり、イルミネーションが点灯し始めた園内。
出口へ向かう足取りは、来た時よりも心なしか遅い。
「……わかった。今日のこれは、不運の連鎖による『強制終了』やから、ノーカウント。でも、半年後……」
「……半年後、か」
「半年後までに、あんたの不運が完全にデバッグされて、ちゃんとまともな『運』が貯まってたら……その、箱根の件、考えてあげてもええよ。……知らんけど!」
栞は顔を真っ赤にして、拓海のポケットから宿泊券をひったくるように奪い取ると、足早に改札へと駆け出した。
その背中を見送る拓海には聞こえないが、栞の耳には、半年後の箱根へと続く「極めて純度の高い和音」が、かすかに、けれど確かな予兆として響き始めていた。




