迷宮と本物③
不穏な迷宮の中で、ラビの笑顔だけが異様に浮いて見えた。
(……え?これ、普通に何も起きない感じなんじゃ…?)
ラビ
「なんか久しぶりだから照れちゃうな……」
レヴィン
「お……おお……?」
ゴンッ
レヴィン
「いって!?」
月霞の意思で、容赦なくレヴィンの頭を叩いた。
心なしか、嫉妬しているようにも見えた。
女心に疎いレヴィンは、それを知る由もなかった。
胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなる。
張りつめていた空気が、ふっと緩んだ気がした。
——その“油断”こそが、一番危険だとも知らずに。
次の瞬間、背中に鋭い痛みが走った……!
レヴィン
「——っ!!!」
息が詰まり、思わず前につんのめる。
ラビ
「ドキドキしちゃう……ますます、レヴィンの苦しむ顔が見たくなっちゃう……♡」
ラビ
「だってぇ……大好きなんだもん」
ぞくり、と背筋が凍る。
レヴィン
「いってええええ!!!」
思わず背中に手をやる。
指先に、べっとりとした感触。
手が赤い血で染まる。
レヴィン
「うわあああああ!?
カスミ!! 俺の背中どうなってんだ!?」
月霞――カスミは影となって現れ、あたふたと揺れる。
その時だった。
そこには、先ほどまで微動だにしなかったあの鎧が、ぎこちない音を立てて動いていた。
ガシャン……ガシャン……
中身のないはずの兜の奥から、闇が覗く。
「……大した傷ではない」
低く、感情のない声。
レヴィン
「……っ」
鎧が、口を開いた。
兜の奥から顔が覗く。
それは――
手配書で何度も見た顔。
王国を滅ぼした男。
仲間も、王も、国も斬り捨てた――
大罪を犯した、本物の暗黒騎士。
いかにも取り繕ったような名を名乗る暗黒騎士――ゼロ。
ラビ
「いいでしょお……?私が買ったのお♡」
そう言って、ゼロに甘えるように抱きつくラビ。
レヴィン
「……買った……?」
言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
ラビ
「そうよお?
生きてる兵器って意外と高いのよお……?
でもね、奮発しちゃった♡」
レヴィン
「……人を……“物”みたいに言うなよ……!」
ラビはきょとんとした顔で首を傾げる。
ラビ
「ええ?だってこの人、自分の意思で生きてないもの。
命令されたら斬る、止めろって言われたら止まる。
ほら、ほとんど魔道具でしょ?」
その腕の中で、ゼロは微動だにしない。
レヴィン
「……お前……」
ゼロ
「……事実だ」
低く、感情のない声。
ゼロ
「俺は“買われた”。
それ以上でも、それ以下でもない」
その言葉に、レヴィンは言葉を失う。
ラビ
「ね?
ちゃんと理解してるでしょお?
だから扱いやすいの♡」
ラビ
「でもね? 暗黒騎士ゼロを買ったのは、レヴィンのためでもあるんだよ♡」
レヴィン
「は……俺??」
ラビ
「だってえ……
レヴィン、暗黒騎士って呼ばれちゃってるんでしょう……?
ラビのせいで……♡」
レヴィン
「……っ」
その言葉に、胸の奥がずくりと痛む。
ラビ
「だからあ……
本物の暗黒騎士と戦わせてあげよっかなあって思ったのお……♡」
楽しそうに、無邪気に。
まるでご褒美を用意したみたいな声色で。
レヴィン
「……ふざけんな……」
低く、唸るように言葉が漏れる。
ラビ
「レヴィンはあ……
尊敬してたリュウくんを、自分の手で殺して……」
一歩、近づく。
ラビ
「それで“英雄”になって……
でも、ラビの迷宮で……
多くの命を救えなかったからあ……」
くすり、と笑う。
ラビ
「英雄は、あっという間に
暗黒騎士になっちゃったんだよねえ……」
紫の唇が、優しく歪む。
ラビ
「かわいそ……♡
ほんと、かわいそう……レヴィン」
レヴィン
「……っ!!!」
喉が詰まる。
言葉が出てこない。
ラビ
「レヴィン?
……ごめんねえ。傷ついちゃった……?」
わざとらしく、首を傾げる。
ラビ
「でもお……
真実でしょ?」
レヴィン
「……っ!!」
その一言が――
どんな剣で斬られるよりも、
深く、胸を抉った。
ゼロ
「……本物の暗黒騎士になれ」
低く、感情の抜け落ちた声。
ゼロ
「そうすれば……
何もかもが、楽になる」
その言葉は、
剣よりも重く、胸の奥に沈んだ。
ラビ
「そうそう♡」
弾むような声で、楽しげに。
ラビ
「そうしたらあ……
ラビが、ずーっとレヴィンを飼ってあげる♡」
無邪気な笑顔。
慈愛の言葉。
――逃げ道を塞ぐ、甘い檻。
レヴィン
「……っるせえ……
お前らに、何がわかるんだよ……」
吐き捨てるように言った、その直後。
暗黒騎士
「……私も、元は聖騎士だった」
レヴィン
「……!!!!」
その一言で、
言葉を――完全に失った。
ラビ
「ああ……そうなのお……♡」
楽しそうに、でもどこか陶酔した声で。
ラビ
「ゼロはねえ……
とっても、可哀想なの」
そっと、ゼロの鎧に頬を寄せる。
ラビ
「ラビ、そういう人に弱いの……♡
だってえ……」
ラビはくるりと振り返り、レヴィンを見る。
ラビ
「王様がね……ゼロを裏切ったんだからあ……」
くすり、と笑う。
ラビ
「もうね……
詳しいこと、言えないくらい……
可哀想なのよお……」
ラビ
「レヴィンよりもね……
ずっと、ずうーーーっと可哀想なのよ……」
甘く、ねっとりとした声。
ラビ
「だからあ……
ラビが“買って”……外に出してあげたのお……♡」
レヴィン
「お前は、それで満足なのかよ……」
ゼロ
「私はもう、何も考えたくない……」
ラビ
「大丈夫よお……
何も考えなくて……♡」
レヴィン
「なら……戦ってやるよ……!!」
ゼロ
「望むところだ」
ラビ
「きゃー……さすがレヴィン♡」
ラビは手をひらひらと振りながら、にこにこと目を輝かせる。
その背後で、迷宮がじわりと形を変え始めていた……




