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迷宮と本物①

ーー玉座の前に、聖騎士たちが整列する。

王が姿を現すこの瞬間だけ、広間は水を打ったように静まり返っていた。


やがて重い扉の向こうから王が現れ、玉座の前に立つ。


「顔を上げろ!!」


団長の号令と同時に、聖騎士たちは一斉に顔を上げ、背筋を伸ばし、足を揃える。


「……うむ」


王は満足げに一言だけ漏らすと、ゆっくりと玉座へ腰を下ろした。

それに合わせて聖騎士たちは片膝をつき、王を仰ぎ見る。


「今日は依頼が多く来ている。若手にもいくつか任務を振ろうと思う」


その言葉に、若手の騎士たちは顔を見合わせ、期待に胸を躍らせた。


王が淡々と采配を進めていく。

任務、任務、そしてまた任務。


そして当然のように、最後にぽつりと残されたのはレヴィンだった。


「……え? 俺はないんですか??」


思わず声が漏れる。


王はわざとらしく息を吐いた。


「お前は若手だが……今はまだ出さん」


その言葉に、レヴィンは一瞬意味を飲み込めず、ポカーンっとその場に固まる。


――要するに、レベルが違うと言いたいのだ。

だが当の本人は自己肯定感が低いため、その意味をまったく理解していなかった。


王は小さく笑いながら言う。


「よいよい……レヴィンの空気の読めなさには、もはや慣れたわい」


レヴィン

「なんですかそれ! 空気くらい読めますよ……たまには!」


アーサーが腕を組み、低くうなずく。


アーサー

「うむ。レヴィンは“たまに”空気を読むのう」


団長

「……全く、その通りだ」


軽い沈黙。


やがて王は表情を改める。


「ふむ……ではタイオン、ノア、そしてレヴィン。三名にはこの依頼に同行してもらう」


そう言って、王は一枚の依頼書を静かに差し出した。



レヴィンがそれを受け取ろうとした、その瞬間。

広間の空気がわずかに変わる。



レヴィンの背に収まっていた剣「月霞」が、突如としてその姿を歪めた。


ぶわり、と影が膨れ上がり、レヴィンの前に黒い気配が立ち上る。


「……な、なんじゃこれは!?」


突然の異変に、さすがの王も目を見開く。


レヴィン

「わっ!? す、すいません!! こら!ダメだろ!!」


慌てて叱ると、黒い影は不満げに揺れながらも、しおしおと剣へと収束していった。


「……なんじゃ、その剣は。いや、びっくりしたわい」


そう言って、王はあっさりと笑う。


その場にいた若手たちは顔を見合わせる。


(……この人も大概、肝が据わってるな)


と、誰ともなく思った。



王は咳払いひとつして続ける。


「ではレヴィンは……基本、何もするな」


「二人に“何かあった時だけ”動け。それ以外は余計なことをするな、よいな」


レヴィン

「楽っすねー!!」


「そういう意味ではないわい!!」


タイオンは軽く苦笑しながら言う。


タイオン

「はは……レンが一緒なら心強いよ」


ノアはじとっとした視線で月霞を見る。


ノア

「……その剣も一緒なのか?」



アーサーが豪快に笑う。


アーサー

「うむ!! レヴィンはハンター時代もな、やたらと危険ランクS級の異能者を引き当てては死にかけておった!!」


アーサー

「そのたびに上層部が総出で対応してのう!! いやあ、面白かったわい!!」


タイオン・ノア

「えええーーー!?」


レヴィン

「そんなことないですよおー」


あはは、と軽く笑うレヴィン。


その笑いを見ながら、経験豊富な聖騎士たちは理解していた。


何かが起きる。

それも、“いつも通り”の形ではない何かが。


ーー依頼書を手に、三人は目的地へと向かう。


王国からはさほど遠くなく、徒歩でも行ける距離だった。


タイオン

「三十分もあれば着くし……万が一何かあっても、すぐ援軍が来るはずさ」


ノア

「うえええー……大丈夫かなあ」


レヴィン

「もうさ、何か起きる前提で話してね?」



ーーやがて三人は目的地へと辿り着く。


そこには、ぽつんと一軒――洋館が建っていた。


あまりに“普通すぎる”外観。


だが、その静けさだけが妙に際立っている。



タイオン

「ここに誰かが住み着いていないか、確認するだけ……らしいよ」


ノア

「なら、すぐ終わるな……」


レヴィン

「結構広そうだなー」



庭は荒れ、長い間手入れされていない様子だった。

風が吹くたび、枯れ草が擦れ合う音だけがやけに耳に残る。


タイオンとノアは顔を見合わせ、小さく頷くと扉へ手をかけた。


レヴィンは「何もするな」と言われているため、後頭部で腕を組みながら、その後に続く。



古い扉を押し開ける。


ぎい……と、軋む音が、屋敷の奥へと吸い込まれていった。



最初に目に入ったのは、鎧に兜、剣を携えた人形。


まるで今にも動き出しそうな、不自然な存在感。


その奥には、大きな螺旋階段が天井へと伸びている。


かつては相当な富を誇った屋敷なのだろう。


だが今は――静まり返っていた。



レヴィンは鎧をじっと見つめ、顎に手を当てる。


わずかに首を傾げた。



タイオン

「じゃあ……俺たち、奥を調べてくる。ここで待ってて」


レヴィン

「おう」



二人の足音が、ゆっくりと遠ざかっていく。


静寂。



……その場に残されたのは、レヴィンと、動かないはずの“それ”だけだった。


レヴィンはまだ、鎧を――じいっと見つめていた。


まるで、何かを確かめるように。



一方その頃。


タイオンとノアは二階、三階と階段を上り、

一部屋ずつ慎重に確認していく。


やがて最後に、屋上へと出た。



タイオン

「……よし。何もいないな」


ノア

「はあ……朝で良かった……これ、夜だったら無理だわ」


二人が、張り詰めていた息を吐き切った――その時。


ガチャッ。


屋上の出入口の鍵が閉まる音がした。



タイオン

「え……?」


ノア

「レヴィンの、いたずらだろ……」



そう言いかけて、言葉が止まる。



そこに――“立っていた”。



いつの間に現れたのか、気配すらない。


胸元の大きく開いたドレス。

強調された谷間。

長く流れる髪。


そして――紫のリップを引いた唇が、ゆっくりと弧を描く。



明らかに、異質。


この屋敷の空気と、噛み合っていない。



タイオンとノアは、言葉を失った。


警戒すべきだと、分かっている。

目を逸らすべきだと、理解している。



視線が、離れない。



胸の奥がざわつく。

嫌な予感と、説明のつかない引力が、同時に絡みつく。



目の前の女は、明らかに“異常”だ。


それでも。


美しい、と感じてしまった。



女の唇が、ゆっくりと弧を描く。


妖艶に。

まるで、すべてを見透かしているかのように。


二人は動けない。


ただ、見つめることしかできない。


――抗えない。


女は、気づけば二人の目の前にまで歩み寄っていた。


危険で甘い香りが、わずかに漂う……。

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