研ぎ師との縁 ②
レヴィン「おおー!!」
ディオンが研いでくれた呪われし剣は、見違えるほどピカピカになっていた。
ディオン「こりゃ相当古い剣だなぁ……なんて剣だったか。かなり貴重な代物だった気がするぞ」
レヴィン「呪われてたし、“ノロ子”でいいかな!」
ディオン「適当すぎんだろ! ノロ子ってなんだ、それ!」
その瞬間、ブワッと黒い邪気が再び剣から立ち上り、レヴィンへまとわりつく。
ディオン「うわあああっ!?」
レヴィン「嬉しいかー、ノロ子!」
ディオン「ひえっ……呪われた剣を愛剣にするなんて、アイアンくらいだ……」
レヴィン「あ、その人、俺とアディオの師匠」
ディオン「師匠が師匠なら、弟子も弟子だな!?」
騒がしい空気がようやく落ち着いたころ、鍛冶場には湯気と出汁の匂いが漂い始めていた。
あまり儲けの多い仕事ではない。ディオンは普段から外食を控えている。
レヴィン「うん! うまい!」
ディオン「そ、そうか……?」
ディオンが作ったうどんを、レヴィンはジュルジュルと実に美味そうにすすっている。
その様子を横目に見ながら、ディオンも自分のうどんを口へ運んだ。
(聖騎士なら、城に戻ればもっといいものを食べられるだろうに……)
レヴィン「ディオンさん、無愛想だから、今度この剣見せて客寄せしときますよ!」
ディオン「……そりゃどうも……」
レヴィン「ディオンさんの腕は俺が保証しますよ!!」
どうも聖騎士という連中は苦手だ。
――なのに、こいつときたら、こういう真っ直ぐな言葉を平然と言ってくる。
聖騎士だというのに、真っ黒な装備で身を包み、そのくせ妙に人懐っこく、図々しい。
……なのに、妙に憎めなかった。
レヴィン「次は王様と来ますね!」
ディオン「ぶほっ!? 王様には専属の研ぎ師がいるだろ!」
レヴィン「えー、そうかなぁ……?」
ディオンはふと、過去に思いを馳せた。
そして、ぽつりと漏らす。
ディオン「俺もかつては、剣士として名を馳せた時期があったんだがな……。今じゃ、ろくでなしの酒に飲まれた、孤独なおっさんだ」
どこか自虐的に笑いながら、ディオンは哀愁の漂う背中を見せる。
レヴィン「ディオンさん、剣士だったんですか!?」
ディオン「まあな……若い頃の話だ」
レヴィン「ふーん」
ディオン「興味ないのかよ!?」
レヴィンはきょとんとした顔をする。
レヴィン「え、だって辛そうな顔するから。アディオがそんな顔する時って、大体話してくんないっすもん」
ディオン「……お前、ただのバカかと思ってたわ」
レヴィンはムッと頬を膨らませた。
ディオン「まあ、その……なんだ……」
珍しく気恥ずかしそうに言い淀む。
レヴィン「なんすか?」
ディオンは歯をぐっと食いしばり、それからぶっきらぼうに口を開いた。
ディオン「アディオと仲良くしてくれて……ありがとよ」
レヴィンは、にぱーっと弾けるような笑顔を浮かべた。
その顔を見て、ディオンは思わず、くっくっと喉を鳴らして笑う。
ディオン「俺の知ってる聖騎士とも、暗黒騎士とも、まるで違う」
ディオンは、自分でも妙なことを口走ったと思った。だが、この男にはいつの間にか情が移っていた。
ーーレヴィンは、すっかり綺麗になった愛剣を鞘に収め、まけてもらった金額を支払った。
ディオン「……まあ、また来いよ。男メシでいいなら、また食わせてやる」
レヴィンはぱあっと顔を綻ばせ、にこにこと答えた。
レヴィン「はい! また来ますね!」
――あいつが帰ると、騒がしかった鍛冶場が妙に静かに感じる。
――数日後。
ディオンは酒瓶を片手に、アルデラ王国を訪れていた。
ディオン「よお、レヴィン」
レヴィン「俺、飲めませんよ……」
ディオン「お前じゃねぇ。他の聖騎士どもへの差し入れだ。お前、色々迷惑かけられてんだろうからな……」
レヴィン「なんスかぁ……それぇ……」
(かけてない……よな? うん)
ディオン「おらよ」
そう言って、ディオンは一枚の紙を乱暴に放り投げる。
レヴィンは慌ててそれをキャッチした。
そこには、呪われた剣の本来の姿が描かれていた。
正式名称や由来、簡単な解説まで細かく書き込まれている。
レヴィン「名前は“月霞”……うわぁ、綺麗な名前だなー」
ディオン「その剣を作ったのは、とんでもねぇ美女だったって話だぞ。なんでも、好きな男に贈るために打った一級品だったそうだ……呪われてなきゃな……」
そう言って、ディオンはどこかしんみりと目を細めた。
――たぶん、その男は帰って来なかったのだろう。
レヴィン「カスミー!!」
ディオンは思わずズッコケそうになる。
ディオン「なんだその呼び方……!」
レヴィン「“ツキガスミ”って呼びにくいし……カスミでいいかなーって」
ディオンは、呪われた剣の禍々しい姿を思い返しながら、ぽつりと呟いた。
ディオン「好きな男は、ちゃんと女のもとへ帰って来たんだろうか……。あるいは、その時にはもう命を絶ってたとか……そういう類かもしれねぇな……」
月霞に込められていたであろう想いを考えると、妙に胸が重くなる。
ディオン「……俺も、他所でガキ作ったり、その家に寄り付かなかったり……さぞ恨まれてるだろうな……」
ふと思い出す。
子どもを作るだけ作って、好き勝手生きて、別の所帯を持った。
事件が起きた時も――俺は駆けつけなかった。
結局、何一つ背負わずに逃げたクズだ。
レヴィン「は……? マジすか……」
ディオン「……聞いてねぇのか」
レヴィン「ディオンさん、他にも子どもいたんですか……!? うわ……最低最悪のクズじゃん……」
ディオン「……本当に素直なやつだな」
レヴィン「アディオの兄弟ってことっスか?」
ディオン「……死んじまったよ……」
レヴィン「え……?」
ディオン「詳しいことは知らねぇけど、禁忌の魔法かなんか使って……好きな女と一緒に死んじまったらしい」
レヴィン「そうだったんですか……」
ディオン「……まあ、今更どうしようもねぇけどな……」
そう呟きながらも、ディオンの視線は遠くを彷徨ったままだった。
レヴィンは、腰に差した月霞へ静かに視線を落とす。
――俺も、過去のことで今でも胸が痛む。
今更、足掻いたって。
今更、悔やんだって。
もう、どうしようもないことがあるのも分かっている。
それでも。
レヴィンは、ぽつりと呟いた。
レヴィン「どうしようもないのに……忘れられないんですよね……」
その言葉に、ディオンは咥えていたタバコを思わず落とした。
ディオン「……そうかもな」
ディオンはふと空を見上げる。
月霞――その名にもある月。
今夜の月は霞み、ぼんやりと滲んだ朧月になっていた。
――あんな月夜だったのかもしれねぇな。
この“月霞”を打った夜も。
生きて帰ってくることを願いながら。
それでも、どこかで嫌な予感を拭えなくて――
だから、そんな名を付けたのかもしれない。
もう、今はいない息子。
俺のガキにしちゃ、出来すぎなくらい性格の良い奴だった。
……何もしてやれなかった。
アディオにも。
ディオン「まあ……大事に使ってやってくれ」
アディオの心を開かせたこいつなら――きっと大丈夫だろう。
レヴィン「はい……」
ディオンは月霞をレヴィンへ託すと、月見酒を片手に、静かに夜を越えていった。




