禁忌の気配を宿す剣 ④
――ギィ……
重い扉が、ゆっくりと開く。
途端に、鼻を突く薬草と、焦げた金属の匂いが混ざった空気が流れ出した。
室内は外の喧騒とは切り離されたように静まり返っている。
光は薄く、時間だけがわずかに遅れているような空間だった。
レヴィンは一歩、迷いなく踏み込む。
「お邪魔しまーす!」
その声だけが、やけに場違いに響く。
レヴィン
「うわ、くっさ……あ、すげ。これ全部研究道具ですか?」
返事はない。
団長
「……帰るか」
その瞬間。
「——来たな」
低く、ねっとりとした声が奥から響いた。
レヴィン
「お?」
影の中から、ぬらりと一人の男が現れる。
ぼさぼさの白髪。ずれたモノクル。
指には異様な数の指輪。
鑑定士
「久方ぶりの……“面白そうな客”だ」
団長
「……やはり帰るぞ」
レヴィン
「え? もう?」
鑑定士の視線が、レヴィンの腰元――剣へと吸い寄せられる。
鑑定士
「……ほう」
次の瞬間。
「匂う!!」
団長
「なっ——!?」
鑑定士は床を滑るように距離を詰め、レヴィンの剣へ顔を限界まで近づけた。
鑑定士
「呪いだ!!
しかも上物!!百年モノだ!!」
レヴィン
「……きっしょ」
館内の空気が、ぴたりと止まった。
団長
「……おい?」
鑑定士は一瞬、目を丸くした。
そして――
「…………」
次の瞬間。
鑑定士
「ッッッッッ!!!」
バァン!!
机を叩き、身を乗り出す。
鑑定士
「いい!! 実にいい!!
その反応だ!! 普通の人間は怯えるか逃げる!!
だが君は“率直”だ!!」
レヴィンは無言で、近づいてくる顔を掌で押し返した。
しかし鑑定士も引かない。
足がばたつきながら、押し合いの攻防戦になる。
鑑定士
「はやくっ! 早くそいつを見せてくれっ!」
はひー、はひーと謎の呼吸音を漏らしながら、呪いの剣に異常な執着を見せる。
レヴィン
「やっぱ気が変わりました。俺が部屋に飾って保管します」
鑑定士
「きえーー!!」
団長
「預けてやれ……癇癪を起こされたら敵わん……見る目だけは確かだ」
レヴィン
「えー?」
レヴィンは団長の背に隠れながら、恐る恐る鑑定士へ剣を差し出した。
団長
「……さっき俺に任せろって言ってなかったか?
大抵の変態は大丈夫とか」
レヴィン
「こいつは変態じゃないですよ! 奇人ですよ!」
団長
「たまにはまともな感覚を持っているんだな、お前」
鑑定士
「うへ、うへへ……こいつはすごい!」
レヴィン
「もう良い?」
鑑定士
「きえええ!?」
団長
「奪うな……まだ鑑定中だ」
鑑定士
「待て待て待てぇい!!
まだ“挨拶”しかしておらん!!」
剣を抱きしめ、頬ずりまで始める鑑定士。
レヴィン
「……いや挨拶の距離感じゃないですよ、それ」
団長
「視線を逸らせ、レヴィン。正気を保て」
鑑定士は剣を掲げ、恍惚とした表情で呟く。
鑑定士
「ほほう……こやつ、ただの呪われた剣ではない……
呪い“に”侵されておるのではなく――
呪い“を”選り好みして喰らう器じゃ」
レヴィン
「え、なにそれ。偏食?」
団長
「黙れ」
鑑定士は急に真顔になり、レヴィンをじっと見た。
鑑定士
「……そしてな、坊主」
レヴィン
「はい?」
鑑定士
「この剣が静かになっとる理由――
お主が持っておるからじゃ」
一瞬、空気が凍る。
団長
「……どういう意味だ」
鑑定士はニィ……と口角を上げた。
鑑定士
「簡単な話よ。
この剣は“主を選ぶ”。
しかも普通の主ではない」
レヴィン
「やめてくださいよ、嫌な言い方」
鑑定士
「わかりやすい言い方をすると――」
剣が、かすかに低く鳴った。
ゴ……と、空気が震える。
鑑定士
「――お主、“呪いを呑む側”の人間じゃ」
レヴィン
「……え?」
団長
「……」
鑑定士は肩をすくめた。
鑑定士
「歴代の持ち主は皆、狂った。
だがこの剣は今――
お主の手を探しておった」
レヴィンは無意識に、自分の掌を見下ろす。
団長が一歩前に出る。
「結論を言え。
この剣は――危険か」
鑑定士は一拍置き、はっきりと言った。
鑑定士
「危険じゃ。
――だが、この坊主が持つ限りはな」
レヴィン
「余計こえーよ!?」
鑑定士
「安心せい。
剣が坊主を壊すか、坊主が剣を飼い慣らすか――
そのどちらかになるだけじゃ」
団長
「……“だけ”で済む話ではない」
鑑定士は剣を差し出す。
「返すぞ。
これはもう、他の誰にも扱えん」
レヴィンは一瞬だけためらい、剣を受け取った。
――シュル……
まるで猫が主に擦り寄るように、邪気が静かに収まる。
レヴィン
「俺、また面倒なの拾いました?」
団長
「……自覚があるなら、まだ救いがある」
鑑定士
「うへへ……良いものを見せてもらったわい」
レヴィン
「もう二度と来ませんからね」
館を出ると、夕暮れの風が二人を包んだ。
剣は静かに、しかし確かに――
主を得た歓喜のような気配を帯びていた。
ーーー
アルデラ王国に戻ったレヴィンは、呪いの剣を掲げて見せた。
「うわあ……」
「気持ち悪い……」
若手たちは容赦なく距離を取る。
レヴィン
「大丈夫だって! 俺が持ってる分には害ないって」
「だから気味悪いんだって!」
レヴィン
「なんだよぉ〜!」
タイオン
「でも、それボロボロじゃないか」
レヴィン
「だよなあ……研いでもらわなきゃな」
若手たちは同じことを考えた。
――呪いの剣を研いでくれと言われて、引き受ける者などいるのだろうか。
レヴィン
「ちょっと、今行って来ちゃおーかな!」
今日の任務は早く終わった。時間はある。
夕飯に間に合わなければ、城下町で食べればいい。
若手
「は……? 正気かよ、レヴィン。少しは相手の迷惑ってものを……」
レヴィン
「へーきへーき! 研ぎ師なんだから多少呪われても平気だってー」
笑い流すレヴィンを、若手たちは「マジか……こいつ……」という目で遠巻きに見つめた。
レヴィンは暗黒騎士の装備へと身を包む。
若手
「お前の暗黒騎士の装備と、その呪われた剣って……ぴったりだな」
レヴィン
「あっはっは! 褒めんなよー!」
若手
「褒めてねえよ……」
レヴィン
「んじゃ、行ってくるからー!」
明るい声で片手を上げるレヴィン。
その背中を、若手たちはもう何も言わず見送るしかなかった。
――どう言っても、止まらないと悟っていたからだ。




