禁忌の気配を宿す剣 ③
馬車の揺れは穏やかだった。
しかし、その車内の空気は決して穏やかとは言えなかった。
団長は馬車の中で、完全に沈黙を貫いていた。
腕を組み、背筋を伸ばしたまま、微動だにしない。
その横顔には、明らかな不機嫌が滲んでいる。
そんな重苦しい空気の中、レヴィンが軽く声を上げる。
レヴィン
「そんな怒らないでくださいよー!」
そう言って、レヴィンは軽い調子のまま、
バシバシと団長の肩を叩いた。
――ピキッ。
団長のこめかみに、はっきりと血管が浮かぶ。
――まずい。
馬車の空気が、一段階冷えた。
レヴィン(やべ。団長、完全にハリスタイプだ)
ひやりとした気配が、じわりと肌に染みる。
それ以上何も言わず、レヴィンはそっと視線を外した。
窓の外へと流れていく景色へ、意識を逃がす。
――今は、触らない方がいい。
レヴィン
(ちぇー。顔隠さないで出掛けられると思ったのに)
フードを深くかぶり、頬をぷくっと膨らませる。
西の街は賑やかで、屋台も多い。
本来なら「買い食いチャンス!」と目を輝かせていたはずだった。
完全にお出かけ気分のレヴィン。
一方――
団長は馬車の揺れの中、微動だにせず腕を組んでいる。
額にはうっすらと青筋。
その背中からは「責任」「胃痛」「報告書」といった言葉が見えそうなほどの重圧が漂っていた。
ぐうううー……
キュルルル……
盛大に、容赦なく。
馬車の中に、やけに生命力のある音が響き渡った。
その瞬間、二人は固まった。
――揺れていた馬車だけが、何事もなかったかのように進んでいく。
レヴィン
(やっべえ……こんな時に、俺の腹と来たら……)
そっと、隣に座る団長を窺い見る。
――ぴき。
額の血管が、さっきより一本増えている気がした。
いや、気のせいじゃない。確実に増えている。
(うん、これ以上はまずい)
(のされる……)
レヴィンは無言で腹を押さえ、姿勢を正した。
呼吸を整え、存在感を極限まで薄くする。
だが――
キュ……
今度は控えめながらも、しつこく追撃が入る。
団長のこめかみが、ぴくりと動いた。
団長
「……」
レヴィン
「……」
沈黙。
重すぎる沈黙。
やがて団長は、深く、深く息を吐いた。
団長
「街に着いたら――」
――ギュルギュルゥゥゥ!!
――ぐうううううう!!
盛大な腹の咆哮が、団長の声を完全にかき消した。
馬車の中に、あまりにも元気すぎる音が響き渡る。
レヴィン
「……え?
なんか言いました?」
――ブチっ。
目に見えない何かが、確実に切れた。
団長はゆっくりとレヴィンの方へ顔を向ける。
無言のまま、両手を広げた。
レヴィン
「……へ?」
――グニュウウウウッ!!
団長は、レヴィンのほっぺを全力で引っ張った。
レヴィン
「いっへええええ!!」
団長
「お前はッ!
なぜ、いつも腹が空いているッッッ!!」
レヴィン(心の声)
(そんなの俺のせいじゃねえ)
団長
「そして――」
さらに一段、声に力がこもる。
団長
「妙なものを、王に献上するなッッッ!!」
レヴィン
「きへいだったからあ……!」
――ゲシッ!
乾いた音と共に、レヴィンの体が軽く宙に浮いた。
ドサッ。
団長
「街まで走ってこい」
レヴィン
「うええ!?」
団長
「走らないと殺す」
レヴィン(心の声)
(……やばい)
(この目だ)
(完全にキレてる)
(ハリスと同じ目をしてる)
⸻
結局、レヴィンは街まで走らされた。
その間ずっと、団長は馬車の窓から顔を出し、
延々と説教を飛ばしてくる。
レヴィン
「はあー……はあー……!」
ようやく辿り着いた。
ローディン街。
そういえばここは、以前“爆破石の鑑定”で訪れた場所だった。
「……反省したか?」
頭上から、冷たい気配が降りてくる。
思わずレヴィンの体がびくりと震えた。
レヴィン
「す、すいませんでした……」
団長は腰に手を当て、短く息を吐く。
「……まずは、飯にするか」
その言葉に、レヴィンの目がぱっと輝いた。
⸻
団長とレヴィンは店へと入った。
扉が軋む音と同時に、店内の空気が一瞬止まる。
――ざわっ。
視線が集まる。
団長はすぐに察した。
――いつものことだ。
しかも今日は、最悪の条件が揃っている。
薄い水色の髪、整った顔立ち。
そして何より、レヴィンが素顔のまま店にいること。
団長(……コイツは、顔だけは良いんだが)
内心で小さく毒づく。
(背も……俺より高いしな)
と、余計な一言も追加される。
だが、その張り詰めた空気は――一瞬で壊れた。
「おっちゃーん!俺、絶対大盛りにしてなー!?」
厨房で料理をしていた大将が、びくっと肩を跳ねさせて顔を出す。
「こ、声がでかい!大将だ!」
「タイショー!」
「なんでカタコトなんだ!!」
大将は呆れたように笑いながら、水を持ってきてくれた。
「くっく……団長さん、今日はやけに元気のいい新人を連れて来たねえ?」
「ありがとうございます!大将!元気には自信があります!」
「うわっはっは!いいこった!」
団長は一瞬だけ視線を逸らし、軽く咳払いをした。
レヴィンは、大将が持ってきた水を一気に飲み干した。
「お?」
大将は目を丸くし、すぐに声を張る。
「おかみさん、水おかわりだ!」
「なんだぁ? 喉、乾いてたのか? にいちゃん」
「いやあ」
レヴィンは正直に、からからと笑う。
「アルデラ王国から、団長のスパルタ説教くらいながら走ってきたんで」
団長は即座に額を押さえ、鋭く睨んだ。
「……いらんことを言うな」
「そいつぁすげえ!」
大将は腹の底から笑う。
「団長さん、帰りは馬車に乗せてやんなよ? 今日は気分がいい!」
「好きなだけ食わせてやる! 俺の奢りだ!」
「え、マジかよ!」
レヴィンの目が輝いた。
「大将、めっちゃいい人じゃん!」
「だろ?」
歯をきらりと光らせ、大将は厨房へ戻っていった。
(……気難しい大将が、あんなに笑うとは)
団長は周囲を見渡す。
客も店員も、いつの間にかどこか柔らかい表情になっていた。
いや、笑われているだけかもしれない。
それでも――
団長は小さく息を吐き、ふっとわずかに口元を緩めた。
「あ」
レヴィンが気づき、愛嬌たっぷりに笑いかける。
「やっと、機嫌直してくれました?」
「調子に乗るな」
団長はメニュー表で、レヴィンの頭を軽くパシッと叩いた。
それを見て、団長は小さく息を吐く。
(元気には自信がある……か)
そこは、確かに認めてもいいかもしれない。
レヴィンは結局、三人前を平らげていた。
団長
「す、すいません……もう少し遠慮というものを教えておきますから……」
レヴィン
「ええ!? そうだったんすか!?」
大将
「うわっはっは! 美味そうに食ってくれて、それ見た他の客も同じの注文してくれたからな。むしろ助かったわ!」
レヴィン
「すんげーーー……」
少し間を置いて、レヴィンが満足そうに叫ぶ。
「美味かったああ!」
大将
「わははは! そんなにか?」
団長
「全く、お前は子供か……」
大将に手を振りながら、店を出る。
「また来いよー!」
「また来るよー!」
そんなやり取りを何度か繰り返し、ようやく鑑定士の元へ向かう。
団長(心の声)
(……どれだけ気に入られているんだ、コイツは)
ふと振り返ると、大将は姿が見えなくなるその時まで、ずっと手を振っていた。
鑑定士の館の前に、三人は立っていた。
レヴィン
「入らないんですか?」
団長
「ちょっと苦手なタイプでな」
レヴィン
「なら俺が話しますよ! 大抵の変態と渡り歩いて来たんで!」
団長
「なんだその自信は……」
嫌な予感しかしない。
レヴィンは迷いなく扉へ手をかけると、
ノックもせずに押し開けた。
――ギィ……




