海に並ぶ背中④
遠くの方で、ばしゃんと水音が跳ねた。
「……っ、助けて!!」
砂浜にいた数人が、一斉にそちらを振り向く。
海の中で、小さな影がもがいていた。
母親の悲鳴が、空気を切り裂く。
「だれか……っ、助けてください!!」
子供が、遠くの方で溺れている。
レヴィン
「助けよう!!俺が威圧を放つ!!」
アディオ
「よし!!俺が救い出す!!」
チェイズ
(俺いる……?)
レヴィン
「威圧!!!」
加減された圧が、子どもの真下の水面だけを一瞬押し潰すように吹き飛ばす。
浮力が生まれたその隙を逃さず——
アディオが海へ滑り込む。
「今だッ!!」
素早く子どもを抱き上げると、そのまま大きく放り上げた。
「チェイズッッ!!」
チェイズ
「ほいっと」
空中の子どもを確実にキャッチし、そのまま落ち着いた声で宥めながら砂浜へ歩く。
「もう大丈夫だぞー」
その直後、遅れてきた波がアディオを飲み込んだ。
「うおっ……!」
しばらくして。
レヴィンとアディオは砂浜へ戻ってくる。
二人とも軽く海水をかぶりながらも、どこか楽しげに笑っていた。
母親は何度も頭を下げる。
「ありがとうございました……本当に……!」
「なにかお礼を……!!」
レヴィンはふと視線を泳がせる。
(……アイス)
立て札に目が止まっていた。
⸻
一瞬の沈黙。
空気を察した周囲の視線が一斉に集まる。
レヴィン「えっ!?いや……その……違うんです!!
そんなつもりじゃなくて、ただ……アイス食べたいなって思っただけで……」
子ども「お母さん!!このお兄ちゃんたちとアイス食べたい!!」
母親「ふふ……それくらいなら、ぜひ」
アディオ「じゃあ……お言葉に甘えて」
チェイズ「違う味頼んで分けよーぜ」
4人はベンチに並び、アイスを食べていた。
⸻
子ども「お兄ちゃんの技!!すごかった!!それに楽しかった!!」
レヴィン「え……?そう?」
子ども
「お兄ちゃん、何やってる人!?」
目が好奇心と尊敬でキラキラと輝く。
レヴィン「ええっと……」
(暗黒騎士って言えねぇし……
聖騎士って言っても顔がそっちだしな……)
アディオ「こいつはな、親父さんの教えをちゃんと受け継いでるやつさ」
チェイズ「お前もちゃんと親の言うこと聞けよー?」
子ども「.....?うん!!!」
⸻
そのまま子どもはレヴィンにべったりくっつきながらはしゃぎ続ける。
ふと――
レヴィンの胸の奥で、懐かしい感覚がちくりと揺れた。
(……俺も、こうだったな)
⸻
砂浜を走り回る子どもの背中が、幼い頃の自分と重なる。
少し先を歩く大きな背中。
何をするにも格好よくて、ただ追いつきたくて、隣にいたくて――
ただひたすらに、その背中を追いかけていた。
リュウさんの後ろ姿が、ふいに鮮明に蘇る。
「お兄ちゃんかっこいい!! 僕もお兄ちゃんみたいになりたいな!!」
「え……?俺みたいに?」
「うん!!!」
大きく頷くその顔は、迷いがない。
「かっこいいよ!! だって助けてくれたし、強かった!!」
⸻
レヴィンは一瞬、言葉を失った。
(……強い、か)
「……強いって言ってもさ、俺は……守れない時もあるし、怖い時もあるし、失敗もするし。今日だって、遊んで食べて寝転がってただけだぞ?」
子どもはきょとんとしたあと、すぐににっと笑う。
「それでもいい!!」
「え?」
「だって優しかったもん!!
あと今日、お兄ちゃんいっぱい笑ってた!!」
その一言に、レヴィンは完全に言葉を失った。
アディオが静かに息を吐き、
チェイズは思わず口元を緩める。
「……そっか」
ゆっくりとしゃがみ込み、子どもと目線を合わせるレヴィン。
「じゃあ……いっぱい食べて、いっぱい笑って、いっぱい頑張らないとな!!」
次の瞬間、子どもを軽々と肩車に持ち上げる。
「うわああ!! たかーーい!!」
肩の上で、子どもは両手をぶんぶん振って大はしゃぎする。
「お兄ちゃんすごい!! 空まで行けそう!! お空のお父さんも見てるかな!?」
その言葉に、3人の動きが一瞬止まった。
母親は、その様子を見てそっと目元を押さえる。
「……この子の父は、去年に……」
⸻
言葉が途切れる。
レヴィンたちも、すぐには返せなかった。
母親の声は、波音に溶けるように静かだった。
「この海で……夫は……」
⸻
それ以上は続かない。
母親は小さく息を吸い、震える指で胸元を押さえる。
夕暮れの光が海面を橙に染めていく。
さっきまでの賑やかさが嘘のように遠く感じられた。
やがて母親は、涙の奥で微笑む。
「でも……」
ゆっくりと顔を上げる。
「あなた方に助けられました。
あの子も……きっと嫌な記憶だけじゃなくて、“楽しかった”って思い出に変わった気がします……」
深く、何度も頭を下げた。
「……ありがとうございます」
親子は、静かに砂浜を離れていく。
⸻
レヴィンはしばらく、何も言わずにその背中を見送っていた。
さっきまで子どもの笑い声が弾んでいた場所なのに、
今は波の音だけが一定のリズムで打ち寄せている。
「……」
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
(――俺がいたら)
(――もっと早く来てたら)
レヴィンの中に、嫌というほど慣れ親しんだ感情が静かに顔を出す。
助けられたはずだ。
守れたはずだ。
そうやって、何度も何度も自分を責めてきた。
無意識に拳を握る。
爪が掌に食い込み、鈍い痛みだけが現実を繋ぎ止めていた。
(……まただ)
その横顔を、チェイズは一度だけ見た。
何か言おうとして、やめる。
代わりに、そっと隣へ歩み寄り――
ぽん、と。
大きな手が、レヴィンの頭に乗る。
アディオも少し遅れて、反対側に並んだ。
しばらく、誰も何も言わない。
ただ、波の音だけが間を埋めていた。
やがてアディオが、低く穏やかな声で言う。
「……それでも、お前が今日は助けた」
「……」
「“もしも”の数だけ背負い続けるのは……お前の役目じゃない」
レヴィンは、小さく息を吐いた。
「……わかってる」
少し間を置いて、続ける。
「でもさ……こういう場所に来ると、どうしても思い出すんだ」
「俺が……俺がいれば、って」
チェイズは肩をすくめた。
「それ言い出したらよ、俺ら全員、世界中の海に住まなきゃなんねえぞ」
その軽さに、レヴィンは思わず、かすかに笑ってしまう。
チェイズは続ける。
「助けられなかった“過去”よりさ、今日ちゃんと助けた“今”の方を見ろよ……お前はすごいよ、レン」
アディオは静かに頷いた。
「お前が立っていた場所に、さっき……希望が生まれた。それだけで、もう十分だろ」
レヴィンは視線を落とし、そしてもう一度、海を見る。
さっきよりも、波が少しだけ穏やかに見えた。
胸の奥の重みは、消えはしない。
それでも――
確かに、ほんの少しだけ軽くなっていた。
チェイズ「俺たちがいるだろ? お前が辛くなったら、いつでもどこでも駆けつけてやるぜ」
アディオ「そうだな……同意見だ。たまには意見が合うな?」
チェイズ「うるせー」
レヴィン「……ありがとな」
チェイズ「おう」
アディオ「ふっ……当然だ」
夕暮れの海は、相変わらず広くて、
全部を救えるわけじゃない。
それでも。
――今日、救えたものがあった。
レヴィンはその事実を、そっと胸の奥に抱きしめた。




