街が街であることをやめた場所①
城を出て、しばらく。
人目の少ない通りに差しかかったところで、
レヴィンはひょい、と黒いフードを外した。
「はぁ~~~~」
「よしっ、今のうち今のうち!」
「ぬ? どうした?」
「ここ出たら、また寡黙モードじゃないですか!」
「だから今のうちに、喋っとかないと!」
「……一理あるな!! ワハハ!!」
深く考えることもなく、
アーサーは腹の底から豪快に笑った。
「アーサーさん、聞いてくださいよ!」
「昨日、森でこんっな小さな子供ドラゴン見つけて!」
「今日も仕事終わったら、そいつのところに行くんですよー。
すっげえ可愛くてー!!」
矢継ぎ早に、言葉が溢れ出す。
身振り手振りも大きく、
表情もころころと変わる。
“暗黒騎士”と噂されていた男とは、
とても同一人物には見えない。
「で、火を吹かれて、ズボンの片足が燃えてなくなっちゃって!!」
「片方パンツになっちゃって、隠しながらコソコソ帰ったんですよ!?
ひどくないです!?」
「ワッハッハ!!」
アーサーの笑い声が、通りに響いた。
「うむ!! パンツが強くて良かったな!!」
「次は替えのズボンを持っていくといい!!」
「そうですね!!! それなら安心ですね!?」
腹の底から笑いながら、
アーサーは大きく肩を揺らす。
「……ふむ」
「そろそろ城下町を抜ける」
「顔、隠せ」
「はいはい、分かってますって」
レヴィンは仮面を手に取り、
名残惜しそうにそれを眺めてから、再び顔を覆った。
声の調子も、
姿勢も、
ほんのわずかに変わる。
「……じゃあ」
「行きますか」
「うむ」
二人は並び、
人の気配が濃くなる方へと歩き出した。
――騒がしい時間は、ここまでだ。
城下町を抜け、聖騎士の居住区と一般区を隔てる門を越える。
その先は、アルデラ街。
通りの人影は一気にまばらになった。
石畳に落ちる夕陽が、二人の影を長く引き伸ばしていた。
視線の質が、城下町とは違った。
その途端、誰かの視線を感じる。
チラチラと、横目で見られている。
「……あの黒いフードの人が……」
「暗黒騎士だ……」
「……あの迷宮の事件の……」
レヴィンは、噂を聞き流すように視線を伏せた。
――相変わらず、迷宮の印象が強いな。
胸の奥が、わずかに軋む。
時の迷宮。
あの時、俺は――
半数の命を、救えなかった。
結果だけを見れば英雄だ。
だが、事実は違う。
後悔先に立たず。
どれだけ剣を振るっても、
どれだけ走っても、
取り戻せない命は、確かにそこにあった。
世間は、俺を許してはくれない。
そして――
俺自身が、俺を許せずにいる。
顔を隠すようになったのも、
ちょうど、あの頃からだった。
アーサーは、何も言わずこちらを見ていた。
そして、力強く頷く。
それだけだった。
――それだけで、十分だった。
この人といると、不思議と、
今まで胸の奥に溜め込んでいたものが、
少しだけ、遠くへ行く。
……些細なことだ、などと思ってはいけない。
背負ってきたものが、軽かったわけじゃない。
だが――
もう、俺にはどうすることもできないことも、確かにある。
それを理解しているからこそ、
アーサーは何も言わなかったのだろう。
「先を急ぐか」
アーサーは、くしゃっと白い歯を見せて笑った。
「はいっ!」
レヴィンは、声を張りすぎぬよう、そっと返事をする。
そのやり取りだけで、
二人の呼吸は自然と合った。
街道に二人の影は、夕陽の中へと長く伸びていった。
二人はアルデラ街を出て、
その外縁に広がる、街が街であることをやめた場所――スラム地域へと足を踏み入れた。
騎士団の管轄から、半ば見放された区域だった。
家々は背が低く、壁は色あせ、屋根には雨漏りの跡が残っている。
通りには、素足で駆け回る子供たち。
小さな声でじゃれあい、時折、笑い声をあげていた。
片隅では、古い鍋を囲んで食事を分け合う人々。
誰もが、小さな幸せを守ろうと必死だ。
乞食や物売り、行き交う人々。
それぞれが互いに声を掛け合い、助け合いながら、日々をつないでいる。
その中で、
黒いフードを深くかぶったレヴィンと、豪傑な体格のアーサーの姿に、
スラムの人々は無言で道を譲った。
怯えと警戒が混じった視線が、
チラチラと二人へ向けられる。
「ふーむ!! レヴィンの素顔なら子供が群がって来るが、黒ずくめだからのう!!!」
「アーサーさんは一見、凶悪ですからねえ」
レヴィンは正直すぎる意見を述べるが、アーサーはまるで気にも留めていない。
「よし!! 俺の秘密兵器を出す時が来ましたね!!!」
「秘密兵器!?」
アーサーが目を見開く。
「じゃーん∠( ˙-˙ )/」
レヴィンは懐に手を突っ込み、次々と菓子を取り出した。
チョコレート、キャンディ、クッキー――
まるで底なしのポケットだ。
その瞬間、素足で駆け回っていた子供たちの目が、一斉に輝く。
「わぁぁぁ!!」
あっという間に子供たちが群がり、手を伸ばして菓子を奪い合う。
最初は警戒していたスラムの大人たちも、次第にその様子を微笑ましく見守り始めた。
子供たちの輪から少し離れたところで、
痩せ細った母親と、その腕に抱かれた幼い娘が、そっと近づいてくる。
「……私たちにも、少し恵んでいただけませんか……?」
レヴィンはフードの下で表情を緩め、静かに手を差し出した。
「どうぞ。俺たちは聖騎士です。怪しい者じゃありません」
母親は、ほっとしたように息をつき、深く頭を下げる。
「……そうでしたか……」
そこへ、アーサーが一歩前に出た。
「ところで奥さん!! 最近、困ったことはありますか!?
それと、ちなみに独身ですか!!」
任務の一環と言わんばかりの真剣な顔だった。
母親は目をぱちぱちと瞬かせる。
「えっ……あ、ええと……?」
スラムの空気が一瞬、笑いと困惑でざわめく。
レヴィンは咳払いをひとつして、声を落とした。
「……最近、何か変わったことはありませんか。
怪しい人物や、不思議な出来事とか……」
母親は娘を抱き寄せ、少し考えてから答える。
「夜になると……見知らぬ人が、うろうろしていたり……
食べ物を盗まれたりすることが……」
レヴィンは頷き、頭の中で整理するように指を動かした。
「なるほど……教えてくださってありがとうございます」
その横で、アーサーが肩をすくめる。
「ううむ……難しいもんだな……」
レヴィンは横目でちらり。
「アーサーさん、人妻ばっかり狙うから振られるんですよ」
「ワハハ……それは、そうかもしれんな……」
レヴィンは再び母親に向き直る。
「他にも、何かありませんか。小さなことでも構いません」
母親は眉をひそめ、思い出すように呟いた。
「……夜になると、家の裏手で、光が揺れることが……」
レヴィンの瞳が、わずかに鋭くなる。
「……分かりました。ありがとうございます。
必ず、安全にしますから」
背後では、アーサーが子供たちに手を振り、豪快に笑っていた。
――二人は、夜が訪れるのを待つことにした。




