暗黒騎士指名の不吉な依頼⑤
異能者は、レヴィンを相手にたじろいだ。
辺りの空気を震わせるほどの圧が、彼の前に立ちはだかっている。
「や…やれ!! お前らがまずいけ!!」
異能者の声が叫ばれるが、命じられた山賊たちは完全に気圧され、体が言うことを聞かない。
ひとり、またひとりと、武器を握る手が震え、足がすくむ。
異能者は苛立ちを見せるが、山賊たちは動かず、ただ圧倒されるのみだった。
「暗黒騎士…」
フェルナンドは思わず小さく声を漏らす。
ハリスも目を見開く。
「え…?」
フェルナンドは続けた。
「いや、まさに……戦う立場に立った時の迫力が、暗黒騎士のようだな、と……」
ハリスは唇を引き結び、改めてレヴィンを見つめる。
目の前の男の強さ、気迫、揺るがぬ冷静さ――すべてが、名前を超えた“伝説”の存在感を放っていた。
「……暗黒騎士、か。」
小さく呟き、ハリスの心に微かな震えが走る。
普段はにこやかで、どこか飄々としていて――笑顔を絶やさず、周囲を和ませる人物。
だが今、戦闘の気配を纏ったその姿はまるで別人だった。
筋肉の緊張、鋭く研ぎ澄まされた視線、そして一瞬も揺るがない佇まい。
普段の柔らかさは影も形もなく、空気ごと押しつぶすかのような迫力で周囲を支配している。
ハリスの心の奥で、小さな震えが再び広がった。
戦場や危機の前では、表情も態度も一変し、まるで空気ごと掌握するかのような圧力――
その姿を目にした者は、自然と「暗黒騎士」と称えずにはいられない。
ハリスも思わず息を呑む。
普段の柔らかさと、戦いの凄まじい迫力――その両方を併せ持つ人物は、そうはいない。
「だから……暗黒騎士と言われるんだ……」
その言葉は、心の奥で静かに、しかし確かに震えとなって響いた。
異能者「ええい!! 役立たず共め!!」
異能者の力で、山賊たちが宙に浮かんだ。
「うわああっ!?」
山賊たちは声を上げ、必死に抵抗しようとするが、体は意図せず異能者の思い通りに動く。
ハリス「……あいつ、人を人形のように操る力だったのか…!!」
そのまま、山賊たちは操り人形のようにレヴィンに向かって投げつけられた。
しかしレヴィンは軽く受け止め、地面にそっと置くだけ。
腕の力強さと、まったく動じない余裕――
「……っ!!」
異能者が不気味に笑う。その笑みの奥に、得意げな狂気が光っていた。
「暗黒騎士ーーー!! このために俺は貴様をおびき寄せたのだあああ!!!」
異能者の両手が宙をかき回す。空気がねじれ、周囲の埃が舞う。
レヴィン「!!!」
ふわり、と体が宙に浮いた。まるで糸に吊るされた人形のように、体が勝手に動く。
異能者「ふはは…!! 暗黒騎士を我が手中にするために!!!」
ハリス「くっ…あいつ、レンを自分の手足にするつもりだ…!!」
レヴィン「うわ…!」
体が勝手に動く。手が剣を握り、意志とは逆に前に踏み出す。
筋肉は思うように動かず、頭では止めたいのに体だけが前に進む。
異能者「ふひ…これでもう貴様は私の手となり足となるのだ…!!」
空気が歪み、周囲の埃や小石がふわりと舞う。
レヴィンの剣はまるで操り人形のようにぎこちなく振られる。
フェルナンド「そん…な…!!」
胸の奥がひりつく。信じられない――いや、信じたくない。
付き人「フェルナンド様…! お逃げ下さい…!!」
肩を震わせ、必死にフェルナンドの袖を握る。涙が頬を伝う。
フェルナンド「何を言っている!! そんなこと出来るわけないだろう!!」
目の前で、友も味方も、そして暗黒騎士さえも、異能者の力に翻弄される現実。
付き人「フェルナンド様…こんな愚かな私のために…」
声は震え、涙で言葉が途切れる。
フェルナンド「…後でゆっくり話をしよう。」
その言葉に付き人はかすかに頷き、手の震えを必死に押さえた。
付き人「はい…! フェルナンド様…」
フェルナンド「ハリス様…! いかがなさいますか!?」
ハリス「え…?」
フェルナンド「加勢なさらないのですか…!?」
ハリスは静かに目を細める。
「大丈夫ですよ…彼は“厄災のアグニ”と謳われた、あの巨大な力を封じた英雄ですから…」
その瞬間、フェルナンドの胸に冷たい記憶がよみがえる。
あの悪夢――破滅の炎を振るう“厄災のアグニ”。
街を焼き尽くす怪物の姿。人々の絶望の叫び。
そして、その悪魔をたった一人の青年が封じ、悪夢は終わったのだ…
フェルナンド「あ……」
言葉が喉を通らない。
今、目の前で翻弄されるレヴィンも、かつての伝説の英雄の力の片鱗を持つ者だという事実が、胸の奥にずしりと重くのしかかる。
レヴィンの体が淡く光に包まれる。
暗黒騎士――その名に反して、光がその体を覆う瞬間、世界の空気が張り詰めた。
光は静かに揺らめき、異能者の力を包み込む。
異能者「なっ…!?」
その瞬間、異能者の力はぱっと消え去った。
宙に浮いていた体も、重力に従うようにゆっくりと落ち着きを取り戻す。
レヴィンの目が鋭く光る。
「……終わりだ。」
体から光が消えると同時に、暗黒騎士の冷静な意志が戻った。
ぎこちなかった剣の動きは滑らかになり、異能者へとまっすぐ振り下ろされる。
異能者「うわああああっ!!」
抗おうとするが、力はすでに封じられている。
当てにしていた山賊たちも、レヴィンの姿を目の当たりにして戦意を失い、恐怖で立ちすくむ。
空気は重く張り詰め、もはや異能者だけが孤立している。
異能者の背筋が凍りつく。
その瞳に映るのは、これまで味わったことのない圧倒的な「恐怖」。
そして――底知れぬ力を前に、呆然と立ち尽くすしかない絶望だった。
レヴィンの剣が抜かれる。
金属音とともに、刃が怪しく光を帯びた。
「ひ、ひええええ!?」
刃先が、ゆっくりと眼前に迫る――。
レヴィン「お前はもう、許さない……」
異能者「お許しをおおお!!」
なりふり構わず地に膝をつき、叫ぶように謝り倒す。
――暗黒騎士を利用しようとした俺が、馬鹿だった……!
――殺される……!
異能者は理解した。
目の前にいるのは、操れる力などではない。
厄災を封じ、光をもって裁く存在――
死を与える側の者だと。
死を覚悟した異能者は、ただ震えることしかできなかった……。
レヴィン「うっそー☆ お前はアルデラ王国に突き出す!!」
「へ…?」
命乞いをしていた、情けない顔の異能者は拍子抜けしたように目を丸くした。
レヴィンは剣を鞘に収め、捕獲用の縄を取り出す。
手際はぎこちなく、指先をモタモタさせながらも、異能者の体をぐるっと囲んだ。
さっきまでの威圧感はどこへやら――
堂々たる暗黒騎士は、今やどこか不器用で、むしろ人間味あふれる雰囲気を漂わせている。
異能者「ちょ、ちょっと待て…!?」
抵抗も虚しく、縄の中で体を動かすことしかできなかった。
レヴィンは軽く首をかしげながら、縄の位置を微調整する。
「……よし、これで完璧かな!!」
異能者「ぐえっ!?」
ぐちゃぐちゃに巻かれた縄が、異能者を窮屈に締め付ける。
その光景に、山賊たちもフェルナンドも付き人も、呆れと恐怖が入り混じった視線を送るしかなかった。
さっきまでの緊迫と威圧感はどこへやら――不器用だけど圧倒的な力を持つ暗黒騎士の姿に、誰もが言葉を失った。




