暗黒騎士指名の不吉な依頼④
年季の入った木造の小屋が、森の奥にひっそりと佇んでいた。
壁や梁には深い傷や煤が残り、長年人の手で使われ続けてきたことを示している。
数名が身を潜めても余裕がありそうだ...。
「あそこの小屋で受け渡す約束をしました...」
フェルナンドがそう言い古びた小屋を指さした。
不穏な空気が漂う小屋に、思わず身を強く縮めるレヴィン。
彼はハリスに、心の中でテレパシーのように思考を送った。
ハリスの能力――精神系異能のひとつで、相手の思考や感情を読み取る力――を使うためだ。
レヴィン(どうだ…?あの中に誰かいるか…?)
ハリス(複数いるみたい…でも思考が読みにくい…)
ハリスは、相手が異能者の場合、思考が乱れて読みにくくなることを知っている。
フェルナンド「……あの、受け渡しは私だけと忠告がありました……何かあれば、すぐ来てくれますよね?」
不安げに、フェルナンドは二人を見上げる。
レヴィン「もちろんです!!!」
ハリス「合図か、何かありますか…?」
付き人が手にした小型の警報機を示す。
付き人「フェルナンド様の靴を脱ぐと、こちらに音が鳴る仕組みになっております」
レヴィン「わかりました……俺たちはこの辺から見守っています」
フェルナンドは深く息を吸い、こくりとうなずくと、箱を抱えて小屋の中へ向かった。
木の軋む音が、森の静寂に微かに響く。
茂みの影から、レヴィンとハリスは息を潜めて視線を送り続ける。
フェルナンドは小屋の中を一歩一歩慎重に歩く。
「箱だけ置け……確認する」
どこからか、低く冷たい声が聞こえ、思わず体がビクッと硬直するフェルナンド。
震える手で宝石の入った箱をごと……っと置いた瞬間、
「よかろう……だが小賢しい者が数匹いるな……」
その声に背筋が凍り、フェルナンドの目は宙をさまよう。
次の瞬間、見えない力にフワッと持ち上げられ、小屋の天井付近でピタリと止められた。
「うああっ!?」
足をバタつかせる音が、木造の小屋にかすかに響く。
誰の姿も見えないのに拘束され、息を呑むしかできない――この力の主は、一体……。
フェルナンドは足を何度もバタつかせ、革靴を少しずつズラしていく。
ズルッ……ッ!!
その瞬間、革靴が上手く脱げ、付き人の手元の警報機がビービー!!!と音を鳴らした。
「!!!」
レヴィンは風を切るように一目散に駆け出し、そのままの勢いで小屋のドアを蹴破った。
木片が飛び散り、衝撃で小屋の柱が微かに軋む。
ハリス「ああ……またすぐ行く……!」
付き人「は……早い……」
レヴィンが小屋に突撃し、中を見渡すと宙に浮いたフェルナンドが……!
フェルナンド「暗黒騎士さん……!!」
レヴィン「フェルナンドさん……! 少し待ってて下さいね…!」
「は…はいっっ!」
怯えながらも体に力を込め、落下しないことを祈るフェルナンド。
レヴィンは周囲を鋭く見回す。
気配が…ひとつ…ふたつ…いや、もっといる。
突然、薄暗い小屋の奥から、一瞬の影が飛び出す。
「ぐっ…!?」
レヴィンの背後を狙い、鋭利な刃物や棒状の武器が一斉に飛んできた。
だがレヴィンは蹴り一閃でいなす。
武器は軋む音とともに壁や床に突き刺さる。
さらに複数の気配が室内に襲いかかるが、レヴィンは動じず、武器を抜くことすらせずに攻撃をかわすように叩き当てる。
ドスッ、ドスッ、数人が床に倒れる音が響く。
倒れた者を小型ライトで確認すると、単なる山賊のようだ。
レヴィンは眉ひとつ動かさず、淡々と言った。
「……山賊か。少し期待外れだな。」
その間も、宙に浮かされたままのフェルナンドが微かに震えている。
まだ隠れているな……
「そこにいるやつ、全員出てこい……」
さっきまでのレヴィンとは別人のような、冷たく鋭い迫力を帯びた声に、薄暗い小屋の隅から複数の者の戸惑いの吐息が漏れる。
「俺の時間を無駄にするな。」
その言葉に、隠れていた者たちの足が微かに震え、武器の握りも揺れる。
レヴィンはその隙を見逃さず、片手を軽く前に出すだけで、一歩踏み出した者を壁に叩きつける。
「次は容赦しない。」
その圧倒的な威圧に、山賊たちは互いに目を合わせ、迷いの色を濃くしていた。
レヴィンは冷静に、しかしまるで獲物を狙う鷹のような眼差しで、全員の動きを見極めている。
小屋全体に、静かで重い緊張が張りつめていた。
レヴィンは壁を殴りつける!!!
ドオン....!!
小屋の壁が大きく崩れ、木くずが舞い上がる。
煙と埃の向こうに視界が開け、そこに立っていたのは、怯え切った山賊たちと、明らかに異質な空気を纏った人物――箱をしっかり抱え、動じることなくレヴィンを見据えていた。
「…お前か...」
レヴィンの声は冷たく、しかし静かな怒りを含んでいた。
異能者の目が一瞬光を帯びる。箱の中の宝石が微かに反射してきらめき、周囲の空気をわずかに歪ませる。
レヴィンはゆっくりと前に踏み出し、眉ひとつ動かさず異能者を挑発する。
「箱を置け。さもなくば、ここで全て終わらせる。」
異能者らしき人物の笑い声が、ホコリにまみれてこだまする。
「ひひ…ふふ…」
「…?」
その不気味な笑みに、一瞬だけ後ずさる動きを見せるレヴィン。
宙に浮かされていたフェルナンドは、ようやく床に下ろされ尻もちをついた。
ハリス「大丈夫ですか!?」
フェルナンド「いつつ...何とか」
腰を打ったようだが大事には至らなそうだ...。
ハリスはすぐさま彼を抱き起こし、守るように立つ。
「おい…金と宝石の交換じゃないのか? なぜこの人に危害を加えようとした…」
レヴィンの声は冷静だが、内に潜む警戒がにじむ。
異能者はゆっくりと箱を抱えたまま、薄笑いを浮かべる。
「要望通り…暗黒騎士を連れて来てくれたんだなあ…?」
ハリスはフェルナンドの顔を見つめ、眉をひそめた。
「フェルナンド…お前、まさか…もう金をもらって…?」
フェルナンドは目を見開き、震える声で答える。
「し…知らない…まさか…お前…」
付き人は気まずそうに俯き、声を震わせる。
「申し訳ありません…フェルナンド様のためを思って…」
フェルナンドの顔に怒りと困惑が交錯する。
「貴様…」
その瞬間、ハリスは自分の心の中で冷静に反省した。
――フェルナンドの思考を読んでも、何も出てこなかった。
暗躍していたのは付き人の方だったんだ!!
「僕は…馬鹿だ…付き人の方も読むべきだった…!ごめん....レン...!」
ハリスは深く息を吸い、状況を瞬時に理解した。
――あいつの目的は、暗黒騎士をおびき寄せることだけだったんだ…!
小屋の空気が一瞬にして張り詰める。
覆っていた煙と埃が沈みこみ...異能者の姿が薄らと浮かび上がる。
不気味な笑みを浮かべ、空気ごと周囲をねじ曲げるかのような異質な気配。
レヴィンは静かに一歩前に踏み出す。呼吸ひとつ変えず、全身に張り詰めた緊張をまとい、まるで獲物を狙う鷹のように、相手の動きを見据える。
「……そんなのどうでもいい、かかってこいよ」
その声に、異能者がより一層口元を歪ませた。
辺りの空気がさらに張り詰める――。




