英雄の技
異能者は、レヴィンを相手にたじろいだ。
辺りの空気を震わせるほどの圧が、彼の前に立ちはだかっている。
「や…やれ!! お前らがまずいけ!!」
異能者の声が叫ばれるが、命じられた山賊たちは完全に気圧され、体が言うことを聞かない。
ひとり、またひとりと、武器を握る手が震え、足がすくむ。
異能者は苛立ちを見せるが、山賊たちは動かず、ただ圧倒されるのみだった。
「暗黒騎士…」
フェルナンドは思わず小さく声を漏らす。
ハリスも目を見開く。
「え…?」
フェルナンドは続けた。
「いや、まさに……戦う立場に立った時の迫力が、暗黒騎士のようだな、と……」
ハリスは唇を引き結び、改めてレヴィンを見つめる。
目の前の男の強さ、気迫、揺るがぬ冷静さ――すべてが、名前を超えた“伝説”の存在感を放っていた。
「……暗黒騎士、か。」
小さく呟き、ハリスの心に微かな震えが走る。
普段はにこやかで、どこか飄々としていて――笑顔を絶やさず、周囲を和ませる人物。
だが今、戦闘の気配を纏ったその姿はまるで別人だった。
筋肉の緊張、鋭く研ぎ澄まされた視線、そして一瞬も揺るがない佇まい。
普段の柔らかさは影も形もなく、空気ごと押しつぶすかのような迫力で周囲を支配している。
ハリスの心の奥で、小さな震えが再び広がった。
戦場や危機の前では、表情も態度も一変し、まるで空気ごと掌握するかのような圧力――
その姿を目にした者は、自然と「暗黒騎士」と称えずにはいられない。
ハリスも思わず息を呑む。
普段の柔らかさと、戦いの凄まじい迫力――その両方を併せ持つ人物は、そうはいない。
「だから……暗黒騎士と言われるんだ……」
その言葉は、心の奥で静かに、しかし確かに震えとなって響いた。
異能者「ええい!! 役立たず共め!!」
異能者の力で、山賊たちが宙に浮かんだ。
「うわああっ!?」
山賊たちは声を上げ、必死に抵抗しようとするが、体は意図せず異能者の思い通りに動く。
ハリス「……あいつ、人を人形のように操る力だったのか…!!」
そのまま、山賊たちは操り人形のようにレヴィンに向かって投げつけられた。
しかしレヴィンは軽く受け止め、地面にそっと置くだけ。
腕の力強さと、まったく動じない余裕――
「……っ!!」
異能者が不気味に笑う。その笑みの奥に、得意げな狂気が光っていた。
「暗黒騎士ーーー!! このために俺は貴様をおびき寄せたのだあああ!!!」
異能者の両手が宙をかき回す。空気がねじれ、周囲の埃が舞う。
レヴィン「!!!」
ふわり、と体が宙に浮いた。まるで糸に吊るされた人形のように、体が勝手に動く。
異能者「ふはは…!! 暗黒騎士を我が手中にするために!!!」
ハリス「くっ…あいつ、レンを自分の手足にするつもりだ…!!」
レヴィン「うわ…!」
体が勝手に動く。手が剣を握り、意志とは逆に前に踏み出す。
筋肉は思うように動かず、頭では止めたいのに体だけが前に進む。
異能者「ふひ…これでもう貴様は私の手となり足となるのだ…!!」
空気が歪み、周囲の埃や小石がふわりと舞う。
レヴィンの剣はまるで操り人形のようにぎこちなく振られる。
フェルナンド「そん…な…!!」
胸の奥がひりつく。信じられない――いや、信じたくない。
付き人「フェルナンド様…! お逃げ下さい…!!」
肩を震わせ、必死にフェルナンドの袖を握る。涙が頬を伝う。
フェルナンド「何を言っている!! そんなこと出来るわけないだろう!!」
目の前で、友も味方も、そして暗黒騎士さえも、異能者の力に翻弄される現実。
付き人「フェルナンド様…こんな愚かな私のために…」
声は震え、涙で言葉が途切れる。
フェルナンド「…後でゆっくり話をしよう。」
その言葉に付き人はかすかに頷き、手の震えを必死に押さえた。
付き人「はい…! フェルナンド様…」
フェルナンド「ハリス様…! いかがなさいますか!?」
ハリス「え…?」
フェルナンド「加勢なさらないのですか…!?」
ハリスは静かに目を細める。
「大丈夫ですよ…彼は“厄災のアグニ”と謳われた、あの巨大な力を封じた英雄ですから…」
その瞬間、フェルナンドの胸に冷たい記憶がよみがえる。
あの悪夢――破滅の炎を振るう“厄災のアグニ”。
街を焼き尽くす怪物の姿。人々の絶望の叫び。
そして、その悪魔をたった一人の青年が封じ、悪夢は終わったのだ…
フェルナンド「あ……」
言葉が喉を通らない。
今、目の前で翻弄されるレヴィンも、かつての伝説の英雄の力の片鱗を持つ者だという事実が、胸の奥にずしりと重くのしかかる。
レヴィンの体が淡く光に包まれる。
暗黒騎士――その名に反して、光がその体を覆う瞬間、世界の空気が張り詰めた。
光は静かに揺らめき、異能者の力を包み込む。
異能者「なっ…!?」
その瞬間、異能者の力はぱっと消え去った。
宙に浮いていた体も、重力に従うようにゆっくりと落ち着きを取り戻す。
レヴィンの目が鋭く光る。
「……終わりだ。」
体から光が消えると同時に、暗黒騎士の冷静な意志が戻った。
ぎこちなかった剣の動きは滑らかになり、異能者へとまっすぐ振り下ろされる。
異能者「うわああああっ!!」
抗おうとするが、力はすでに封じられている。
当てにしていた山賊たちも、レヴィンの姿を目の当たりにして戦意を失い、恐怖で立ちすくむ。
空気は重く張り詰め、もはや異能者だけが孤立している。
異能者の背筋が凍りつく。
その瞳に映るのは、これまで味わったことのない圧倒的な「恐怖」。
そして――底知れぬ力を前に、呆然と立ち尽くすしかない絶望だった。
レヴィンの剣が抜かれる。
金属音とともに、刃が怪しく光を帯びた。
「ひ、ひええええ!?」
刃先が、ゆっくりと眼前に迫る――。
レヴィン「お前はもう、許さない……」
異能者「お許しをおおお!!」
なりふり構わず地に膝をつき、叫ぶように謝り倒す。
――暗黒騎士を利用しようとした俺が、馬鹿だった……!
――殺される……!
異能者は理解した。
目の前にいるのは、操れる力などではない。
厄災を封じ、光をもって裁く存在――
死を与える側の者だと。
死を覚悟した異能者は、ただ震えることしかできなかった……。
レヴィン「うっそー☆ お前はアルデラ王国に突き出す!!」
「へ…?」
命乞いをしていた、情けない顔の異能者は拍子抜けしたように目を丸くした。
レヴィンは剣を鞘に収め、捕獲用の縄を取り出す。
手際はぎこちなく、指先をモタモタさせながらも、異能者の体をぐるっと囲んだ。
さっきまでの威圧感はどこへやら――
堂々たる暗黒騎士は、今やどこか不器用で、むしろ人間味あふれる雰囲気を漂わせている。
異能者「ちょ、ちょっと待て…!?」
抵抗も虚しく、縄の中で体を動かすことしかできなかった。
レヴィンは軽く首をかしげながら、縄の位置を微調整する。
「……よし、これで完璧かな!!」
異能者「ぐえっ!?」
ぐちゃぐちゃに巻かれた縄が、異能者を窮屈に締め付ける。
その光景に、山賊たちもフェルナンドも付き人も、呆れと恐怖が入り混じった視線を送るしかなかった。
さっきまでの緊迫と威圧感はどこへやら――不器用だけど圧倒的な力を持つ暗黒騎士の姿に、誰もが言葉を失った。




