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「天才」 第三部 背反  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第9章

 

 困難を伴って企てられ、危険をはらんだ、一連の逢瀬がこの後続いた。これは、ユージンの心の平穏と、最近身につけた彼の倫理観と仕事の責任感と、最近彼の大きな力になっていた編集・出版業界一筋だった目的意識と関心には有害だった。しかしこの逢瀬は、彼がやっていたこのすべての微妙なことと愚行に対して千倍は報われたと思えるほど、ユージンにとって強烈な至福に満ちていた。ユージンがハイヤーで氷室に来ることもあれば、スザンヌが会社宛ての電話か手紙で町に泊まりに来る日時を知らせることもあった。誰にも出会わないと確信した午後は、車で彼女を〈ブルーシー〉に連れて行った。ユージンはスザンヌに、不測の事態に対応できるような厚手のべールを持ってくるよう説得した。また別の時は……表向きはウィトラ夫人のお見舞いだが、本当はもちろんユージンに会うために、スザンヌがリバーサイドドライブのアパートに実際に何度かやって来た。スザンヌはアンジェラを嫌いではなかったが、本当はあまり気にしなかった。ユージン向きの幸せな伴侶ではなかったかもしれないが、興味深い女性だと考えた。ユージンはスザンヌに、自分は不幸であるというよりも愛情が冷めたんだと言っていた。ユージンは今、スザンヌを愛していた。そして彼女のことしか愛していなかった。

 

 この関係がどうなるかという問題は、ユージンが何も知らずにいた極めて重要な別の問題のせいで複雑になった。アンジェラは、仕事面では絶大な喜びと満足を感じ、社交と感情面では不安と不信を抱いてユージンの活躍を見守ってきたが、ついに、ユージンと自分の子供という不確かな結果に賭けよう、彼に生活の安定につながる何かを与えて責任を自覚させ、社交の楽しみと若い美の誘惑以外の何かを与えようと決心した。フィラデルフィアでサニフォア夫人と主治医がしてくれた忠告を忘れたことがなく、子供がいたらどんな影響がありそうかについて考えることを、これまでやめたことがなかった。ユージンには自分を安定させるこういうものが必要だった。世の中での彼の立場はあまりにも脆弱であり、気質はあまりにも移り気だった。子供はユージンを落ち着かせるだろう……アンジェラは小さな女の子がほしかった。ユージンはいつだって小さな女の子が好きだったからだ。もし今、小さな女の子がいてくれたら! 

 

 病気になる約二か月前、ユージンがアンジェラにまったく気づかれずにスザンヌに熱を上げていた頃、アンジェラはかつての警戒をゆるめた、もしくはむしろ捨てていた。そして最近になって、不安が、希望が、もしくはその両方が、現実のものになるのではないかと疑い始めていた。その後の病状とそれによる心臓への影響のせいで、彼女は今、あまり幸せではなかった。当然のことながら、その結果と、それをユージンがどう受け止めるかについてはあまり自信がなかった。ユージンは子供が欲しいと言ったことは一度もなかったが、アンジェラは絶対確実にしたかったので、今までのところ彼に伝える考えは全然なかった。もしアンジェラの疑いが正しくなくて、うまくいけば、ユージンは彼女にその将来を思いとどまらせようとするだろう。もし正しければ、彼はどうすることもできなかった。この状態にあるすべての女性のように、アンジェラは同情や配慮を求め始め、ユージンの心が彼女とあまり関係のない世界へ向かっていくのを一段と鋭く気づき始めていた。デイル夫人は娘のことをちゃんと考えているように見えたから、アンジェラはあまり悩まなかったが、ユージンがスザンヌに寄せる関心はアンジェラを少し戸惑わせていた。時代は変化していた。ユージンは一人で外出することが多くなっていた。子供はかすがいになるだろう。そろそろいてもいい時期だった。

 

 アンジェラは、スザンヌが母親と一緒に来始めたときは、これについて何も考えなかったが、病気療養中にスザンヌが立ち寄って、ユージンが居合わせることが何度かあったときに、この二人の間なら何かが簡単に芽生えるかもしれないと感じた。スザンヌはとても魅力的だった。一度、アンジェラが考え事をしながら横になっていたときに、スザンヌがしばらく部屋を離れてアトリエに入っていった後で、ユージンがスザンヌと一緒になって冗談を言い、大笑いしているのを聞いたことがあった。スザンヌの笑い声というか喉をゴロゴロ鳴らす笑い方は、まわりにも伝染しやすかった。ユージンが彼女を笑わせるのもとても簡単だった。ユージンの冗談のタイプは、彼女の楽しみの本質を突いていたからだ。二人が取り続けた態度には、はしゃぐでは済まない何かがあるようにアンジェラには思えた。スザンヌが来るたびに、ユージンは家まで車で送ろうと申し出た。これはアンジェラを考えさせた。

 

 アンジェラがリウマチの発作から立ち直って十分元気になると、すてきな歌のレパートリーを持つ有名なテノール歌手を、ユージンが自宅に招いて歌ってもらう機会があった。彼はウィンフィールドが関わっていたブルックリンの社交行事でその歌手に出会った。多くの人が招待された……その中にはデイル夫人、スザンヌ、キンロイもいたがデイル夫人は来られなかった。翌日の日曜日の午前中に市内で約束があったので、スザンヌはウィトラ家に泊まることに決めた。これはユージンを大喜びさせた。スケッチブックを買って、記憶を頼りにして描いたスザンヌの絵で、それをいっぱいにし始めていたので、彼はそれを見せたかった。それに、この歌手の美しい歌声を聞かせたかった。

 

 この集まりは面白かった。キンロイは早めにスザンヌを連れてきて立ち去った。スザンヌがアンジェラに挨拶を終えてから、ユージンとスザンヌは川を見下しながら小さな石造りのバルコニーに出て腰を下ろし、愛する思いを交換した。誰も見ていないと、ユージンは決まってスザンヌの手を握って、こっそりキスをした。しばらくすると客が集まり始めて、最後に歌手本人が現れた。ベテランの看護婦がユージンの助けを借りてアンジェラを前に連れ出すと、アンジェラはうっとりと歌に聞き入った。スザンヌとユージンは、そのうちの何曲かのすばらしさに心を奪われ、愛だけが理解できるあの燃えるような視線を交わして互いに見つめ合った。ユージンにとってスザンヌの顔は、催眠効果を持つ完璧な花だった。一瞬でもスザンヌから目を離せなかった。歌手が歌い終わって客は帰った。アンジェラは最後に歌われた『魔王』のすばらしさに泣きっぱなしだった。やがて自分の部屋にさがり、スザンヌも表向きは自分の部屋に向かった。ウィトラ夫人に就寝の挨拶をしに出て来て、それからアトリエを通って再び自分の部屋に戻った。そこでユージンが待っていた。無言でキスをしながらスザンヌを抱きしめた。二人は平凡な会話を始める体裁をつくろった。ユージンは石造りのバルコニーに座って最後のひとときを過ごそうと誘った。川にかかった月がとても美しかった。

 

「やめて!」夜陰にまぎれてユージンが抱きしめると、スザンヌは言った。「奥さんが来るかもしれないわ」

 

「来ないよ」ユージンは必死に言った。

 

 二人で耳を澄ませたが、物音一つしなかった。ユージンは話をするためにくつろいだふりを始め、その一方で彼女の素肌のかわいらしい腕をなでた。スザンヌの美しさと、夜のすばらしさと、音楽の魅力のせいで正気を失い、いつもの自分ではなくなっていた。スザンヌが抵抗したにもかかわらず、ユージンは彼女を抱き寄せた。すると部屋の反対側のドアがあるところに、突然アンジェラが現れた。彼女が見たものは隠しようがなかった。スザンヌが慌てて立ち上がったときにはもうアンジェラは急速に迫っていた。心臓が苦しくなるほどの怒りに駆られ、自分の置かれた状況を必死で考え、この空気に何か恐ろしい危機的なものを感じたが、まだ病が癒えていなかったので、思い切って大見得を切ることも、存分に自分の立場を表明することもできなかった。今再び、全世界が崩れ落ちる音が聞こえた気がした。計画を立て、散々疑ってもいたのに、まさかユージンがまた裏切るとはすぐには信じられなかった。もし可能であるなら彼を驚かすつもりで来たものの、まさかこうなるとは予期していなかったし、こうならないことを期待していた。ここに彼の策略の犠牲者のこの美しい少女がいた。ここで彼女は自ら立案したものによって巻き込まれた。一方で、恥じ入ったと思われるユージンはこの馬鹿げた密通が芽のうちに摘まれるのを覚悟して傍観した。できればアンジェラはスザンヌに自分の姿をさらすつもりはなかった。しかし、自分に対する悲しみ、夫を恥じる気持ち、ある意味でのスザンヌへの同情、子供にとってはとても重要でもこれだけのことがあった今は、彼女にとって完全に無意味になった体裁の外側だけでも保ちたい願望が、彼女を昔の怒りでいっぱいにし、それでいてその気持ちを抑え込んだ。六年前なら面と向かってユージンに怒鳴り散らしていたところだが、時の流れがアンジェラのこういう面を丸くしていた。罵詈雑言を浴びせることに効果を見出せなかった。

 

「スザンヌ」西空の月明かりに今も照らされている部屋の、()されたような薄暗がりの中に突っ立ったまま、アンジェラは言った。「よくもこんなまねができたわね! あなたはもっとずっとまともなんだと思っていたわ」

 

 顔は長い闘病生活と現状への憂いとでやつれていたが、その精神的態度は依然として美しかった。とても薄いレースの淡い黄色と白の花柄の部屋着をまとい、看護婦に編んでもらった長い髪が、数年前ユージンに見せたグレチェンのように背中に垂れ下がっていた。手は細くて青白いが美しく、顔は悲しみの聖母の疲れ果てた苦悶を浮かべてゆがんでいた。

 

「だって、だって」スザンヌは一瞬、持ち前の上品な落ち着きをひどく失ったが、頭は高圧的な考え方を忘れず、叫んだ。「彼を愛しているんですもの。だからだわ、ウィトラさん」

 

「いいえ、あなたは愛してなんかいないわ! あなたはただ愛していると思ってるだけよ。あなたの前にいた大勢の女たちがそうだったようにね、スザンヌ」アンジェラは冷ややかに言った。これから生まれてくる子供のことをずっと考えていた。もしもっと早くユージンに話してさえいたら!「ああ、恥ずかしいたらないわね、自分の家で、しかもあなたのような若くて純真と思われているお嬢さんが! 今、私があなたのお母さんに電話してお話ししたら、お母さんはどう思うかしら? それとも弟さんの方がいいかしら? あなたは相手が既婚者であることを知っていたのよ。もしそうでなかったのなら、もしあなたが私を知らなくて私のもてなしを受けたことがなかったのなら、私はあなたを許したかもしれないわ。ユージンはね、私が話しても無駄なのよ。あの人は昔からそうなの、スザンヌ。あなたの前にも他の女たちとこういうことをしてきたんだから。どうせあなたの後だって他の女たちと同じことをするわよ。これって、いわゆる才能ある男性と結婚したために、私が背負わなければならなくなったことの一つなの。ユージンを愛してますって私に話す時に、自分が何か新しいことを話してるって思っちゃ駄目よ、スザンヌ。私はその話を前にも他の女たちから聞いたことがあるんだから。あなたが初めてじゃないのよ。どうせ最後でもないでしょうけど」

 

 スザンヌは、これがすべて本当かどうかを問いただすように、ぼんやりと、なすすべもなく、ユージンを見た。

 

 ユージンはアンジェラの切りつけるような非難を受けて緊張したが、どうしたらいいのか、最初は全然わからなかった。ユージンは一瞬、スザンヌを捨てて、彼には退屈に思えたかもしれない昔の状態に戻るべきではないかと考えたが、スザンヌのかわいい顔を見て、アンジェラの切りつけるような声を聞いて、すぐに決断した。「アンジェラ」ユージンは落ち着きを取り戻しながら切り出した。その間スザンヌは彼をじっと見つめた。「どうしてそういう話し方をするんだい? 自分の言うことが本当でないことはわかってるはずだ。他にもひとり女がいた。彼女のことはスザンヌに話すつもりだ。きみと結婚する前に何人かいた。その話もするよ。でも僕の人生は抜け殻なんだ。きみも知ってるだろ。このアパートだって抜け殻さ。こんなものは僕にとって何の意味もない。僕たちの間に愛はなかった、僕の方になかったのは確かだ、何年もね。きみはそれを知っている。現に時々きみだって僕のことなんか大事じゃないって言ったじゃないか。僕はこのお嬢さんをだましたことはない。今から喜んで彼女に事情を説明するよ」

 

「事情! 事情でって!」アンジェラは一瞬で燃え上がり我を忘れて叫んだ。「あなたのような優秀で誠実な夫が私に何をしたのかをスザンヌに話してあげたら? 祭壇で私に誓った約束をあなたがどれくらい誠実に守ったかをスザンヌに話してあげたら? これまでの数年間で私がどれだけあなたのために働いて犠牲になってきたかをスザンヌに話してあげたら? こんな目に遭わされただけで、私はどう報われたのかしら? あなたがお気の毒だわ、スザンヌ、他の何よりもね」今ここでユージンに自分の体の状態について話すべきか迷ったが、彼がこれを信じない恐れがあったので、アンジェラは続けた。まるでメロドラマのようだった。「あなたはその道の達人にだまされたただの愚かな小娘なのよ。そういう男って、少しの間は自分が相手を愛してるって思うけど本当は愛していないのよ。どうせ終わりにしちゃうんだから。こんなことをして何を手に入れるつもりなのか率直に話してくれない? 彼とは結婚できないのよ。私が離婚を認めませんから。彼もいずれわかるけど、私にはできないの。それに離婚を勝ち取るだけの理由が彼にはないわ。あなたは彼の愛人になるつもりなの? それ以外のものになる希望は全く持てないわよ。それってあなたの立場のお嬢さんにふさわしい立派な野心ではないんじゃない? それに、あなたは貞淑であるはずでしょ! ああ、もしあなたがそうでないのなら、私はあなたを恥ずかしく思うわ! あなたのお母さんに申し訳ないわ。私はね、あなたがあまりにも自分を安売りすると思って驚いているのよ」

 

 スザンヌは「私にはできないの」という言葉を聞いていたが、実はそれをどう解釈すればいいかを知らなかった。まさかここで子供が出て来て問題を複雑化するとは思いつきもしなかった。ユージンは、自分が不幸であることと、アンジェラとの間には何もなく、これからも絶対にあり得ないことをスザンヌに語っていた。

 

「でも私は彼を愛しているんです、ウィトラさん」スザンヌは簡単に、かなり大げさに言った。スザンヌは緊張して、姿勢はまっすぐで、青ざめていて、断然美しかった。いきなり肩にのしかかったのは、大きな問題だった。

 

「たわごとはおよしなさい、スザンヌ!」アンジェラは怒って必死に言った。「自分をあざむいて、馬鹿げた意地を張り続けるもんじゃないわ。あなたは今、演技をしているのよ。芝居で役者が話すのを見たことがあるでしょ、あなたは自分の役回りの台詞を話しているのよ。これは私の夫なの。あなたは私の家にいるの。さあ、荷物を持ってきて。私があなたのお母さんに電話して、事情を説明するわ。お母さんが迎えの車をよこしてくれるわよ」

 

「やめてください」スザンヌは言った。「それはできないわ! あなたが母に言いつけたら、私はあそこへは戻れないもの。自分の問題を自分で片付けられるようになるまで、社会に出て何かしなくちゃならないわ。もう家には戻れない。ああ、私はどうすればいいかしら?」

 

「落ち着いて、スザンヌ」ユージンは彼女の手を取って、挑むようにアンジェラを見ながらきっぱりと言い切った。「彼女はきみのお母さんに電話したりしないし、お母さんに言いつけたりもしないよ。きみは予定通りここに泊まって、明日、行くつもりだった所へ行けばいいんだ」

 

「だめよ、そうはいかないわ!」アンジェラは電話に向かって歩き出しながら怒って言った。「この()は家に帰るのよ。私が母親に電話をします」

 

 スザンヌはピリピリして落ち着かなかった。ユージンはスザンヌを安心させるために自分の手を彼女に握らせた。

 

「おい、よさないか」ユージンはきっぱりと言った。「彼女は帰らないし、きみがその電話に手を触れることはない。そんなことをすれば、大騒ぎになるんだぞ。それもあっという間にだ」

 

 ユージンはアンジェラと電話の受話器の間に割り込んだ。受話器はアトリエの外側の廊下にかかっていて、アンジェラはそこに向かっていた。

 

 アンジェラはユージンの声の不吉な響きと、彼の態度の覚悟のほどに気圧されて立ち止まった。彼が自分を押しのけたときの乱暴な態度に驚いて慄然とした。自分の夫であるはずのユージンがスザンヌの手を握って、落ち着くように頼み込んでいた。

 

「ああ、ユージン」 アンジェラは必死に訴えた。怯え、おののき、怒りは半分恐怖に溶け込んだ。「あなたは自分が何をしているのかわかっていないのよ! スザンヌは知らないのよ。知ればあなたと関わりたくなくなるわ。若くても、女性の自覚は多分に持ち合わせているでしょうから」

 

「一体何の話をしているんだ?」ユージンは懸命に問いただした。アンジェラが何を言おうとしているのかさっぱりわからなかった。これっぽっちの疑いも抱かなかった。「何の話をしてるんだい?」ユージンは厳しく繰り返した。

 

「あなただけに一言だけ言わせて。ここでは、スザンヌの前ではだめなの。一言でいいわ。そうすればおそらくあなたは今夜スザンヌを家に帰らせる気になるわ」

 

 アンジェラのこの態度は変だった、少し悪い予感がした。自分の強みを正しい精神で正しく使っていなかった。

 

「何だっていうんだ?」ユージンは何かの罠を予期しながら不機嫌に尋ねた。自分を縛る鎖にずっと苦められてきたので、また何か継ぎ足されるのかと思うと、やたらといらいらした。「どうしてここでは話せないんだ? どう違うっていうんだい?」

 

「世界のすべてを変えてしまうからよ。あなただけに話をさせて」

 

 スザンヌは、一体何だろうと思いながら歩き去った。アンジェラが話さなくてはならないこととは何だろうと考えていた。アンジェラの態度からは必ずしも彼女が抱える重大な秘密を思いつかなかった。スザンヌがいってしまうとアンジェラはユージンにささやいた。

 

「そんなのは嘘だ!」ユージンは力強く、投げやりに、絶望して言った。「どうせその場しのぎのでっち上げだろ。いかにもきみの言いそうなことだし、やりそうなことだ! ふん! 僕は信じないぞ。そんなのは嘘だ! 嘘にきまってる! 嘘だと自分でわかってるはずだ!」

 

「これは本当のことよ!」アンジェラは怒り、哀れを誘うように言った。この事実の受けとめられ方に、彼女の全神経と思考は憤慨した。そして、生まれてくる彼の子供の発表が、最後の手段として無理やり言わされて、ただ嘲りと軽蔑とで受けとめられるだけという状況下で、このような態度で、受けとめられねばならないのか、と思い絶望した。「本当のことなんだから。あなたは私に向かってそんなことを言うのを恥じるべきだわ。あなたが今夜したように、自宅に別の女性を連れ込む男性から、私は一体何を期待できるのかしら?」まさか突然こんな状況に追い込まれようとは! ここでユージンとこれを議論することはできなかった。アンジェラはこのタイミングでこれを持ち出したことを今では恥じていた。いずれにせよ、今、ユージンは彼女を信じるつもりがないことをアンジェラは理解した。これはただ彼と彼女を怒らせただけだった。ユージンは興奮しすぎていた。これはユージンを怒らせたようだった……頭の中で彼女を、ペテン師、いかさま師、彼をつなぎとめるためにずるいやり方を使う人、と非難しているようだった。ユージンはうとましくなってアンジェラから飛び退くように離れた。アンジェラは自分がひどい一撃を与えたことに気がついた。どうやらそこにはユージンにとって何か不公平な要素があったようだった。

 

「これを聞いてもなお、彼女を追い払おうという気遣いは、あなたにはないの?」アンジェラは、大声で、怒って、必死に、辛辣に、訴えた。

 

 ユージンは完全に怒り狂っていた。もし彼が徹底的にアンジェラを忌み嫌い軽蔑したことがあったとしたら、まさにこの瞬間がそうだった。まさかアンジェラがこんなことをしていたとは! まさかこんなことまでして、うとましかったこの問題をややこしくしていたとは! どこまで情けなくて、どこまで卑劣なのだろう! 子供のためではなく、彼の意志に反して彼をつなぎとめるために、子供をこの世に生みだすことが、この女の了見を示した。ちくしょう! くたばるがいい! この面倒くさい腐った世の中め! いや、彼女が嘘をついているのだ。そんなことをしたって相手をつなぎとめることはできないのに。ひどい、最低の、卑劣な策略だ。彼はアンジェラと関わらないつもりだった。思い知らせてやろう。彼女と別れよう。こんなことをしたって自分には通用しないことをわからせてやろう。これは彼女がこれまでにしてきた他のつまらないことと同じだった。絶対に、絶対に、絶対に、こんな邪魔をさせるつもりはなかった。ああ、何て卑劣で、残酷で、みじめなことをするのだろう! 

 

 二人が言い争いをしているうちにスザンヌが戻って来た。彼女は一体何があったのかを薄々気づいたものの、あえて行動したり、はっきり考えようとはしなかった。今夜の出来事はあまりにも多くて、あまりにも複雑だった。それが何であろうと嘘だとユージンが力強く言ったので、スザンヌは信じかけた。これは、彼とアンジェラの間に存在する愛情が小さいことを示す確かな印だった。アンジェラは泣いていなかった。顔は険しく、蒼白で、ひきつっていた。

 

「私はここにはいられないわ」スザンヌは大げさにユージンに言った。「どこかへ行くわ。今夜は私、ホテルに泊まった方がいいわよ。車を呼んでくれる?」

 

「いいかい、スザンヌ」ユージンは力強く、きっぱりと言った。「きみは僕のことを愛してるよね?」

 

「わかってることでしょ」スザンヌは答えた。

 

 アンジェラはあざ笑うように身じろぎした。

 

「それなら、きみはここにいればいい。彼女が何を言っても、何も気にしないでほしい。今夜、僕に嘘をついたんだ。理由はわかっている。彼女にだまされないようにね。さあ、自分の部屋のベッドに行くんだ。明日話をしたい。今夜、出ていく必要はないからね。ここには部屋がたくさんあるんだ。馬鹿げている。きみはここにいなさい……泊まればいいんだ」

 

「でも、泊まるのはよくないと思います」スザンヌは神経質に言った。

 

 ユージンはスザンヌの手をとって安心させた。

 

「僕の言うとおりにしなさい」

 

「でも、彼女が泊まることはないわ」アンジェラは言った。

 

「泊まるさ」ユージンは言った。「泊まらないなら、僕と一緒に行くまでだ。僕が家まで送り届ける」

 

「ねえ、あなたがすることじゃないでしょ!」アンジェラは応酬した。

 

「いいか」ユージンは怒って言った。「これは六年前のようにはいかないぞ、今回はな。この状況を支配するのは僕なんだ。彼女はここに泊まる。ここに泊まるか、それとも僕と一緒に行くかだ。きみはせいぜい頑張って将来に目を向けるといい。僕は彼女を愛している。彼女をあきらめるつもりはない。事を荒立てたいのなら、さっさと始めたまえ。困るのはきみなんだ、僕じゃない」

 

「まあ!」アンジェラは半分怯えて言った。「何ですって?」

 

「それだけだ。さあ、自分の部屋に行くんだ。スザンヌも自分の部屋に行くんだ。僕も自分の部屋に行くよ。今夜はここでこれ以上争わない。もうおしまいだよ。賽は投げられたんだ。僕の話は終わりだ。スザンヌがそうしたければ、僕のところへ来るさ」

 

 アンジェラはアトリエを抜けて部屋まで歩いた。事態の展開に打ちのめされ、頭の中の考えに怯え、ユージンを説得することもスザンヌを退けることもできず、喉は熱くカラカラで、手は震え、心臓は不規則な鼓動を刻んだ。まるで脳が爆発し、心臓が感情的にではなく実際に裂けそうな感じだった。アンジェラはユージンが狂ったのだと思った。そして今、結婚生活で初めて、いつも彼を操ろうとすることで、自分がどれほどひどい間違いをしていたかを悟った。今夜は彼女の怒りも、横暴な批判的態度も効果がなかった。これはアンジェラに完全な敗北をもたらした。この企ても、この美しい計画も、幸せな人生のためにあれほど頼りにしていたこの切り札も、効果を発揮すると期待したこの子供も、失敗に終わった。ユージンは彼女を信じなかった。この可能性を認めようとさえしないだろう。これをねぎらいもしなかった。それどころか軽蔑した! これを策略だと見なした。ああ、これを言い出すはめになってしまったとは、何と不幸なことだろう! しかし、スザンヌは理解しているに違いない。知っているに違いない。彼女はこんなことを絶対に認めないだろう。しかし、ユージンはどうするつもりだろう? ユージンは猛然と怒り狂った。これから子供をこの世に送り出そうというのに、何と幸先がいいのだろう! アンジェラは必死に前を見つめた末にとうとう絶望して泣き始めた。

 

 アンジェラが立ち去った後、ユージンは廊下でスザンヌのそばに立っていた。顔が引きつり、目はやつれ、髪は乱れていた。表情は険しく、彼なりに腹をくくり、これまでになく頼もしく見えた。

 

「スザンヌ」ユージンはスザンヌの両腕をつかんで、目をじっと見つめながら言った。「彼女は僕に嘘をついたんだ。嘘なんだ、冷酷で卑劣なひどい嘘だよ。じきにきみにもこの話をするよ。僕の子供ができたって言うんだ。そんなことないのに。彼女は産めないんだ。そんなことをしたら死んじゃうんだから。子供を産めるのなら、とっくの昔に産んでいただろうよ。僕は彼女を知っている。これで僕を脅そうと思ってるんだ。きみを追い払おうとも思ってるよ。そうなるかな? あれは嘘なんだ、聞いてる? 彼女が何を言ってもね。話は嘘で、彼女はそれを知ってるんだよ。まったく!」ユージンはスザンヌの左腕を放して自分の首をつまんだ。「僕はこんなことには耐えられない。きみは僕を見捨てないよね。彼女を信じることはないよね?」

 

 スザンヌはユージンの取り乱した顔と、きれいな必死の真剣な目をじっと見つめた。そこに深い悲しみと苦悩を見て、同情した。ユージンは愛される価値が立派にあるのに、不幸で、不運にも追い詰められているように見えた。しかしスザンヌは怖かった。それなのに、ユージンを愛することを約束してしまった。

 

「信じません」彼女はきっぱりと言った。目は大層な自信を物語っていた。

 

「今夜出ていかないよね?」

 

「はい」

 

 スザンヌは手でユージンの頬をなでた。

 

「朝になったら一緒に歩いてこようか? 僕はきみと話をしないといけないんだ」

 

「はい」

 

「怖がることはない。怖ければ、ドアに鍵をかければいい。アンジェラはきみを困らせたりしないよ。何もしやしない。僕のことを恐れているからね。きみと話をしたがるかもしれないが、僕が付いてる。まだ僕のことを愛してるかい?」

 

「はい」

 

「準備が整ったら、僕のところに来てくれるかい?」

 

「はい」

 

「アンジェラがあんなことを言ったのにかい?」

 

「はい、私は彼女を信じません。あなたを信じます。いずれにしても、それにどんな違いがあるんですか? あなたは彼女を愛していないんでしょ」

 

「ああ」ユージンは言った。「全然だ、全然! 一度も愛したことはないよ」ユージンは、だるそうに、ほっとしたように、スザンヌを腕に引き寄せた。「ああ、フラワーフェイス」ユージンは言った。「僕を見捨てないでくれ! 悲しんじゃだめだ。とにかく悲しくないようにするんだ。アンジェラの言うように、僕は悪いことをしてきたけど、きみを愛してるんだ。きみを愛してる。僕はこれにすべてを賭ける。もしこれで天罰が下ったら、そのときは下らせるしかない。愛してるよ」

 

 スザンヌは緊張した様子で手でユージンの頬をなでた。彼女は死んだように青白く、怯えていたが、どういうわけかそれでも勇敢だった。彼女はユージンの愛情から力をもらった。

 

「愛してるわ」と言った。

 

「うん」ユージンは答えた。「僕を見捨てないよね?」

 

「ええ、見捨てないわ」自分の気持ちの深さを本当は理解していないのにスザンヌは言った。「本当よ」

 

「明日はもっと状況がよくなるさ」ユージンは多少静かになって言った。「僕たちだってもっと落ち着くよ。歩いて話をしよう。僕を置いて行ったりしないよね?」

 

「しないわ」

 

「頼むから置いて行かないでよ。僕はきみを愛してるんだから。僕らは話し合って計画を立てなければならないんだ」

 


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