第10章
アンジェラに関するこの驚きの事実の発表は、あまりにも予想外で、かなり道徳に話がそれる独特なものだったので、ユージンは彼女が嘘をついていると半分信じてこれを否定したものの、真実を告げているのかもしれないという考えに苦しめられた。しかし、彼にはこれがとてもずるい、意地の悪いやり方だとしか思えなかった。実際にこれは偶然ではなくただの罠だったので、彼は偶然だとはまったく考えなかった。これは辛辣で、狡猾で、彼にとってはタイミングが悪く、彼が最も自由になりたいときに、彼のキャリアを台無しにして古い制度に縛りつけるために計算されたものだった。この時ユージンの新しい人生は始まろうとしていた。生まれて初めて自分の心にぴったりの、若くて、美しい、知的で、芸術のわかる女性を手に入れようとしていた! スザンヌがそばにいれば、彼は生きる喜びの極限に到達しただろう。スザンヌがいなければ、人生は暗く退屈だった。なのに、この大事なときに、アンジェラが進み出て、欲しくもない子供、それもユージンの意に反して彼をつなぎとめるためだけのものを持ち込んで、この夢を全力で壊そうとしていた。ユージンが策略やきわどい取引でアンジェラを嫌うことがあったなら、このときがそうだった。スザンヌにどんな影響が出るだろう? これが罠であることをスザンヌに納得させるにはどうすればいいだろう? スザンヌならわかってくれるに違いない、彼女ならわかってくれるだろう。彼女ならこの哀れな策略を彼と彼女の間に立ち入らせたりはしないだろう。ユージンはベッドに入ったあと疲れて寝返りを打ったが眠れなかった。彼は何かを言うか、何かをしなければならなかった。そこで起き上がってガウンを羽織り、アンジェラの部屋に行った。
その取り乱した魂は、覚悟も闘う力も万全だったのに、人生で二度目の地獄の業火に耐えていた。彼女のすべての労働、彼女の夢、安寧と幸福をもたらそうとしたこの最近の努力、しかも彼女自身の命を犠牲にしたかもしれないにも関わらず、このような場面を目撃せざるを得なくなるとは! ユージンは自由になろうとしていた。明らかにそうしようと決めたのだ。この外聞をはばかる関係はいつ始まったのだろう? ユージンをつなぎとめる努力は失敗するのだろうか? そういうふうに見えた。それでもきっとスザンヌは事情を知ったら、理解したら、ユージンと別れるだろう。どんな女でもそうするだろう。
頭痛がして、手が熱くなり、アンジェラは自分がひどい悪夢に苦しんでいるのかもしれないと空想した。とても具合が悪く弱っていた。いや、違う、ここは彼女の部屋だった。少し前、アンジェラは友人たちに囲まれ、大層心配されて、夫のアトリエに座っていた。ユージンは明らかに彼女を思いやって気を遣い、すてきな催し物が特に彼らのために計画されていた。なのに今は自室で横になり、軽んじられた妻、愛情と幸福に見放された者、別の女性が彼女に代わってユージンの愛情の中にいるという運命の恐るべき魔法の犠牲者になっていた。自分の若い美しさを鼻にかけたスザンヌが、大胆な目で彼女を見据え、彼女の夫の手を握りながら、彼女には残酷とも、狂ってるとも、愚かなメロドラマ仕立てとも思えた「でも私は彼を愛しているんですもの、ウィトラさん」という台詞を言うのを見て、気が変になりそうだった。ああ、神さま! 神さま! 彼女の苦しみに終わりはないのだろうか? 彼女の美しい夢はすべてなくなってしまうのだろうか? さっき乱暴に言い放ったように、ユージンは彼女を捨ててしまうのだろうか? アンジェラはこういうユージンを見たことがなかった。彼のこれほど腹をくくった、冷たい、獰猛な姿を見るのは恐ろしかった。彼の声は実際に耳障りなガラガラ声に、彼の中でこれまで彼女が知らなかったものに、なっていた。
考える間、震えがとまらなかった。次に怒りが凄まじい閃光のように彼女を襲ったが、押し寄せる恐怖に取って代わられただけだった。アンジェラはそれほどひどい立場にいた。女性がユージンと一緒にいたのだ。それも若くて反抗的で美しいのが。アンジェラはユージンがその女性に呼びかけるのを、二人が話しているのを聞いてしまった。一度彼女は、ユージンとスザンヌと自分と生まれてくる子供を殺して、すべてを終わらせるのなら、今がそのときだと考えた。しかしこの大事な瞬間に、病気になり、一段と老け込んでしまったので、目前に迫りつつある人生のこの問題に対して、どういう行動をとればいいのかさっぱりわからなかった。ユージンは自分のやっていることを断念するに違いない。彼女が打ち明けた事実の真の力が身にしみる時間を持ったときに、彼はそうするだろう、と考えてアンジェラは自分を慰めようとした。しかしその力が時間を持つことはまだなかった。ユージンが軽率なことをするまでに、間に合うだろうか? ユージンが彼自身とスザンヌを完全に危うくするまでに、間に合うだろうか? スザンヌとユージンの話から判断すると、ユージンはまだ軽率なことをしていなかった。もしくはしていないとアンジェラは考えた。ユージンは何をしようとしているのだろう? どうするつもりでいるのだろう?
打ち明けたにもかかわらず、ユージンはすぐに本当に自分を捨てるかもしれない、とアンジェラはそこに横になりながら心配した。これがもとで、とんでもないスキャンダルが世間に広まるかもしれない。彼らの生活ぶりが暴露されて嘲笑の的になり、子供の運命が危険にさらされ、ユージン、スザンヌ、そして彼女自身の名誉にまで傷がつく。しかしアンジェラはスザンヌのことをあまり考えなかった。結局スザンヌがユージンを手に入れるのかもしれない。彼女はたまたま冷酷無情な女だったのかもしれない。世界がユージンを許すことだってあるかもしれない。アンジェラ自身が死ぬかもしれない! もっと大きなもの、もっといいもの、もっと確かなものを散々夢見た挙げ句がこのざまだ! ああ、この哀れさ、苦しさ! 人生が壊されることへの恐怖と慄然!
それからユージンが部屋に入って来た。
入ってきたとき、彼はやつれて、こわい目をしていて、考え込み、憂鬱そうだった。まず、入口に立ち、気を引き締め、アンジェラの枕元付近にとても小さな白熱光を投じる小さなナイトライトのスイッチを入れ、それから看護婦が投薬台の近くに置いたロッキングチェアに腰かけた。アンジェラは随分回復したので、夜間の看護婦は必要なかった……看護は十二時間だけだった。
「さて」アンジェラの青ざめて、取り乱し、昔の若い美しさがまだたっぷり残っている様子を見て、ユージンは真剣だが冷酷に言った。「まんまと一杯食わせたと思っているんだろうね? してやったりと思っているんだろう? それはとんだ思い違いだ……きみは終わりの始まりを見ただけだ……僕はただそれを伝えるためにここに来ただけだ。きみは子供を産むと言ってるが、僕はそれを信じないからな。そんなのは嘘だ。きみだって嘘だとわかってるはずだ。いつかこの倦怠期に終わりが来るのを見越して、きみが出した答えがこれなんだね。まあ、きみは策を弄しすぎたんだ。しかも無駄なことをしたんだ。きみの負けだよ。今回は僕の勝ちだ。さあ、僕は自由になるぞ。これをきみに言いたくてね。すべてをひっくり返さなくてはならなくても僕は自由になるからな。子供が一人ではなく十七人だったとしても構わない。最初からこれは嘘なんだから。嘘でないなら罠なんだ。僕はもうだまされないぞ。支配だとか、だますとか、安っぽい考えはもうたくさんだ。僕はもう終わりにするからね。聞こえたかい? 僕は終わりにする」
ユージンは落ち着かない手で額をさすった。頭が痛かった。彼は半病人だった。これは惨めな落とし穴だった。自分がその中にいて、横暴な妻と巧みに操られた子供につながれているのを見つける結婚生活という落とし穴だった。子供ができた! 人生のこの時期に、何という茶番だろう! 彼はこういうことを考えるのがどんなに嫌だっただろう。これがどれほど安っぽく思えただろう!
アンジェラは、目を見開き、顔を紅潮させ、憔悴しきった様子で、枕の上に横になってじっと見つめながら、疲れた気のない声で尋ねた。「私にどうしてほしいのよ、ユージン、あなたと別れろっていうの?」
「実を言うとね、アンジェラ」ユージンは陰鬱に言った。「僕だって今の時点で、きみにどうしてほしいのか、わからないんだ。古い生活はすべて終わった。死んだも同然だ。この十一年だか十二年の間、僕は自分が偽りの人生を送っていることを知りながら、きみと暮らしてきた。結婚してからも、きみを愛したことは本当に一度もなかった。きみもそれを知ってるはずだ。最初は僕だってきみを愛していたかもしれない。確かに愛したさ、ブラックウッドではね。だけどそれはずっとずっと昔のことだ。僕は絶対にきみと結婚するべきじゃなかった。間違っていたのに僕はしてしまった。そして少しずつその代償を払ってきた。きみもだ。きみはずっと、僕がきみを愛するべきだと言い続けてきた。きみは、僕が飛べないのと同じくらいにできないことをあげつらって、僕をどなりつけ、口汚くののしってきたんだ。今、この期に及んでも、きみは僕をつなぎとめるために子供を出汁にするんだ。きみがどうしてそんなことをしたのか僕は知っている。きみはどういうわけか自分が神によって僕の指導役か守護者に任命されたと思い込んでるんだ。言っておくがね、きみは任命されてないよ。すべては終わったんだ。子供が五十人いたとしても終わりだ。スザンヌはそんな安直な話を信じないよ。もし信じたって僕とは別れないさ。彼女はきみがどうしてそんなことをするのか知ってるからね。僕のすべての退屈な日々は終わりだよ。すべての恐怖の日々が終わるんだ。僕は普通の人間じゃない。それに普通の人生を送るつもりもない。きみはわかっていただろうが、いつも僕のことをたわいない陳腐な慣習にしばりつけようとしてきた。ウィスコンシンでもブラックウッドでもそうだった。何もすることがなかった。こんなのはすべて今ここで終わりだ。みんなおしまいだ。この家も、僕の仕事も、僕の不動産取引も……何もかもだ。きみの状態がどうだろうが僕の知ったことじゃない。僕は向こうにいるあの娘を愛している。彼女を僕のものにするつもりだ。僕の話を聞いてるかい? 僕は彼女を愛している。僕のものにするんだ。彼女は僕のものなんだ。僕にぴったりだよ。僕は彼女を愛してる。神の下のどんな力も僕をとどめておけないんだ。きみが仕組んだこの子供の問題が、僕をとどめておくと、きみは今思っているだろうけど、そんなのは無理で、機能しない、とわかるだろうよ。どうせ策略なんだ。僕はそれを知っているし、きみもそれを知っている。もう手遅れだよ。去年か、あるいは二、三年前だったらうまくいったかもしれないが、そんなものはもう通用しない。きみは最後のカードを切ったんだ。向こうにいるあの娘は僕のものだ。僕が手に入れるんだ」
ユージンはうんざりした様子で再び顔をなで、いったん話をやめて椅子の中で少し体を揺さぶった。歯を食いしばって、険しい目をしていた。自分が直面したのは恐ろしい状況であり、取り組むのが難しいことを、ユージンは意識的に認識した。
アンジェラは、自分が正しく見ていることさえまったく信じていないという人の目で、ユージンを見つめた。彼女はユージンが成長をとげていたことを知った。この数年の上昇期間中に、彼は以前よりも強くなり、執拗に迫り、開き直るようになっていた。成長した大人が子供と似ていないように、彼はもう不遇の時代にビロクシや他の場所で、交際を求めてアンジェラにくっついていたユージンとはまったく似ていなかった。彼の態度は一段と厳しく、穏やかで、無関心にはなったが、それでも今までは昔のユージンらしさを失ったことは一度もなかった。それが突然どうしたのだろう? 彼はどうしてこんなに激しく怒り、こんなに辛辣なのだろう? キルケの美貌に恵まれたこの娘が、この馬鹿で愚かなわがまま娘が、ユージンの求愛を許して、屈服して、もしかしたらユージンの気を引こうとして、こんなことをしたからだ。二人が幸せに結ばれているように見えたにもかかわらず、スザンヌはユージンをアンジェラから引き離してしまった。スザンヌは二人がそうではないことを知らなかった。この調子では、ユージンは本当に、子供がいれば子供もろともアンジェラを捨てるかもしれない。それがこの娘にかかっていた。アンジェラがスザンヌに影響を与えられなかったら、何らかの形で負担になる圧力をかけられなかったら、ユージンはあっけなくアンジェラのものではなくなってしまうかもしれない。これは何という悲劇だろう! 今、彼を手放すことはできなかった。だって、六か月後には……! アンジェラは別れがもたらす惨めさを考えて震えた。彼の地位、二人の子供、上流社会、このアパート。神さま、もし彼が今、彼女を見捨てたら、彼女は狂ってしまうだろう!
「ねえ、ユージン」アンジェラは実に悲しそうに言った。この時、声に怒りはまったくなかった。あまりにもズタズタにされ、怯えて、気が動転していたので、つきまとって離れない恐怖の感覚以外は何も感じなかった。「あなたは自分がどんなひどい間違いをしているのかわかっていないのよ。私は目的をもってこれをやったのよ、ユージン。本当よ。昔、フィラデルフィアでサニフォア夫人と一緒に、子供を産めるかどうかを確かめに医者のところに行ったことがあるの。あなたも知ってるでしょうけど、私、自分にはできないんだってずっと思ってたわ。でもね、先生は私にできるっておっしゃったの。あなたに落ち着いてもらうためにも、そういうものが必要だと思ったからやったのよ、ユージン。それをあなたが望んでいないことは知っていたわ。話せば怒るだろうって思ったわ。長い間、行動に移さなかったわ。私だって欲しくはなかったもの。もし持つなら小さな女の子がいいかもしれないとは思ったわ。だって、あなたが小さな女の子を好きだってことは知ってるから。今夜起きたことを前にすると、今は馬鹿馬鹿しく思えるわ。自分がどんな間違いをしたのかがわかったわ。その間違いが何なのかもわかったわ。でもね、悪気があったわけじゃないのよ、ユージン。そんなつもりじゃなかったの。私はあなたをつなぎとめたかったし、何かの形で私に結びつけたかったし、あなたの助けになりたかったの。全部私が悪いのかしら、ユージン? 私はあなたの妻よね、わかってるでしょうけど」
ユージンは苛立たしげに体を動かした。アンジェラはどう続けていいのかよくわからなくなっていったん話をやめた。アンジェラは、彼がどれほどひどく苛立っているのか、どれほど胸を痛めているのか、を理解できたが、それでもユージンのこの態度には憤慨した。アンジェラはずっと、自分は彼に対して多くの正当な権利がある、道徳的な、社会的な、ユージンがそう簡単に無視できないその他の権利がある、と想像していたので、耐えるのがとてもつらかった。今ここで彼女は、病に伏し、疲れながらも、自分の正当な権利……と、これから生まれてくる子供の権利……をユージンに訴え続けた。
「ねえ、ユージン」アンジェラは悲しそうに言ったが、その声に怒りはまったくなかった。「お願いですから間違いを犯す前に考えてください。あなたは本当はあの娘を愛してないわ。愛してると思ってるだけよ。あなたはあの娘が美しくて、いい子で、優しいと思うから、すべてをめちゃめちゃにしてでも私と別れるつもりでしょうけど、あなたはあの娘を愛していないわ。いずれわかるでしょうけど。あなたは誰のことも愛さないのよ、ユージン。あなたにはできないのよ。だって自分勝手すぎるんですもの。もしあなたの中に本物の愛情があったなら、多少は私のところにも来たでしょうね。だって私は良い妻であろうと努力したんですから。でもすべては無駄だったわ。あなたがこの数年ずっと私のことを好きではなかったのを知ってたわ。あなたの目を見てそれがわかったのよ、ユージン。あなたはやむをえないときとか、私を避けられなかったとき以外は、絶対に恋人のように私に近づいて来なかったもの。あなたは冷たくて無関心だったわ。今振り返ってみれば、それが私をこうさせたんだってわかるのよ。私は冷たくて厳しい態度をとってきたわ。あなたの冷たさに合わせて私も冷たく接しようとしてたのよ。それがどう自分に跳ね返ったのか今わかったわ。ごめんなさい。でも、彼女のことだけど、あなたは彼女を愛してはいないし、これからも愛することはないわ。彼女は若すぎるもの。あなたの考えに合う考えなんかもってないわよ。あなたは彼女が優しく穏やかで、それでいて大物で賢いと思ってるんでしょうけど、もしそうだったら、今夜みたいにあんなところに立って私の目を見て……私よ、あなたの妻なのよ……その上で私に向かってあなたを愛してるって言ったのよ……あなたをよ、私の夫よね? もし恥を知る人なら、自分のしていることを知りながらあの場にいたかしら。だってあなたは彼女には話してあったんでしょ? とにかく、それってどういう娘なのかしら? あなたはいい娘って呼ぶのかしら? いい娘ね! いい娘がこういうことをするかしら?」
「上っ面をなぞって議論して何になる?」さっきまでずっと反論を叫び、辛辣な意見でアンジェラをさえぎっていたユージンが尋ねた。「あの状況は何だって悪く見せてしまうだろ。彼女は、僕を愛してる、ってきみに言わなくてはならない立場に自分が置かれるとは思ってなかったんだ。彼女がここに来て、僕がこのアパートで彼女に言い寄るように仕向けたんじゃなく、僕が彼女に言い寄ったんだ。彼女は僕を愛している。彼女が僕を愛するように、僕が仕向けたからだ。僕はこの他のことは知らなかった。もし知っていたとしても、何も違わなかっただろうね。まあ、なるようになるんだから。そういうものだからね。僕は彼女を愛している。あるのはそれだけだよ」
アンジェラはじっと壁を見つめた。中途半端に枕によりかかった。今は話す気力も戦う力も何も持っていなかった。
「私はあなたの何が問題なのかわかったわ、ユージン」しばらくしてアンジェラは言った「束縛されるのが嫌なのね。私に限ってのことじゃなく、誰にでもそうなんだわ。要するに結婚よね。あなたは結婚を望まないのよ。これまでにあなたを愛して結婚したかもしれないどの女性とも、あるいは何人子供がいても同じでしょうね。あなたは妻子から逃げたくなるんだわ。それがあなたを苛立たせる束縛だからよ、ユージン。あなたは自由が欲しいのよ。それを手に入れるまであなたが満足することはないわ。子供がいても何も変わらない。今ようやくそれがわかったわ」
「僕は自由が欲しいんだ」ユージンは苦々しく、無思慮に叫んだ。「それ以上のものもだ、僕はそれを手に入れるんだ! なりふり構っていられるか。嘘をついたり体裁をつくろうのはもうたくさんだ。きみが正しいとか間違ってると思うものについての、ありふれた、ちっぽけな、つまらない考え方にうんざりしてるんだよ。僕はもう十一年、いや十二年もそれを我慢してきたんだ。毎朝、朝食で、毎晩、夕食で、自分が望んでもいない時間の大半を、きみと一緒に座ってきたんだ。僕はきみの言うことを一言も信じていなかったし、きみの考えなどどうでもよかったけど、きみの人生観を聞いてきた。きみの感情を傷つけないためにもそうするべきだと思ったから、僕はそうしてきた。だけどそれもすべて終わりだ。僕は何を手に入れたんだい? 監視され、反対され、手紙はないかとポケットを探られ、一晩外泊して事情を報告しないと文句をつけられる身分かい。
どうしてリバーデイルの一件の後で僕と別れなかったんだい? 僕がきみを愛していないのに、どうしてきみは僕にしがみつくんだい? 人は、僕が囚人できみが看守だと思うよ。畜生め! そう考えるだけで、気分が悪くなる! まあ、これ以上こんなことを心配しても仕方がない。すべてが終わったんだ。すべてがきれいに終わったよ。僕はこれを終わらせる。これから僕は自分の人生を生きていくよ。何か自分に合う将来を切り開くんだ。本当に愛せる人と一緒に暮らすよ。それがこの目的だ。さあ、きみも何でも自分のやりたいことをやりに行けばいい」
ユージンは手綱を振り切った若馬のようだった。後ろ脚で立ちあがって突進すれば、永遠に自由になると思っていた。緑の野原や楽しい牧草地のことを考えていた。アンジェラがあれだけ言ったのに、ユージンは今、自由だった。この夜が彼をそうさせたのだ。彼は自由であり続けるつもりだった。スザンヌは僕のそばにいてくれる、彼はそう感じた。何があろうと二度と元どおりにはならない、とアンジェラにはっきり言うつもりだった。
「そうね、ユージン」この点についてのユージンの言い分を聞いた後で、アンジェラは悲しそうに答えた。「あなたは自由になりたいのね、ようやくあなたのことがわかったと思うわ。それがあなたにとってどういう意味があるのか、わかり始めてきたわ。なのに私ったらとんでもない間違いを犯してしまったのね。あなたは少しでも私のことを考えているのかしら? 私はどうすればいいの? 私が死なない限り、子供が生まれるのは本当よ。私は死ぬかもしれない。私はそれが怖いの、いえ、怖かったの。でも今は怖くないわ。私が生きたい唯一の理由が、その子の世話をすることになるからよ。まさか自分がリウマチになるとは思わなかったわ。自分の心臓がこんな風に影響を受けるとは思わなかったの。あなたがあんなことをする人だとは思わなかったけど、今さらそんなことはどうでもいいわ。ああ」アンジェラは悲しそうにった。目に熱い涙があふれた。「すべてが間違いだなんて! こんなことするんじゃなかった!」
ユージンは床を見つめた。彼の心は少しもぐらつかなかった。彼はアンジェラが死ぬとは思わなかった……そんな都合のいい話はない! これはただ物事を複雑にしただけだ、あるいはアンジェラは演技をしているのかもしれないが、これは自分の邪魔にはなりえない、と考えていた。どうしてアンジェラはこんなやり方でだまそうとしたのだろう? とんだへまをしたものだ。今、アンジェラは泣いているが、どうせそんなものは彼女がよく使った昔ながらの偽りの感情だ。ユージンは全面的にアンジェラを見捨てるつもりはなかった。彼女は生活費をたっぷり手にすることになるだろう。ただ、できれば、あるいはただの名ばかりであっても、とにかく、彼はアンジェラと一緒に暮らすつもりはなかった。彼の時間は大部分はスザンヌに与えられるべきだった。
「僕はいくらかかっても構わないよ」ユージンは最後に言った。「僕はきみと一緒に暮らすつもりはない。僕はきみに子供を産んでほしいと頼まなかった。これは僕のせいじゃない。きみが経済面で見捨てられることはないよ。だけど僕はきみと暮らすつもりはないからね」
ユージンは再び身じろぎした。アンジェラは頬を真っ赤にして見つめた。この男の非情さは一瞬でアンジェラを怒らせた。アンジェラは自分が飢えるとは思わなかった。しかし二人の向上していた環境、家庭、社会的地位は完全に崩壊するだろう。
「ええ、そうね。私はわかったわ」自分を抑えようと努力しながら言い聞かせた。「でも考慮すべき相手は私だけじゃないわよ。あなたはデイル夫人のことは考えているの? 彼女なら何をして何を言うかしら? もし彼女がこれを知ったら、これに何の手も打たないで、あなたにスザンヌを連れて行かせたりしないわ。彼女は有能な女性よ。スザンヌのことだって愛してるわ、たとえどんなにわがままな娘であってもね。今はあなたに好意的でも、あなたが彼女の娘をどうしたがっているのかを知ったら、いつまであなたに好意的でいてくれると考えてるの? あなたはあの娘をどうするつもりなの? たとえ私があなたと離婚する気になったとしても、一年以内にあの娘と結婚することはできないわよ。その程度の期間じゃ離婚だって至難の業だわ」
「僕は彼女と一緒に暮らすよ。それが僕のやろうとしていることなんだ」ユージンはきっぱり言った。「彼女は僕を愛してるし、ありのままの僕を受け入れてくれるんだ。結婚式も指輪も誓いも束縛も彼女には必要ないんだ。そんなものを信じてないからね。僕が彼女を愛していれば、それでいいんだ。僕が彼女を愛さなくなったらもう僕を必要としないのさ。そういうところに多少の違いがあるんじゃないかな?」ユージンは辛辣につけ加えた。「ブラックウッドじゃそうはいかないだろ?」
アンジェラは頭を反らして怒りを表した。ユージンのあざけりは残酷だった。
「彼女はそう言ってもね、ユージン」アンジェラは静かに答えた。「彼女に考える時間はなかったでしょ。あなたが一時的に彼女に催眠術をかけたんでしょ。彼女は魅了されたんだわ。もし良識かプライドでもあれば、後で立ち止まって考えたときに……でも、ああ、何で私が話さなくちゃいけないのかしら、あなたは聞こうともしないのに。考える気もないでしょ」それからアンジェラはつけ加えた。「でもデイル夫人のことはどうするつもりなの? 私が戦わなくても、デイル夫人があなたに戦いを挑むとは思わないの? 私はあなたに立ち止まって考えてほしいのよ、ユージン。あなたがやっていることは恐ろしいことなのよ」
「考えろ! 考えろだと!」ユージンは猛然と激しく叫んだ。「まるで僕がこの何年もずっと考えていなかったみたいだな。考えろだと! 畜生! 僕は考える以外何もしてこなかったよ。僕の中で魂が病気になるまで考え続けたさ。考えるのをやめられたらいいのに、と神さまに願うほど考えたさ。デイル夫人のことだって考えたさ。きみが彼女の心配までするな。彼女とは後で僕がこの問題の決着をつける。今はきみに、僕がしようとしていることをわかってもらいたいんだ。僕はスザンヌを手に入れるつもりだ。きみは僕をとめられないからね」
「ああ、ユージン」アンジェラはため息をついた。「何かがあなたの目を覚ましてくれたらいいんだけど! 私にも責任の一端はあるわね。私は厳しくて、疑り深くて、嫉妬深かったわ。でもそうなった原因はあなたが私に与えたんじゃない? 私は今になって自分が間違っていたんだとわかったわ。私は厳しすぎたし嫉妬深すぎたわね。でもあなたが試させてくれるなら、私、改められるわ」(アンジェラは今、死ぬことではなく生きること考えていた)。「私ならできるもの。あなただって失うものがたくさんあるでしょ。この変化はそれに見合うものかしら? 世間がこういうことをどう見るかをあなたはよく知ってるはずよ。たとえこの状況であなたが私から自由になったとしても、世間はどう考えると思ってるの? あなただって自分の子供は捨てられないでしょ。どうなるかを見届けてからでもいいんじゃない? 私は死ぬかもしれないわ。よくあることでしょ。そうなれば、あなたは自由になって好きなように行動できるわ。それまであともう少しなのよ」
これは彼をつなぎとめるために計算されたのまことしやかな懇願だった。 しかしユージンはこれを見破った。
「まっぴらだね!」ユージンは当時の悪態を叫んだ。「僕はすべてお見通しだよ。きみが考えていることくらいお見通しなんだ。第一、僕は、きみがきみの言っている通りの状態だと信じてはいないからね。次に、きみが死ぬことはないだろう。僕は自由になるのを待つつもりはない。僕はきみを知っている。僕はきみを信じてない。僕のやることが、きみの状態に影響を及ぼすことはない。きみが飢えることはないよ。きみがこの件で大騒ぎをしなければ、誰も知らずに済むんだ。スザンヌと僕が二人の間で決めればいいんだから。僕はきみが何を考えているのかを知っている。きみには邪魔はできないよ。もし邪魔をしたら、目につくものをみんなぶち壊してやる……きみだって、このアパートだって、僕の仕事だってね……」ユージンは必死になって、覚悟を決めて、両手を握りしめた。
ユージンが話をする間、アンジェラの両手の神経は疼き続けた。目が痛み、心臓がドキドキした。アンジェラは、この腹黒い、腹をくくった男も、その残忍で頑なな態度も理解できなかった。これがあの、自分の近くでいつも静かに動きまわり、時々怒ることはあってもいつも申し訳なさそうに謝っていたユージンだろうか? アンジェラは友人の何人か、特にマリエッタに、ユージンならこの小指で意のままに操れると、親しげに、冗談めかして自慢したことがあった。ユージンは基本的にとてもおおらかで、とても静かだった。ここにいる彼はまるで怒り狂う悪魔だった。欲望という悪霊に取り憑かれ、この問題のために、自分の、アンジェラの、スザンヌの人生を根こそぎにして引き裂いていた。しかしアンジェラはもうスザンヌもデイル夫人も気にしていなかった。彼女の真ん前にぼんやりと姿を見せ始めた彼女自身の破綻した人生とユージン人生は、彼女を恐怖に陥れた。
「コルファックスさんがこれを聞いたらどうするとあなたは思っているの?」アンジェラはユージンが恐れをなすことに期待して必死に尋ねた。
「コルファックスさんが何をしようが、何ができようが、僕の知ったことじゃない!」ユージンは格言のように答えた。「誰が何をしようが、何を言おうが、何を考えようが、僕の知ったことじゃない。僕はスザンヌ・デイルを愛してる。彼女も僕を愛してる。彼女は僕を求めてるんだ。だからこういう結末がある。僕はもう彼女のところに行くからね。もし僕をとめられるものなら、とめてみろ」
スザンヌ・デイル! スザンヌ・デイル! この名前はどれほどアンジェラを怒らせ、怯えさせただろう! アンジェラは今までこれほどはっきりと美の力を目の当たりにしたことはなかった。スザンヌ・デイルは若くて美しかった。アンジェラは今夜でさえ、何て魅力的なのかしら……何て端正な顔立ちなのかしら……と考えながらスザンヌを見ていた。そしてここでユージンはそれに魅了されて、すっかりまいっていた。ああ、美の恐ろしさ! 社交生活全般にわたっての恐ろしさ! どうしてもてなしてしまったのだろう? どうしてデイル家と仲良くなってしまったのだろう? しかしこの時同じくらい美しくて若い女性は他にもいた……マージョリー・マクレナン、フローレンス・リール、ヘンリエッタ・テンマン、アネット・キーン。この中の誰が相手でもおかしくなかった。ユージンの人生から若い女性がすべて締め出されることを期待できるはずもなかった。そうではない、問題はユージンだ。人生に対するユージンの態度だった。美しさ、それも特に女性の美しさに彼は熱狂した。今ようやく彼女はこれを理解できた。彼は本当はあまり強くなかった。美はいつも肝心なところで彼の足をすくった。彼女はそれを自分自身との関係の中で見たことがあった……彼女の容姿の美しさを彼は称賛した、もしくは称賛したことがあった。「神さま」アンジェラは無言で祈った。「今、私に知恵をお与えください。力をお与えください。私はそれに値しませんが、お助けください。彼を救うために私に力をお貸しください。私を救うために私に力をお貸しください」
「ああ、ユージン」アンジェラは絶望に満ちた声をあげて言った。「あなたに立ち止まって考えてほしいのよ。朝のうちにスザンヌを自宅に帰らせて、あなたには良識をわきまえて冷静でいてほしいの。私のことは気にしません。私が許して忘れればいいんだから。決してこの件には触れないってあなたに約束します。子供が生まれても、あなたに迷惑がかからないよう精一杯がんばります。だったら産まないようにするわ。まだ遅くはないかもしれない。私は今日から変わります。ああ!」アンジェラは泣き始めた。
「だめだ! 絶対にな!」ユージンは立ち上がりながら言った。「だめだ! だめだ! だめだ! もう終わったんだ。おしまいだ! 偽物のヒステリーと涙はもうたくさんだ。泣いたかと思えば、次は怒りと憎悪だ。うまいよ! うまい! うまいもんだ! 何もしなくていい。きみは十分長い間、主人であり看守だったんだから、今度は僕の番だ。ここはひとつ趣向を変えて、僕が少し牢番をやって服務規程を定めよう。僕が主人の座について、そこに居座ってやる。泣きたければ泣けばいい、子供のことだってきみの好きにしていいよ。僕の話は終わりだ。疲れたから寝るよ。でもこの件はこのままでいくからね。僕の話は終わりだ。これについてはこれがすべてだ」
ユージンは怒って猛然と部屋を出て行った。しかしアンジェラ側から見てアトリエの反対側にある自分の部屋にたどり着くと、座り込んで眠らなかった。ユージンの頭はスザンヌのこと考えて興奮していた。 あっけなくめちゃめちゃに壊れた古い秩序について考えた。もし彼が主人のままでいられれば、できるのだ。彼はスザンヌを手に入れるつもりだった。必要であれば、間違いなく秘密裏に、スザンヌは彼のもとに来るだろう。二人はアトリエを、二つ目を構えるつもりだった。アンジェラは離婚に応じないかもしれない。もし彼女の言うことが本当だったら、彼女にできるはずがなかった。彼は彼女にそうしてほしくなかったが、さっきの会話から、彼女は彼をとても恐れているから、何の騒ぎも起こさないだろうと思った。アンジェラが実際にできることは何もなかった。ユージンが確実に主人の座につき、そこに居座るからだ。彼はスザンヌを手に入れ、アンジェラには十分なものを与え、これまでに何度も見てきたすてきな大衆向けのリゾート地をすべて訪れるつもりだった。ユージンとスザンヌは一緒に幸せになるだろう。
スザンヌ! スザンヌ! ああ、彼女は何て美しいのだろう! 今夜、どれほど気高く勇ましく彼女がユージンの傍らに立っていたかを考えてみればいい。どれほど甘ったるく彼の手に彼女の手をすべり込ませて「でも私は彼を愛してるんです、ウィトラさん」と言っただろう。確かにスザンヌは彼を愛していた。そこに疑問の余地はななかった。スザンヌは若くて、気品があり、感性と感受性が芽生えていく中で美しく完成していた。すばらしい女性へと、本物の女性へと、成長しようとしていた。そして彼女はとても若かった。今、彼が自由の身でないとは何と残念なことだろう! さあ、待つんだ。これですべてがうまくいく。その間に彼はスザンヌを手に入れるつもりだった。スザンヌに話をしなければならなかった。状況を説明しなければならなかった。かわいそうな小さなスザンヌ! 彼女は自分がどうなるのかを考えながら、向こうの自分の部屋にいた。そしてユージンはここにいた。さずがに今夜はスザンヌのところに行くことはできなかった。それは健全には見えなかったし、それに、アンジェラがまだ戦いを挑んでくるかもしれなかった。しかし、明日ならば! 明日にしよう! 明日、ユージンはスザンヌと散歩して、話をして、二人で計画を立てるつもりだった。明日、ユージンは自分がやりたいことをスザンヌに打ち明けて、スザンヌに何ができるかを調べるつもりだった。




