第十話
常に、頭の中に御堂さんがいる状態で、午前中があっという間に過ぎ去る。
お昼を告げるチャイムが鳴り、俺は机の上に弁当箱と一冊の小説を置く。
曇っていたら、ダッシュで屋上に行くけど、今日はあいにくの快晴だ。
俺は、晴れてる日のベストぼっちスペースをいまだに発見できていない。
「小説、新しいの買おうかな……」
本を読みたいから一人でご飯を食べてるんです!
というアピールのために持ってきているこの小説は、今日で三周目に突入する。
最初の一行を読んだだけで、どこのシーンか言い当てられる読み込みっぷりだ。
もはや、読書ではなく暗記。
「ごちそうさまでした」
一人で食べるお弁当はすぐに食べ終わる。
ここからは、昼休みが終わるまでひたすら小説に没頭して暗記の精度を高める時間だ。
うん、なんとも無益な休憩時間……。
遂には、適当にページをめくり、そこにある一文を読んで何ページ目かを当てるという、謎の一人遊びを考案してしまった俺。
十問連続正解という脅威の正解率を叩き出したところで、俺は教室内の異常を感じ取った。
なんか、教室内がおとなしいのですけど……?
小説に目を落としたまま、視線だけをゆっくりと教室内に向ける。
すると、複数のクラスメイトと目が合った。
「っ!?」
慌てて視線を小説に戻す。
な、なんか俺見られてる!? なんでっ!?
もしかして、教室が静かなのも俺のせい!?
……いやいやそんなわけないよね。
それに、そんな影響力が俺になんてあるわけないし。
集中だ! 今は暗記、じゃなくて読書に集中しよう!
「…………トイレ行こっと」
無理だー! こんな空気の中に居続けるなんて無理だー!
俺は早足で教室が退散する。
圧迫感から解放されて、少し呼吸が楽になった気がする。
「残り時間どうしようかな……」
意味もなくトイレを済ませて、手を洗いながら呟く。
昼休みが終わるまでもう少し時間がある。
適当に校内を練り歩くしかないか……。
上級生の縄張りは避けないとな、変に絡まれたくないし。
校内探索をすることに決め、その一歩を踏み出した時、一人の男子生徒に呼び止められた。
「い、一条君。ちょっと」
「へ?」
声を掛けてきたのは、公共の授業でカッターの刃を折った男子だった。
「み、御堂さんの事なんだけど、なんか俺の話してなかった?」
「え? いや……特に何も」
「ほ、本当に?」
え? なに? なんでそんなに御堂さんの事を気にするの?
「うん、本当に。御堂さんは君の事を何も意識してないと思うよ」
「そ、そっか……」
つい棘のある言い方をしてしまった。
なに対抗意識燃やしてるんだよ俺……。
「つまりその……ドラム缶に詰めるとか、そういう報復みたいな事はなにも言ってなかったんだよな?」
「……は?」
なにを言ってるんだ? ドラム缶に詰める? 何を?
「だ、だってよく聞くだろ! ドラム缶に入れてコンクリで固めて海に沈めるって!」
「コンクリ? 沈める? え? なんの話?」
「なんの話って……お前、もしかして御堂さんの事、知らないのか?」
驚愕の表情で俺を見つめてくる男子。
なんだよその顔は! 俺だって少しは知ってるよ!
御堂さんは凄く優しくて、可愛いんだ!
「御堂さんの家は極道だぞ」
「……ごく、どう?」
なんです? ごくどうって。
「ヤクザだよ! ヤクザ! しかも、御堂さんの家は、正道会とかいうめちゃくちゃデカい組織のトップなんだよ!」
「へぇ〜…………マジで?」
御堂さんちがヤクザ!?
何その新情報!?
「お前、知らずに御堂さんと接してたのかよ……」
「い、いやいやいや! 嘘でしょ!? そんな、家がヤクザみたいな話、現実にあるわけないって!」
「嘘じゃねぇって。色々噂があるんだよ。例えば、御堂さんの機嫌を損ねた奴が、数週間後に転校になったとか。そそうした奴が、その日の下校中に不良に絡まれたとか」
それから、その男子は御堂さんに関する様々な噂を早口で言う。
その噂はどれも、俺の持つ御堂さんのイメージからはかけ離れたものだった。
暴力団を一人で壊滅って、それもう漫画の世界じゃん……。
「だから、御堂さんに怪我をさせた俺も、消されると思って……」
「なんで、それを俺に聞くの?」
「いや、一条は御堂さんと普通に接してたから、手下というか、舎弟みたいな感じなのかなって。発表の時も、御堂さんをヨイショしてただろ? 拍手でさ」
『しゃてい』って『舎弟』の事だったのか!
てか、ヨイショって、ものすごい誤解されてる。
あ、俺が教室でやたらと注目されてたのは、コレが原因か!
極道の娘である御堂さんと親しくしてたから、俺は何者なんだと警戒されてた。ってそういう事か!
「なるほど……」
「極道の娘を傷付けたら、普通にヤバいだろ?」
「う〜ん……」
男子は心の底から怯えているのか、相当に青い顔をしてる。見ていて気の毒に思うほどだ。
でも……俺が見てきた御堂さんが、そんな事をするとはとても思えない。
「なんかさ、みんな御堂さんの事、誤解してない? てかさ、その噂とか家がヤクザって話もさ、それ本当に事実なの?」
「それは……俺も詳しくは知らないよ。変に首突っ込んでトラブルに巻き込まれたくないだろ?」
「…………」
「相手はヤクザだぞ? 下手したら警察沙汰だろうが」
「いや、でもそれじゃあ噂が嘘だった時に、御堂さんに失礼じゃん?」
「御堂さんちが極道ってのはほぼ間違いないって!」
ほぼって……なんか、モヤモヤするなぁ。
「御堂さんはさ、そんな報復とかする人じゃないよ。そもそも、そんなことすら考えないと思う」
御堂さんは、空腹でお腹が鳴る俺にお弁当を分けてくれるし、空に浮かぶ雲を見て可愛いって思う。そんな優しい女の子だ。
「御堂さんは、思いやりのある優しい人だよ。そんな怪我をしたくらいで怒らないよ」
「いやでも、ヤクザは――」
「関係ないって! 御堂さんはそんな人じゃない!」
思わず強い口調で言っちゃった。
「一条、もしかして……好きなのか? 御堂さんのこと」
「はっ!? そ、そそそ、そんなわけないしっ! いきなり好きとか! 訳わかんないこと言うなよ! 確かに御堂さんは優しくて、綺麗で、可愛くて……って今そんな話してないだろ!!」
「お前……マジか」
なんだよそのドン引きした顔はっ! 違うって言ってるだろ!
「御堂さんだけはやめた方がいいって。極道の娘に手を出したら、マジで消されるぞ?」
「だから違うって! それに、御堂さんはそんなことしないっての!」
なんか腹立ってきたぞ! こいつは本当に人の話を聞かないな!
「いや……ないわ……。ごめん、俺巻き込まれるのは勘弁だから。これからはあまり関わらないでくれ」
そう言い残して男子は足早に立ち去っていった。
「なんだよあいつ。散々言いやがって……」
あぁ! もう! 不満爆発寸前です!
俺は周囲をさっと見渡して、人気を確認する。
ここは校舎の端っこで、昼休みももうすぐ終わりだから人気は全くない。
だから、少しくらい大きな声を出しても、聞かれる事はない。
俺は足早に廊下の窓に近付くと、その窓を勢いよく開け放って小さな声で叫ぶ。
「御堂さんはな! 誰よりも優しくて! 可愛くて! 最高に魅力的な女の子だ! 極道の娘がなんだコンチクショー! 関係ないわボケェ!」
ふぅ〜。スッキリした。
俺は静かに窓を閉めると、ゆっくりと教室に戻った。




