第七話
俺の視界は、御堂さんの笑顔一色に染まる。
か、可愛過ぎて視線が逸らせない……。
「えと、あの、その……」
嬉しいやら恥ずかしいやら緊張してるのやら。
自分でもよくわからない状態でプチパニック。
それを誤魔化すように、俺は無意味に頬をかく。
「あ、一条君。その指どうしたの?」
「へ? あ、あぁ! これはね! その、なんというか、ちょっと朝に怪我しちゃって……」
御堂さんの視線は俺の薬指に貼られた絆創膏に向けられる。
爪切りに失敗して怪我したとはとても言えない。しかもこんな可愛らしい絆創膏をしてるのを見られてしまった。
「ふふっ、可愛いね」
「いや、これは、お母さんが買ったやつで、家にこれしかなくて……」
最悪だ……。
また御堂さんが幼い子を見守るような目で俺を見てる……。
「えと……じゃあ、席に行くね」
「うん」
俺は意気消沈して御堂さんの前から退散する。
くそぉ〜、簡単な挨拶すらまともに決められないなんて。それにこんな絆創膏を見られるし。
なんか、この可愛らしいデザインが憎たらしく思えてきたぞ……。
一層の事剥がしてやろうかな!
でも、また血が出てきたら嫌だしな。まだ使えるのに剥がすのはもったいないか……。
それにしても、御堂さんの笑顔……可愛かったな。
「ふふっ……」
やばっ。思い出したら変な笑いが漏れてしまう。
……ん? なんかクラス中の視線がまだ俺に向いてる?
え? なんで? もしかして今の気持ち悪い笑いのせい?
謎の注目を浴び続けて居心地が悪くなってきたところで、ちょうど担任がやって来た。
朝のホームルームが始まった事で、俺に集まっていた注目が分散する。
何だったんだ? なんか教室の雰囲気が変な感じだった。俺なんていつも教室内で空気みたいな存在だったのに。
御堂さんの最高の笑顔と、クラスの謎の注目について考えていると、ホームルームが終わって一時限目が始まる。
「今日の授業はグループワークをやります」
朝一の授業は公共だ。
民主主義について学ぶため、それぞれのグループに分かれて政党を作り、どんな社会を目指すのか政策を考えなさいとの事だ。
グループ分けの方法が近くの席の人たちで助かった。
もし「好きなようにグループを組みなさい」とかだったら地獄だった。
誰とも組めずにウロウロ彷徨う姿が鮮明にイメージできちゃう自分が悲しい……。
「はい、じゃあ意見のある人〜」
「やっぱ税金ゼロ政策じゃね? そしたらみんなの生活楽になるじゃん?」
「アホか。そしたら病院に行った人全員破産だわ」
早速、活発な意見交換が始まる。
もちろん俺は傍観者。
俺以外の三人が、より良い生活を追い求めて意見を出し合う。
「政策はグループごとに、この模造紙にまとめてください。あとで黒板に貼って発表してもらいます。ここに付箋やノリ、カッターに折り紙なんかもあるから、自由に持っていって下さい」
先生は「見やすくなるように工夫してくださいね」と付け加える。
発表か……。
意見出しで存在感を出せなかったら「お前、何もやってないから発表係な」とか言われてしまう。
それだけはなんとしてでも阻止しないと。
俺も何か意見を出さないと。
「あの……」
「今一番大事なのは少子化対策だと思うんだ」
「経済対策でしょ。お金は大事だよ」
「俺は……」
「観光も大事じゃね? ほら、外貨獲得ってやつ」
「貿易の方が効率的なんじゃない?」
「……社会保障もだい――」
「私、社会保障も大事だと思う」
「…………」
立場の弱い意見が、しっかり表面化する政治の重要性を俺は痛感しています。
はぁ~、憂鬱だな……。
他の人達に聞こえないくらいの小さな溜息を吐き、俺は無意識に隣のグループに目を向ける。
そのグループには御堂さんがいる。
「俺は、医療制度をしっかりした方がいいと思う」
「確かにね。……えっと、御堂さんはどう思いますか?」
「教育は大事だと思うよ。大学進学の支援とかさ」
「確かに! うんうん、御堂さんの言う通りだと思う」
なんだろ? なんか御堂さんが接待を受けてるような感じだな。
普段から、御堂さんはクラスから気を遣われてる感じはあるけど、グループワークになるとそれが露骨に出てる気がする。
御堂さんも、屋上にいる時とは違って、表情が硬いというか、ちょっと威圧感があって、なんというか……冷たい感じ? 少し壁を感じるな。
そんなことを思いながら御堂さんを観察していると、ふと目が合ってしまった。
「っ!?」
慌てて目を逸らす。
し、心拍数爆上がり……。
み、見てたことバレちゃったかな? でもすぐに目を逸らしたし。
俺はもう一度、恐る恐る御堂さんを見る。
すると、再び目が合ってしまった。しかも、今度は小さく御堂さんが微笑んだ。
「ひょ!?」
固かった表情が溶ける瞬間を見てしまい、俺は変な声を出してしまう。
その声に、俺のグループの人が反応する。
「ん? どうしたの? えっと……一条君?」
「え? いや、なんでもないです」
普段なら「名前すぐに呼ばれなかった……」って落ち込むところだけど、今は御堂さんの微笑みのせいでそんなことはどうでも良くなっている。
も、もしかして、御堂さん……俺に笑いかけた? いや、自意識過剰か?
俺はそーっと視線を持ち上げて御堂さんの方をチラ見する。
「……気のせい、かな?」
御堂さんは、隣で意見してる人の方を向いてる。
まぁ、俺に微笑む理由なんてないしな……。
でも、なんだろう。御堂さんの表情がさっきよりも柔らかい気がする。
その後も、チラチラと御堂さんを見てしまうが視線が合うことはない。
その時、見慣れない先生が教室にやって来て、公共の先生に何か耳打ちする。
「……わかりました。皆さん、先生はちょっと職員室に行ってくるので、資料作成を続けていてください。私が戻って来たら発表を始めますからね」
そう言い残して、先生は教室を後にする。
先生がいなくなったことで、教室の喧騒が一段階大きくなる。
先生が戻って来たら発表開始ということで、俺は御堂さんを意識から追いやって資料作成に全力を尽くす。
意見を出せない分、資料作りで存在感を出さないと。そして発表係を回避しないと!
「あ、ここ別の模造紙にまとめて、後でカッターで切って貼っておくよ」
「お、ありがとう一条。気が利くじゃん」
よし、1ポイント獲得。
そんな調子で資料作りに邁進するが、どうしても御堂さんを意識してしまい、彼女のグループの会話に聞き耳を立ててしまう。
「ちょっと、カッターの刃が置いてあるんだけど?」
「切れ味悪かったからさっき刃を折ったんだよ」
「ならちゃんと捨ててよね。危ないでしょ」
「後で捨てるから」
う〜ん、御堂さんは黙々と作業しててあまり発言しない。
でも、何回もチラチラ見てたら不審者だし。
資料作りに集中しなきゃと思いつつ、御堂さんを意識から外せないでいると、突然大きな声が聞こえて来た。
「み、御堂さん大丈夫っ!?」
その声に、慌てて視線を上げる。
御堂さんは人差し指を押さえてた。そして、彼女の周りの人たちは一様に真っ青な表情をしている。
どうしたんだろう?
そう思った瞬間、人差し指を抑えている御堂さんの手の隙間から、一滴の血が流れ落ちた。




