第六話
「御堂さん可愛すぎるだろっ!」
俺は自室のベットの上でのたうちまわる。
あれ、間接キスだよね? ね?
それを御堂さんは『気にしないから』って。
「御堂さんって、もしかして俺のこと……」
……想像しただけで色々と爆発しそうだ。
雨が降る中で、ほんのりと頬を赤くしてる御堂さん。
「あんなん好きになっちゃうだろ〜!!」
『真白! もう夜遅いんだから静かにしなさい! 近所迷惑でしょ!』
「あ、はい。すみません」
扉の外から聞こえてくるお母さんの声。
俺はベッドに正座して頭を下げる。条件反射というやつです。
でも、御堂さんって俺の事どう思ってるのかな?
ただのクラスメイト……よりは親密だよね?
そうじゃなかったら、自分の弁当を分けたりしないよな普通。
俺は屋上での彼女とのやり取りを思い出す。
教室にいる時とは違って、柔らかい雰囲気の御堂さん。
その表情はとても優しくて、まるで小さな子供を微笑ましく眺めているよう……。
「俺、男として意識されてない?」
有り得る。十分に有り得てしまう。
傘の話をした時も、揶揄われてたと思うし。あーんをしてくれた時も、もしかしてペットに餌付けする感覚だったとか。
「屋上での俺、いつもダサいもんな……」
話をする時はいつもオドオドしてしまうし、内容は意味のわからない雲や天気の事ばかり……。
「御堂さんに、意識してほしいな……」
……次だ!
次に屋上で会ったらもっと積極的にコミュニケーションを取ろう!
「よし! 次こそはやるぞ!!」
『真白! 静かにしなさい!』
「ごめんなさい」
俺はこれ以上お母さんの小言を聞かなくて済むように、さっさとベットに入って目を閉じた。
それから数日。
雨の屋上の日以来、気持ちが良いくらいに晴れの日が続いた。
教室の窓の外に広がる清々しい青空を俺は恨めしく睨む。
「これじゃあ、屋上に行けないよ……」
天気のいい日の屋上は人気スポットだ。
青春を謳歌している多くの生徒たちの憩いの場になっている。
昼休みを告げるチャイムと同時に、御堂さんは教室から出ていく。
俺は、それを目で追うことしかできない。
「御堂さん、曇りじゃない日はどこにいるんだろう?」
後をつける……は不審者すぎるし、バレたらめちゃくちゃ嫌われそう。
でも、せっかく同じクラスメイトなんだし、屋上以外でも話しかけてみようかな……。
よし! 明日、朝に御堂さんに挨拶してみよう!
同級生に「おはよう」っていうのは当たり前だし、不自然なことじゃないしね。
そんな決意を胸に抱いて迎えた翌日の朝。
俺は朝食を食べ終えた後に、爪を切って時間を潰す。
「真白、あんたそんなのんびりしてていいの? いつもなら家を出てる時間じゃない」
「あぁ〜、今日はちょっとね。爪が気になっちゃって」
御堂さんはいつもギリギリの時間に登校してくる。
だから、俺もその時間に合わせて家を出ないといけない。
彼女の席は通路側の最後列。
だから、後ろの扉から教室に入って、目の前にいる御堂さんに「おはよう」と自然に、爽やかに挨拶をする。
なんてことはない、何も難しいことはない。うん、挨拶するだけ。簡単、簡単。
「ふぅ〜……緊張してきた」
御堂さんに挨拶をすると決心してから、ドキドキが止まらない。昨日の夜は心臓がバクバクして寝付けなかったし、今日の朝は寝不足と緊張で頭痛がした。
おはようの一言がこんなにも重いなんて。
でも、おはようでいいのかな? おはようございますの方が自然か? いや、でも敬語はいらないか、同級生だし。でもそこまで親しい中でも……でもお弁当を分けてくれたし……。
「あいたっ!?」
「どうしたの?」
「爪切りで手を切った……」
「あんた、ドジねぇ〜。どうやったら爪切りで手なんか切るの」
完全に上の空で爪を切ってたら、全然爪じゃないところを切ってた……。
うわっ、薬指の先から血が……。
「あら、もう。血が出てるじゃない。水で綺麗にして絆創膏貼っときなさい」
はぁ、幸先が悪いなぁ……。
「ほら、これ貼って」
「ありがとう。って、何この絆創膏?」
「可愛いでしょ?」
お母さんがくれた絆創膏には、小さな女の子に大人気の子猫のキャラクターが描かれていた。
「いや、高校生でこれはないでしょ。普通のないの?」
「今あるのはそれだけ。見切り品で安くなってたのよ。可愛くていいじゃない」
「可愛くなくていいよ。これならつけないほうがマシだよ」
「何言ってんの。ちゃんとつけなさい。ほら、学校で剥がれた時用に予備も持って」
「いや、いらないよ!」
「ごちゃごちゃ言わないで、これ持ってさっさと学校に行きなさい。遅刻するよ」
「え? うわっ! もうこんな時間だ! あぁ、もう。行ってきます!」
気づけば出ようと思っていた時間を過ぎていた。
俺は急いで家を出てダッシュで学校に向かう。
そして、息を切らしながら到着した教室前。
「よし……『御堂さん、おはよう』これを言うだけだ。落ち着け俺」
何回か深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、俺はゆっくりと教室の扉を開いて中に入る。
御堂さんは……いた。
目の前の椅子に座ってスマホを眺めてる。
俺は大きく息を吸い込んで、バクバクと暴れる鼓動を感じながら挨拶をした。
「み、御堂さん! おひゃよう!」
俺の馬鹿! おひゃようってなんだよ!?
こんな挨拶で噛むなんて最悪だ……って、ん?
なんだ? 教室が静まり返ってるんですけど? クラスの視線が俺に集中してる。
え? え? なんで?
なんか「お前、マジか……」みたいな感じで見つめられてるんですけど?
おはようで噛むのってそんなにダメなの……?
何故か教室中の注目を一身に浴びる俺。
入学してから今までで一番の注目を浴びてしまって狼狽える。
そして、挨拶をした御堂さん本人も、めちゃくちゃビックリした顔で俺を見ていた。
驚いて目を見開く御堂さん、可愛いなぁ……。
俺は現実逃避に走る。
簡単な挨拶を失敗して教室中の注目を浴びる俺、ダサすぎ……。
「ご、ごめん……」
俺は消え入りそうなくらい小さな声で御堂さんに謝ると、すごすごと自分の席に退散する事にした。
穴があったら入りたい……。
「ま、待って!」
「……?」
少し慌てたような御堂さんの声に、俺は足を止める。
そして――。
「おはよう。一条君」
「っ! ……う、うん」
俺を引き留めた御堂さんが挨拶を返してくれた!
しかも、ものすんごい笑顔で!
なんというか、蕾が開いて満開の花になる笑顔というか、雲の切れ間から日差しが差し込むというか。
上手く言葉にできないけど!
なんかよくわかんないけど!
今まで見たことがないくらいの可愛い笑顔で「おはよう」って言ってくれた!
その御堂さんの挨拶に、俺は完全に心を奪われてしまった。




