第五話
お母さんから渡された千円札を握り締め、意を決して購買に向かう俺。
だけど、鬼の形相でお昼ご飯を争奪してる輪の中に入る事はやっぱりできなかった。
争奪戦が落ち着き、人の波が引いた商品棚を見つめて俺は肩を落とす。
「はぁ〜、やっぱりね」
商品棚に残っているのはただのコッペパン一本。
俺はしょんぼりとコッペパンとパック牛乳を買う。
「遅くなっちゃった。急いで屋上に行こう」
暗い気分を追いやって、俺は階段を駆け上がる。
お昼ご飯獲得には失敗したけど、今日の天気は曇り。
曇りの屋上は、今の俺の楽しみの一つだ。
「あ、一条君」
「あ、その、こんにちは御堂さん」
やっぱりいた。
曇りの屋上にいるクラスメイト。その姿を見て、俺は貧相なお昼ご飯の事を一瞬で忘れてしまった。
「今日は来ないのかなって思ってた」
「え?」
「いつも来る時間より遅かったから」
「あ、ごめん。購買でお昼ご飯を買ってて」
慌てて謝る俺に、御堂さんは「別に謝る必要はないよ」って笑いながら言う。
「それが購買の戦利品?」
「う、うん。コッペパン」
「争奪戦には負けちゃったんだね」
「う、うん……」
「足りるの?」
首を傾げながら聞いてくる御堂さん。
少し心配するような、優しげな視線に俺の鼓動は跳ね上がる。
「だ、大丈夫! 俺、その、少食だから!」
「そうなの?」
「そうなんだよね。ポテチのビックパックを一人で食べるのもギリギリだから!」
「それって少食?」
「へ? た、多分?」
「ビックパックを一人で食べることある?」
「うっ……」
ボッチの心を抉る会心の一撃……。
全く悪気のない御堂さんの表情が、さらに攻撃力を高めてる。
でも、ここで会話を途切らせるわけにはいかない。
何か気の利いた返事をしないと、それとも別の話題?
え〜と、え〜と、今日の曇り空について語るか?
「ふふっ」
わ、笑われた。
動揺してるのがバレた……。
「一条君も男の子だもんね。少食でもビックパックくらい食べちゃうよね」
「そ、そうなんだよね」
「ふふふ」
なんだろう。
今の俺、凄くダサい気がする。
小さな子供の相手をするような、そんな御堂さんの優しい目つきが、心を抉ってくるのですが……。
その時、俺の頬に冷たい感触が落ちてきた。
「あ……雨だ」
その言葉に、御堂さんも空を見上げた。
「ほんとだ。降ってきちゃった」
ポツポツと降り始めた雨は、すぐに勢いが強くなる。
「わっ、わっ、めっちゃ降ってきた!」
「一条君、濡れちゃうから軒下行こっか」
「そ、そうだね!」
ザーッと降り始めた雨から逃げるように、俺は御堂さんと一緒に軒下に避難した。
「結構雨だね」
「思ったより降ってるね」
「どうしよう……」
俺はコッペパンとパック牛乳を握ったまま呟く。
ここは屋上。
俺たちが今いる軒下以外に雨を凌げる場所は無い。
「あ〜……中に入る?」
「ううん。私はここでいいや」
そう言うと、御堂さんは扉の前の少し段差になってるところに腰を下ろした。
「一条君は? 中に戻る?」
「俺は……俺も外に、しようかな?」
「ん。じゃあちょっと詰めなきゃだね」
御堂さんは俺が座れるように少し横にずれる。
僅かに空いたスペースを見て、俺の中に緊張感が湧き上がってくる。
「……し、失礼します」
「どうぞ」
ゆっくりと御堂さんの隣に腰を下ろす。
なんか、いい匂いがする。
って、なに気持ち悪いこと考えてるんだ!
「………………」
「………………」
どうしよう。
急に御堂さんと接近したせいで頭が真っ白だ。
なにも話題が思いつかない。
でも、何か話さなくちゃ。何か……。
「雨、結構降ってるね」
「そうだね」
「帰りも雨かな?」
「かも」
「……か、傘持ってきてる?」
会話が上手く回らない……。
御堂さんの傘があるかどうか確認してどうするんだよ。天気予報で雨だったんだから持ってきてるに決まってるだろ。
自分の不甲斐なさに軽い自己嫌悪に陥っていると、御堂さんが少し口角を上げて俺と目を合わせる。
「忘れた」
「えっ?」
「って言ったら……どうする?」
え!? な、なにコレ!?
どう返事するのが正解!?
「そ、それは。それは……貸す。かな?」
「そうしたら一条君が濡れちゃうよ?」
「あ〜俺は……カッパも持ってきてるから! だから大丈夫!」
とっさに思いついた嘘を慌てて言う。
すると、御堂さんは口に手を当ててクスクスと笑う。
「それはさすがに嘘でしょ」
「や、ま、まぁ……はい。嘘です」
ガックリと項垂れて白状する俺。
そこに、隣から優しげな声が聞こえてくる。
「私もちゃんと傘持ってきてるよ」
「そ、そっか……よかった」
傘持ってきてるなら、なんであんなこと聞いてきたの!?
混乱しながら横目に御堂さんをチラ見する。
なんか凄く楽しそうにニコニコしてる……。
もしかして俺、揶揄われてる?
「一条君って、優しいね」
「っ!? そう、なのかな? 自分じゃわからないや」
「優しいよ。すっごく」
「そ、そうなんだ……」
顔が熱い。横を見れない。
俺は逃げるように、ずっと握り締めていたコッペパンにかぶりついた。
なんか、御堂さんに観察されてる気がする……。
バクバクと暴れる鼓動を落ち着かせようと、俺はコッペパンに集中する。
けど、所詮は購買争奪戦の残り物。
コッペパンはすぐに俺の胃袋に収まってしまう。
「一条君食べるの早いね」
「お、お腹空いてたから……」
「空腹は満たされたの?」
「うん、少食だし」
「そっか、そうだったね」
楽しそうに頷く御堂さんに返事をするように、俺のお腹が「グゥ〜」と鳴った。
「…………」
「私のお弁当食べる?」
「えっ!? い、いやそれは! 申し訳ないと言うか、もったいないと言うか!」
「もったいないはおかしくない?」
「いや、でも、俺なんかが御堂さんのお弁『グゥ〜』当を食べるなん、て……」
あぁ! もう! 俺のお腹少し黙ってて!
「まだお腹空いてるんでしょ?」
「いや、俺は少食で……」
グゥ〜!
俺の代わりに返事をするな!
「ふふっ。変な意地はらないで、食べ盛りなんだからちゃんと食べなさい」
「は、はい……」
お母さんみたいなことを言われてしまった……。
「じゃあ、卵焼きあげる。はい」
御堂さんは玉子焼きを箸で摘むと、そのまま俺の口元に持ってくる。
「……え?」
「どうしたの? 玉子焼き嫌い?」
「いや、好きだけど……」
「じゃあ、はい」
そう言ってクイッとさらに口元に箸を近づける御堂さん。
ってコレ……御堂さんの箸なんですけど?
俺は目の前の玉子焼きと御堂さんの間で何回か視線を往復させる。
い、いいのかな食べて?
御堂さん気付いてる?
た、食べちゃうよ?
俺は意を決して差し出された玉子焼きを食べた。
「ふふ、美味しい?」
「う、うん……美味しいです」
正直言って味わかりません。
今の俺は味覚が狂っちゃってます。
「私も食べよ」
「あっ」
「ん?」
御堂さんがなんの躊躇いもなく、俺に差し出した箸でもう一つの玉子焼きを摘む。
それを見て思わず声を出してしまった。
不思議そうに首を傾げる御堂さん。
無言の空白が数秒。
ふと御堂さんの頬が赤くなった。
「あ……」
雨音に紛れる微かな声。
やっぱり御堂さん、気付いてなかったんだ。
「ご、ごめん! 俺、今すぐ割り箸買ってくる!」
「だ、大丈夫! 気にしないから!」
「え? でも……」
「わざわざ割り箸なんかいらないよ」
そう言うと、御堂さんは勢いよく玉子焼きを口に放り込んだ。
その日はずっと、ほんのり赤くなってるような頬をした御堂さんの横顔が、頭から離れなかった。




