三十六 市場争い「あはれ」と「をかし」
定子サロンは「をかし」の鋭い感性を誇り、彰子サロンは紫式部の「あはれ」で対抗する。女房たちはどちらが上か議論するが、彰子は「市場が違います」と言い切る。瞬間の機知で笑わせる“をかし”と、長く心に残る“あはれ”。どちらも価値があるが、彰子は長期的な支持を得るには「あはれ」が強いと判断する。
感性にも、市場があります。
そんなことを言ったら、たぶん情緒がない人だと思われます。でも、これは本当です。同じ「面白い」でも、人が求めているものは違います。
仕事帰りに一瞬だけ笑いたい人。休日にがっつり泣きたい人。誰かと語り合いたい人。一人で静かに沈みたい人。短い言葉に救われる人。長い物語に寄りかかる人。
全部、同じ「好き」ではありません。
前世の会社で言えば、商品企画です。爽快感を売る商品と、安心感を売る商品は違う。短時間で満足するものと、長く愛用するものは違う。ぱっと目を引く広告と、何年もブランドを支える世界観は違います。
それを一緒くたにして、「どっちが上ですか?」などと聞くのは、だいたい会議を混乱させる人の発想です。
そして、ここは平安宮中。商品棚に並ぶのは、菓子でも香でも布でもありません。言葉です。感性です。御殿の空気です。
定子様の御前には、清少納言がいます。目の前のものを鋭く切り取り、ぱっと笑わせ、聞く者に「なるほど、確かに」と思わせる。雪の朝、月の夜、春の曙、少し癪に障る人の振る舞い。それらを短く、明るく、鮮やかに言葉にする。それが「をかし」。
対して、藤壺には紫式部がいます。恋のすれ違い。届かない文。言わなかった一言。美しい人の孤独。誰かを求める心と、その心が必ず誰かを傷つけてしまう構造。読む者の胸に、ゆっくり沈んで残る。それが「あはれ」。
この二つが、宮中で同時に輝き始めた時、女房たちが黙っていられるはずがありませんでした。
「やはり、清少納言様の『をかし』は見事ですわ」
ある日の藤壺。朗読会の後片付けをしている最中、小少将がぽつりと言いました。几帳の色を整えながら、少し遠い目をしています。
「一瞬で場が華やぎますもの。先日の登華殿でも、庭に散った花を見て、まるで花が人を選んで散ったようだと……」
「まあ」
菅原の君が反応した。
「それは確かに美しいですわね」
「でしょう?」
小少将は少し嬉しそうに言った。
「言われた瞬間に、場の皆が笑って、でもただ笑うだけではなく、景色の見え方まで変わるのです」
「それが『をかし』でございますね」
春枝が紙箱を抱えながら頷いた。
「短く、明るく、すぐ分かる。紙に写すにも映える言葉です」
有子が真面目に補足する。
「記録もしやすいです。一文で場面が立ちますから」
常盤が身を乗り出した。
「噂にもなりやすいですわ。『清少納言様がこうおっしゃった』と一言で広がりますもの」
「そこです」
私は扇を上げた。
「常盤、それは強みでもあり、危険でもあります」
「また私が危険の入口に?」
「かなりの頻度で」
常盤は胸に手を当てた。
「自覚してまいりました」
「よろしい」
だが、菅原の君は納得していない顔だった。
「けれど、紫式部様の物語の『あはれ』は、もっと深いと思います」
紫式部は少し離れたところで、何でもない顔をしている。しかし、耳は聞いている。
絶対に聞いている。
「例えば、あの女君が返事をしない場面」
菅原の君は両手を握りしめた。
「あれは、ただ返事をしないのではございません。返せないのです。返せば心が知られる。返さねば相手を苦しめる。けれど返さないことで、自分も苦しむ。あの沈黙が……あの沈黙が……」
「戻ってきてください」
私は声をかけます。菅原の君は、はっとした。
「申し訳ございません。少し物語の中へ」
「よくあります」
「『あはれ』は、すぐには笑えません。でも、後から胸に来ます。夜になって、灯を消した後に、ふと思い出して苦しくなるのです」
若菜が小さく頷いた。
「……分かります。香炉の灰をならしている時、急に思い出します」
澄子も静かに言った。
「灯を落とす時にも、思います。あの人は今、どんな夜を過ごしているのかと」
架空の人物の夜を心配し始めている。完全に読者です。すると、小少将が少しむっとした。
「ですが、いつまでも苦しいばかりでは疲れますわ。御前には明るさも必要です。『をかし』のように、ぱっと笑えて、気持ちが晴れる言葉も大切です」
「それはそうですけれど」
菅原の君も負けない。
「でも、ぱっと笑って終わるものと、心に長く残るものとでは、やはり深さが違うのでは?」
「深ければよいというものでもありませんわ。沈みすぎたら戻ってこられません」
「浅ければよいというものでもありません」
「誰が浅いと言いましたか」
「言っておりませんが、そう聞こえました」
「そちらこそ、明るさを軽んじておいでです」
雲行きが怪しい。これは、あれだ。ジャンル論争です。前世でもありました。純文学とエンタメ。漫画と小説。映画とドラマ。本と動画。即時性と余韻。バズる言葉と、長く読まれる物語。
なぜ人は、自分の好きなものを守るために、別の好きなものを下げてしまうのでしょうか。しかも、こういう議論は、だいたい結論が出ません。なぜなら、評価軸が違うからです。
私は扇を手に取りました。ぱちり。藤壺が静まる。
「市場が違います」
全員がこちらを見た。
赤染衛門が、静かに筆を構える。
「姫様」
「はい」
「今度は何を始めるおつもりですか」
「感性市場分析です」
「……雅に直します」
「お願いします」
赤染衛門は少し考えてから言った。
「『趣の違いを扱う覚』でいかがでしょう」
「採用します」
紫式部が、ほんの少しだけ目を伏せた。笑ったのか、呆れたのかは分からない。私は女房たちに向き直った。
「まず、『をかし』と『あはれ』を、上下で見てはいけません」
「上下では、ございませんか」
「違います。求めている人、使われる場、残り方が違います」
私は赤染衛門の前の紙を指した。
「三つに分けます」
「三つ」
「一つ、瞬間性。二つ、共有性。三つ、持続性」
赤染衛門は、「また姫様の新しい言葉ですね」という顔で、黙って筆を走らせます。
「『をかし』は、瞬間性が強いです」
小少将が頷いた。
「その場で分かりますもの」
「ええ。見たものを、すぐ言葉にする。聞いた人がすぐ笑う。すぐ納得する。だから御前で強い」
常盤が言った。
「噂にも乗りやすいです」
「そうです。短い言葉は広がりやすい。『あの方がこうおっしゃった』と運びやすい」
「まさに私向きでございますね」
「自覚は大事ですが、走らないでください」
「はい」
私は続けた。
「『をかし』の強みは、場を明るくし、主の知性と華やかさを即座に見せられることです。定子様の御前には非常に合っています」
女房たちは少し複雑そうな顔をした。敵の強みを認めるのは、いつも少し苦い。でも、認めない分析はただの願望である。
「では、弱みは?」
菅原の君が尋ねる。
「消費が早いことです」
「消費」
「その場で笑い、その場で感心し、次の『をかし』を求める。強い言葉ほど、次も強い言葉を期待されます」
赤染衛門が筆を止めずに言った。
「清少納言様ご自身が、常に機知を求められるということですね」
「ええ」
清少納言は、きっと楽しい人だ。同時に、疲れる人でもあるでしょう。周囲は、彼女に常に鮮やかな返しを期待します。何か見れば「何とおっしゃるか」と待つ。少し黙れば、「今日は冴えない」と思う。
これは、明るい地獄です。才能を拍手で囲む牢。紫式部が、静かに言いました。
「……才を見せ続けねばならぬ場は、苦しいでしょうね」
その声には、批判だけではないものが混じっていた。同じ才女として、分かってしまう部分があるのだろう。
私は頷いた。
「だから『をかし』は強い。けれど、強い分、燃費が悪い」
「燃費」
赤染衛門が小さく咳払いした。
「『長く保つには工夫を要する』と書いておきます」
「お願いします」
次に、私は「あはれ」に移った。
「『あはれ』は、瞬間性では『をかし』に負けることがあります」
菅原の君が少し不満そうにした。
「負けるのですか」
「はい。その場で全員を笑わせる力は、必ずしも強くありません。むしろ、すぐには分からないこともある」
若菜が頷いた。
「後から分かることが多いです」
「そうです。『あはれ』は、時間が必要です。読む時間、思い出す時間、自分の経験と重ねる時間」
私は紫式部の草稿を見た。
「けれど、その分、長く残ります」
藤壺が静かになった。
「夜に思い出す。別の恋を見た時に思い出す。文を書こうとして思い出す。誰かを許せない時に、あの人にも事情があったのかもしれないと思わせる」
それが「あはれ」の強みです。人の心の奥へ入る。一度入ると、簡単には出ていかない。
「つまり、持続性が強い」
赤染衛門が書く。
「永く支持を得やすいということですね」
「そうです」
前世風に言えば、リピート率が高い。もちろん、言わない。言ったら赤染衛門にまた雅に直される。
「姫様、今何か飲み込まれましたね」
常盤が目ざとい。
「飲み込みました」
「では聞きません」
「賢いわ」
私は説明を続けます。
「『あはれ』の弱みは、広がるのに時間がかかることです。短い噂にはしにくい。全部読まなければ伝わらない。朗読の場も必要になります。紙も必要になる」
春枝が真剣に頷いた。
「紙の確保が重要でございますね」
「ええ。あなたの出番です」
春枝の目が輝いた。
「紙のためなら、お任せください」
「紙そのものが主役ではありません」
「分かっております。ですが、紙が悪ければ物語が泣きます」
「それはそう」
有子が続けた。
「写しの正確さも必要です。長い物語は、一字の乱れが後に響きます」
「その通りです」
澄子が言った。
「朗読の場も整えねばなりません。暗すぎれば読みにくく、明るすぎれば心が急きます」
若菜も小さく言う。
「香も、強すぎない方がよいです。物語の香と混ざってしまいます」
小少将は几帳を見た。
「衣や調度の色も、場面を邪魔しないように」
菅原の君は感想札を抱えた。
「そして、感想を集めるのですね」
赤染衛門が筆を止め、私を見た。
「つまり、『あはれ』は一人の機知ではなく、場全体で支える感性なのですね」
「そうです」
私は頷いた。
「だから藤壺に向いています」
藤壺は、定子様の御前のように、一瞬で人を惹きつける太陽ではない。私自身も、定子様のような眩しさは持っていません。それを真似しても勝てない。
ならば、別の市場を作ります。夜道の灯。静かに戻ってこられる場。笑いだけでなく、傷や迷いも置いていける場所。そこに「あはれ」は合う。
常盤が首を傾げた。
「つまり、姫様は『あはれ』で定子様に勝つおつもりですか」
「勝つ、というより」
私は少し考えた。
「長く残ることを狙います」
その場の話題性では、定子方が強い。清少納言の一言は、今日の宮中を動かす。でも、紫式部の物語は、明日も、来月も、来年も読まれる可能性がある。
登場人物の運命を知りたい人は、また藤壺へ来る。感想を語りたい人は、また集まる。写しを読み返した人は、もう一度心を動かされる。短い光ではなく、長い灯。
「長期的な支持を得るには、『あはれ』が強い」
赤染衛門が、そのまま書きかけて、止まった。
「……これは雅に直すべきでしょうか」
「直してください」
「『久しく人の心にとどまる趣として、あはれを育む』」
「完璧です」
紫式部が、静かに言った。
「けれど、姫様」
「はい」
「『あはれ』もまた、見せ物にされれば歪みます」
その通りだった。悲しければよい。苦しければ深い。泣ければ勝ち。そうなった瞬間、「あはれ」は安っぽくなる。
前世にもあった。泣かせるためだけの展開。悲劇の消費。傷の見世物。重ければ高尚、明るければ軽薄、という雑な評価。それは違う。
「ええ。だから、泣かせることを目的にしません」
私は答えた。
「『あはれ』は、人の心を丁寧に見るためのものです。誰かの痛みを飾りにしてはいけません」
紫式部の目が、少し柔らかくなった。
「それなら、書けるかもしれません」
「書いてください。ただし休みながら」
「また休みの話に戻るのですね」
「大事です」
小少将が手を上げた。
「では、『をかし』は藤壺では扱わないのでございますか」
「扱います」
「扱うのですか」
「もちろんです。御殿に笑いは必要です。瞬間の機知も、景色を明るくする言葉も、大切です」
菅原の君が少し驚いた顔をした。
「では、定子様の強みを取り入れるのですか」
「取り入れるのではなく、尊重します。ただし、主軸にはしません」
私は扇を膝に置いた。
「藤壺の主軸は、あくまで『あはれ』。でも、場を重くしすぎないために『をかし』も必要です」
赤染衛門が頷いた。
「感性の役割分担ですね」
「はい」
常盤がぼそりと言った。
「また表が増えそうです」
「増えます」
「やはり」
私は赤染衛門に告げた。
「『趣の違いを扱う覚』に、運用を追記します」
「承ります」
「一つ。『をかし』を敵視しない。瞬間の明るさとして尊重する」
「二つ。藤壺の主軸は『あはれ』とし、長く心に残る物語を育てる」
「三つ。『あはれ』を悲しみの見世物にしない」
「四つ。朗読後の感想では、泣いたかどうかだけでなく、何を思い出したか、誰の心を想像したかを聞く」
「五つ。重くなりすぎた場には、適度な『をかし』を入れて息を整える」
「六つ。どちらが上かではなく、どの場に向くかで使い分ける」
赤染衛門が書き終えると、藤壺には不思議な納得が広がった。もちろん争いが消えたわけではありません。好みの違いは残ります。
小少将はやはり、清少納言の明るい機知が好きだろう。菅原の君は、紫式部の深い物語に沈み続けるだろう。
常盤は、どちらも噂にしたがるだろう。春枝は、紙に向いた言葉を考え続けるだろう。有子は、記録できる形を探すだろう。若菜と澄子は、場の温度を整えるだろう。
それでいい。
全員が同じものを好きになる必要はない。大事なのは、違いを争いではなく、設計に変えることだ。感性論を、マーケティング論にする。
……とは、さすがに口には出さなかった。
出したら赤染衛門が疲れる。
「姫様」
紫式部が、ふと声をかけた。
「はい」
「市場、という言葉は、少し生々しゅうございますね」
「聞こえていましたか」
「姫様のお顔が語っておりました」
「顔問題が私にも」
常盤が嬉しそうにした。
「仲間でございますね」
「違います」
私は咳払いした。
「では、言い直します。人の心にも、求める趣の違いがあります」
紫式部は頷いた。
「それなら、分かります」
「藤壺は、その違いを見ます。そして、長く人の心にとどまる物語を育てます」
その言葉に、紫式部は静かに目を伏せた。外では、夏に向かう風が簾を揺らしている。光は明るい。けれど、藤壺の奥には、昼の明るさだけではない静けさがあった。
定子様の御前には、清少納言の「をかし」がある。
春は曙。雪の朝。少し憎らしいもの。胸のすく機知。その場を笑わせ、景色を一瞬で変える言葉。
それは、美しい。強い。人を惹きつける。でも、藤壺には藤壺の道があります。会えない夜。返らぬ文。言えなかった心。誰かを愛するほど、誰かを傷つけてしまう人の弱さ。美しいものが滅びる予感。幸福の中にすでに混じる別れの匂い。
それを、ゆっくりと言葉にします。笑いの速さでは勝たない。機知の鋭さで張り合わない。瞬間の拍手を取りに行かない。
長く残る。ふとした夜に思い出される。誰かが文を書く手を止める。別れた人の袖の香を思い出す。自分だけだと思っていた痛みに、名前がつく。それが「あはれ」の力だ。
私は扇を手に取った。ぱちり。女房たちが姿勢を正す。
「『をかし』は、今この場を輝かせる言葉です。『あはれ』は、後の心に残る言葉です」
赤染衛門が、最後の一行を書いた。
「どちらも尊い。けれど、藤壺は『あはれ』を柱にします」
紫式部の筆が、静かに動いた。
その日から、藤壺の朗読会では、ただ「面白かった」と言うだけではなくなった。
「どこが胸に残ったか」
「誰の心を想像したか」
「後で思い出しそうな場面はどこか」
「苦しかったのはなぜか」
「少し笑えたところはどこか」
感想札は、少しずつ変わった。泣いた、では終わらない。笑った、でも終わらない。自分の心がどう動いたかを、言葉にする。それは、藤壺の女房たち自身を育てていった。
定子方がその場の光なら、藤壺は夜に残る灯になる。そう決めた日、棚にまた一枚、覚が増えた。
――趣の違いを扱う覚。
感性を争いにせず、場の設計に変えるための紙。
宮中のどこかでは、今日も清少納言の一言に笑いが起こっているでしょう。それはそれで、見事なことです。
そして藤壺では、紫式部の物語を聞いた女房が、夜になっても眠れず、そっと感想札を取り出している。
どちらが上かではありません。ただ、どちらが長く心に残るか。藤壺は、その問いに静かに賭けることにしました。
「あはれ」という名の、長期戦に。
〜 出典 〜
『源氏物語』第一帖 桐壺
いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせ給はず…
テスト向け訳文:帝はいよいよ更衣をいとおしい存在と思われ、人々の非難も気になさらなかった。
〜 舞台背景 〜
もののあはれ(もののあわれ、物の哀れ)は、平安時代の王朝文学を知る上で重要な文学的・美的理念の一つ。折に触れ、目に見、耳に聞くものごとに触発されて生ずる、しみじみとした情趣や、無常観的な哀愁である。苦悩にみちた王朝女性の心から生まれた生活理想であり、美的理念であるとされている。日本文化においての美意識、価値観に影響を与えた思想である。江戸時代後期の国学者本居宣長が、著作『紫文要領』や『源氏物語玉の小櫛』などにおいて提唱し、その頂点が『源氏物語』であると規定した。出典:wikipedia




