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転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜  作者: 条文小説


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3/6

二 雪山マウンティング、溶ける

挿絵(By みてみん)


 登華殿では、定子サロンの女房たちが庭に雪山を築き、その風流を競い合っていた。挑発の文を受けた彰子は、同じ遊びで対抗することを避け、前世の知識を生かして「長く残る雪山」を作ることを提案する。やがてその雪山は帝の目にも留まり、彰子の御殿ならではの新たな価値を生み出していく。

 宮中の朝は、思っていたより寒かった。


 前世の私は、平安時代というものを、どこかぼんやりと美しい絵巻物の中の世界だと思っていました。十二単。御簾。香。和歌。月。雪。みやび


 けれど実際に住んでみて分かったことがあります。みやびは、断熱材ではない。板敷きは底冷えする。隙間風は容赦なく入ってくる。火鉢は近づけば熱いが、離れれば寒い。そして十二単は重い。とにかく重い。


 優雅に衣を重ねているように見えて、現代人の感覚からすると、これはもはや着る寝袋です。しかも動きにくい。


(ユニクロのヒートテックが恋しい……)


 などと、帝の后にあるまじきことを考えながら、私は御帳台の近くで膝掛け代わりの衣を整えていました。すると、廊の方から、ざわざわと女房たちの声が近づいてきます。


 赤染衛門が、少し困った顔で私の前に進み出ました。


「姫様」


「何かしら」


「登華殿の方々が……その、雪山をお作りになったそうでございます」


「雪山?」


「はい。庭に降り積もった雪を集めて、小山のように。どれほど長く残るか、皆で興じていらっしゃるとか」


 (ああ。出ました。平安文学テンプレ「雪見」です)


 平安宮廷名物、雪を見てテンションが上がる貴族たち。もちろん、現代でも雪が降れば人は少し浮かれます。けれどこの時代の貴族たちは、雪をただ見るだけでは終わりません。


 雪を詠む。雪を眺める。雪に心を託す。雪で遊ぶ。そして、その遊びに教養と機知を絡め、相手を殴る。そう。雪合戦ではありません。雪マウントです。


 赤染衛門は、袖の中から一通の文を取り出しました。


「こちらが、その……登華殿より届いた文でございます」


 私は文を受け取りました。薄青い紙。雪を思わせる、淡く冷たい色。香は控えめ。筆跡は流れるように美しい。そして、書かれている内容は、だいたい予想通りでした。


『登華殿の庭には、雪の山いと高く積もり侍り。春まで残らむかと女房ども申し合ひて、朝夕眺め暮らし候。梅壺の御方にも、雪を愛づる御心はおはしますや。もしや、雪よりも静かに、石のごとくお過ごしにて候ふらむ』


 ……。


 はいはいはい。翻訳しましょう。


 「こっちは雪山作って、みんなでみやびに盛り上がってますけど?そちらの彰子様にも、雪を楽しむ感性くらいあります?まあ、雪より静かな石の中宮様だから、何もせず固まってるんでしょうけどね」


 ということです。


 「石」ネタ、さっそく使い回してきました。流行語の消費が早い。平安宮中、実質SNSです。周囲の女房たちが、悔しそうに顔を赤らめました。


「なんて無礼な……!」


「姫様、これは明らかに挑発でございます」


「こちらも雪を集めましょう!」


「ええ、もっと大きな山を作って、見返してやりましょう!」


 女房たちが一斉に騒ぎ始めます。私は文を畳みながら、彼女たちを見回しました。怒ってくれるのはありがたい。忠誠心の芽が出ている証拠です。


(でも…同じ土俵で大きさ勝負をしたら負けるわね)


 定子サロンは、華やかな遊びを物語にするのが上手い。清少納言を筆頭に、何気ない出来事を「まあ、なんてをかし」と言語化し、周囲に共有し、伝説化する力があります。こちらが同じように雪山を作っても、たぶんこう言われるでしょう。


 ――あちらも真似をなさったのね。

 ――まあ、お可愛らしい。

 ――石の中宮様も、ようやく雪を覚えられたのかしら。


 駄目です。真似は二番煎じになります。ならば、別の勝ち方をします。


「衛門」


「はい」


「登華殿の雪山は、どこに作られているの?」


「庭の、日当たりのよいあたりと聞いております。皆様が御簾越しに眺めやすい場所で」


「日当たりのよい場所」


 私は思わず、口元を押さえました。笑いそうになったからです。いや、分かります。見栄えは大事です。雪山を作るなら、みんなから見える場所がいい。朝日を受けて白く輝く雪山。それはきっと美しいでしょう。でも。


(溶けるわよ、それ)


 雪は気分で溶けるのではありません。太陽に当たれば溶ける。風に当たれば削られる。地面の熱でも下から溶ける。表面積が広ければ溶けやすい。


 当たり前です。


 けれど、この時代の貴族たちにとって、雪がいつまで残るかは、半分くらい風流と運と神仏の領域なのでしょう。私は赤染衛門に尋ねました。


「庭の中で、一番日陰になる場所は?」


「日陰、でございますか?」


「ええ。日があまり当たらず、風も通りにくく、地面が冷えている場所」


「それでしたら、北側の築地近くに……。ですが、そこは見栄えがあまり」


「見栄えは後で作ればいいわ」


 女房たちが首を傾げます。私は続けました。


「雪を集めてください。ただし、大きさを競うためではありません。長く残すために」


「長く……?」


「ええ。登華殿の雪山より、一日でも長く残します」


 その瞬間、女房たちの目が変わりました。怒りが、好奇心に変わる。悔しさが、期待に変わる。いい反応です。


 組織とは、感情を燃料にして、目的へ向けて整えるものです。怒りのまま突っ込ませれば喧嘩。方向を与えればプロジェクト。私は、ゆっくりと指示を出しました。


「まず、雪は踏み固めすぎないで。中に空気を含ませた方が冷たさを保ちやすい部分もあるけれど、崩れない程度にはまとめること。表面はなめらかにして、雨水や溶けた水が流れ落ちるように」


「は、はい」


「地面に直接置かないで。下に藁か枝を敷いて、地面の熱を避けます」


「地面の、熱……?」


「地面は雪より温かいの。下から溶けるわ」


 女房たちは顔を見合わせました。たぶん、言っている意味の半分も分かっていません。けれど、私が断言しているので、とりあえず聞いています。こういう時は、難しい理屈を全部説明してはいけません。実行できる形に落とします。説明は結果が出てからでいい。


「それから、日中は薄い布か筵で覆って。完全に隠すのではなく、風と日差しを避ける程度に。夜は外して、冷気に当てる」


「雪を、覆うのでございますか?」


 若い女房が驚いた声を上げました。


「それでは、せっかくの雪山が見えません」


「見せる時間を決めればいいの」


 私は即答しました。


「朝と夕だけ、覆いを外します。その時に女房たちを集めて眺める。ずっと見せっぱなしにするより、希少価値が出るでしょう?」


 前世の知識で言うなら、限定公開。常時展示ではなく、時間指定イベントです。人は、いつでも見られるものには飽きる。限られた時間にしか見られないものには、勝手に価値を感じる。現代の美術館も、限定スイーツも、アイドルの配信も、だいたい同じ原理です。


「さらに、雪山の周りに白い砂か薄い布を敷いて、溶けた水で泥が跳ねないように。見栄えが悪くなるから」


「まあ……」


「雪山の側には、梅の枝を一本。まだ蕾のものを。雪が残る間に蕾が開けば、春を待つ趣になります」


 ここで、女房たちの目が輝きました。ようやくみやびに接続されたからです。合理性だけでは、宮中では嫌われます。「便利です」「効率的です」だけでは、人は動きません。そこに、物語が必要なのです。


 雪を長く残す。その雪のそばで、梅が開く。冬が粘り、春が忍び寄る。これなら、歌にもなる。噂にもなる。帝にも見せられる。


「姫様……それは、いとをかしゅうございます」


 赤染衛門が、少し震えた声で言いました。私は内心で頷きます。


(よし。現場責任者が、乗ってきた)


 プロジェクトは、現場責任者が乗れば半分勝ちです。その日のうちに、彰子方の女房たちは動き出しました。最初はおっかなびっくり。けれど作業が進むにつれ、妙な熱が生まれました。


「そこ、日が当たりすぎます!」


「藁をもう少し厚く!」


「布をかけるなら、こちらの薄物の方が美しゅうございます」


「梅の枝は、もう少し左へ。御簾から見た時に映えませぬ」


 女房たちが、意見を出し合い始めます。私はそれを見ながら、静かに満足しました。これです。これが欲しかったのです。単なる対抗心ではなく、自分たちで工夫し、場を作り、成果を見たいと思う気持ち。


 女房たちが「彰子様のために怒る」だけでは弱い。「彰子様の御殿で、自分たちが面白いことをしている」と思わせる必要があります。所属意識は、与えられるものではありません。一緒に何かを作った時に生まれるのです。


 翌朝。登華殿の雪山は、噂通り見事だったそうです。日の光を受けてきらきらと輝き、女房たちが歓声を上げたとか。清少納言らしき女房が、「春まで残りそうですこと」などと機知めいたことを言い、周囲が笑ったとか。


 一方、こちらの雪山は地味でした。北側の築地近く。日陰。藁の上。昼には薄布で覆われる。常時公開ではない。最初、他の御殿の女房たちは笑いました。


「梅壺の御方は、雪山まで引きこもりですのね」


「雪まで石になさるおつもりかしら」


「覆いをかけるなど、まるで病人ですこと」


 ええ、言っていなさい。勝負は初日ではありません。運用です。


 三日後。


 登華殿の雪山は、少し低くなりました。もちろん、まだ美しい。けれど朝日と人の出入りで表面が崩れ、泥が混じり始めていると聞きました。こちらの雪山は、まだ白い。女房たちは朝と夕にだけ覆いを外し、そのたびに集まって眺めます。最初は地味だったその時間が、だんだん特別なものになっていきました。


「姫様、今日も残っております!」


「梅の蕾が、少しふくらんだようでございます」


「覆いを外す時の白さが、かえって美しゅうございますね」


 女房たちは、まるで秘密を共有する少女のように笑いました。


 五日後。


 登華殿の雪山は、半分ほどになったそうです。


 七日後。


 泥が目立ち、もはや山というより残雪になったとか。


 そして十日後。


 登華殿の雪山は消えました。その知らせを持ってきた若い女房は、頬を紅潮させていました。


「姫様! あちらの雪山、ついに消えたそうでございます!」


「そう」


「ですが、こちらは……」


 彼女は御簾の外へ目を向けます。北側の築地近く。小さくはなったものの、まだ白い雪の塊が残っていました。そのそばで、梅の蕾が一輪、ほころびかけています。赤染衛門が、感嘆したように息を吐きました。


「まことに……残りました」


「ええ」


「なぜ、このようなことが……」


 私は少し考えました。ここで全部を科学的に説明しても、たぶん伝わりません。太陽光、熱伝導、対流、断熱。言葉にしたところで、女房たちには呪文に聞こえるでしょう。だから、宮中の言葉に訳しました。


「雪にも、居心地のよい場所があるのよ」


「雪の、居心地……」


「強い日に晒され、風に削られ、人に囲まれて褒めそやされれば、早く消える。静かな日陰で、余計な熱を避け、大切に扱えば、長く残る」


 女房たちは黙りました。その言葉が、雪だけの話ではないと気づいたのでしょう。才能も。美貌も。寵愛も。人の心も。


 見せびらかされ、消費され、褒められるために晒され続ければ、早く削れる。守られ、整えられ、適切な時にだけ光を受ければ、長く残る。赤染衛門が、深く頭を下げました。


「姫様のお考え、ようやく少し分かった気がいたします」


「本当?」


「はい。これは、雪の勝負ではございませぬな」


「ええ」


 私は微笑みました。


「場の作り方の勝負です」


 その日の夕方。一条天皇が、ふいにこちらへ立ち寄られました。もちろん、偶然ではないでしょう。宮中に噂が流れたのです。


 ――登華殿の雪山は消えた。


 ――梅壺の雪は、まだ残っている。


 ――しかも、梅の蕾が開きかけている。


 帝は御簾の前に立ち、庭の雪を眺めました。


「これが、噂の雪か」


 その声には、わずかな驚きが混じっていました。


「彰子」


「はい」


「なぜ、こちらの雪だけが残った」


 私は御簾の奥で、少しだけ頭を下げました。


「雪が残りたがるように、場所を整えただけでございます」


「雪が、残りたがる?」


「はい。人も雪も、無理に輝かせようとすれば、早く消えますゆえ」


 帝は黙りました。庭では、薄暮の光の中、小さな雪山が青白く浮かんでいます。そのそばで、梅の蕾が一つ、静かに開こうとしている。派手ではありません。登華殿のような歓声も、清少納言の鋭い言葉もない。けれど、目が離せない。帝はしばらくそれを見つめた後、低く笑いました。


「そなたは、面白いことを考える」


 その瞬間、背後の女房たちが息を呑む気配がしました。「面白い。」それは、これまで定子様の御方に向けられていた言葉です。清少納言たちの機知に、華やかな遊びに、帝が向けていた評価。その言葉が今、初めて、こちらへ落ちてきた。私は顔を伏せたまま、静かに答えました。


「恐れ入ります」


 内心では、拳を握っていました。大勝利ではありません。帝の心がこちらへ移ったわけでもない。定子サロンの輝きが失われたわけでもない。でも、重要なのはそこではありません。


 こちらの御殿に、初めて固有の価値が生まれたのです。定子サロンは、華やかに笑う場所。彰子サロンは、静かに驚く場所。勝ち筋が見えました。


 その夜、赤染衛門がこっそり教えてくれました。


「登華殿では、清少納言様がこちらの雪の話をお聞きになり、しばらく黙っておられたそうでございます」


「そう」


「その後、『雪を隠して勝つとは、ずいぶん奥ゆかしいこと』とおっしゃったとか」


 私は思わず笑いました。負け惜しみにしては、上品です。さすが清少納言。切れ味がよい。


「それで?」


「周りの女房たちは笑おうとなさったそうですが……誰も、うまく笑えなかったとか」


「なぜ?」


「こちらの雪が、まだ残っておりますので」


 なるほど。結果が残っている悪口は、笑いにくい。事実は、毒舌の足元を冷やす。私は庭の方を見ました。小さな雪山。開きかけた梅。それを守るように掛けられた薄布。派手ではない。でも、消えない。


 それが、石の中宮と呼ばれた私の、最初の勝利でした。

〜 出典史料 〜

『枕草子』雪の山の段


 さて、そのゆきやまは、まことのこしのにやあらむとえて、えげもなし。くろうなりてるかひなきさまはしたれども、げにちぬる心地ここちして、いかで十五日じゅうごにちちつけさせむとねんずる。されど、「七日なのかをだにえぐさじ」と、なほいへば、いかでこれ見果みはてむとみなひとおもふほどに、にはかに内裏だいり三日みっからせたまふべし…


〜 舞台背景 〜

 「雪のいと高う降りたるを……」で始まる「香炉峰の雪」ほどメジャーではない章段「雪の山」が元ネタです。でも、「香炉峰の雪」を知ってるような枕草子ヲタクな方にとっては「雪の山」も常識かもですがw

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