大河原さんの場合
「ツツピ、ツツピ、ツツピ……。」
可愛らしい小鳥の囀ずる声が、歩道のハナミズキの木から聞こえる。
大河原さんは、双眼鏡でシジュウカラの姿を追った。
黄緑色の背に胸の前に黒いネクタイをつけたようなシジュウカラは、枝から枝へと乗り移っていく。
「う~ん、どこかあの鳥を観察するのに良い場所はないかな?」
大河原さんは、ふと、あるカフェのテラス席に気がついた。
店の看板には「カフェ・エスポワール」と書いてある。
カフェの入り口はあそこか……。
「すみません。」
大河原さんは、カフェの扉を開けた。
「はい。いらっしゃいませ。」
店長らしき男性が近付いてきた。
「あの……ここのテラス席、座ってもいいですか?」
「勿論です。今、メニューをお持ちしますね。
どうぞお掛けになってお待ちください。」
店長は、店の奥に消えた。
「じゃあ、座るとするか。」
大河原さんは、テラスの二人席に座った。
相変わらず、シジュウカラの囀ずる声は聞こえてくる。
「こちら、メニューです。
今日のおすすめのケーキはチーズケーキとなっております。」
店長の隼人が大河原さんに水が入ったグラスとおしぼりを持ってきた。
「じゃあ、ブレンドとチーズケーキを。」
「かしこまりました。」
隼人は、大河原さんの双眼鏡を見ると
「お客様、もしかしたらバードウォッチングをなさるんですか?」と尋ねた。
「あっ、そうですが……。
わかります?」
「はい。先ほどから、良い声で鳴く小鳥がいたので、私も気になっていて……。
お客様がしきりと上をご覧になっていたので、鳥がお好きなのかなと思いました。」
「うん。普段は広い公園なんかに行くんだけれど、こうした街中にも結構鳥はいるから、ついついね。
声が聞こえると姿を見たくなってしまって。」
「そうですか。」
「この席、気に入ったよ。」
「ありがとうございます。」
それから、大河原さんは時々カフェ・エスポワールでバードウォッチングをしながら、お茶を飲んでいくようになった。
ある時、小林工務店の小林店長がカフェにやって来た。
「小林さん、いらっしゃいませ。」
「やぁ、隼人さん、久しぶり。」
「これさぁ、使う?」
「何でしょうか?」
それは、アンティーク調の小さな石の鉢だった。
「これは?」
「バードバス。」
「バードバス?」
「ここに水をはってやると、鳥が来るんだよ。
つまり、鳥の水場だよ。
お客さんにもらってさ。良かったら、ここのテラス席に設置したら?」
「なるほど。ありがとうございます。
使わせてもらいますね。」
隼人は、早速、テラス席にバードバスを置いてみた。
すると……
色々な鳥がやってきては水を飲んでいくようになった。
大河原さんは勿論のこと、子どもたちも喜んで鳥たちを観察するようになった。
たくちゃんは、テラス席でお茶を飲んでいる時に綺麗な水色のインコが時々やって来るのに気がついた。
「お母さん、あの鳥、綺麗だね。」
「本当ね。」
二人はそのインコに見とれていた。
「あら……。あのインコ、もしかしたら迷子のインコじゃないかしら?」
「えっ?」
「ほら、拓人といつか電柱に貼ってあった紙を見たでしょ。」
「あぁ、写真が貼ってあって、このインコがいなくなりました、見つけたら連絡くださいって書いてあったよね。」
「飼い主さん、この近所みたいだし、もしかしたら、あのインコかも。」
早速たくちゃんのお母さん、真弓さんが飼い主さんに連絡してくれた。
急いでカフェにやってきたのは、たくちゃんと同じ位の小学生の男の子とお母さんだった。
「あっ、ソラ君だ!」
その男の子が叫んだ。
「本当ね。ソラ君だわ。」
お母さんも嬉しそうだ。
バードバスにいたソラ君は、飛んでいって男の子の腕に止まった。
「ありがとうございます。連絡くださって。」
「いえ、もしかしたらと思って。
お探しのソラ君で良かったです。」
真弓さんは、ホッとしたようにそのお母さんを見つめた。
「あの……僕、小川俊太って言います。」
ソラ君の飼い主の男の子が言った。
「僕は大上拓人。」
二人はお互いを見て、にっこり笑った。
こうして、俊太君と拓人君は仲良くなった。
お母さん同士もすぐに打ち解けて話すようになり、二組の親子はカフェ・エスポワールのテラス席でたまに落ち合ってお喋りするようになった。
大河原さんは、子どもたちにも鳥の話をしてくれるようになり、あっという間に人気者に……。
「会社を引退してから、バードウォッチングにはまりましたが、まさか、子どもたちとも話すようになるなんてね。」
大河原さんもカフェのテラス席で小さな友だちと楽しそうに過ごしている。
隼人店長は、犬だけでなく、小鳥までやってくるようになったテラス席をとても気に入っていた。
「カフェ・エスポワールには、色んなお客さんが来るなぁ。
人間も犬も……そして、小鳥たちもね。」
そう言って隼人は、咲耶さんに笑いかけた。
「本当にそうね。バードバス、設置して良かったわね。」
咲耶さんも嬉しそうに微笑んだ。
隼人と咲耶さんも鳥の姿を探すように空を見上げた。
春を告げるシジュウカラから初夏の小鳥たちへとやってくる鳥たちも変わっていくのだろう。
今日も小鳥たちの囀ずりが賑やかなカフェ・エスポワールだった。




