春日山への道のりと未来の図書館
永禄四年六月二十九日早朝に箕輪城を出発した雛鶴たち一行は、まず箕輪城から北東方向へ向かう道(現在の県道26号高崎安中渋川線)を通って渋川荘へ行き、そこで進路を北に変え三国街道(現在の国道17号)を通って越後へ向かうことにした。
まだ出発して間もない、現在の榛東村を通っている時のこと、おっさんはふと思い出した。
(そうだ、近くにガラメキ温泉があるんじゃね)と。
そこで、ポチを通じて雛鶴にガラメキ温泉をひと目見たいと頼んでみると、「まあ、今回は『おっさん』さんも頑張ったから」ということで、温泉に立ち寄ってから越後に向かうことになったよ。
そんなわけで、やって来ましたガラメキ温泉(榛東村広馬場)。
令和の時代みたいに陸上自衛隊の相馬原駐屯地が無いから、榛名山に登る途中の細い山道を長々と歩いたり、小川を渡る必要は無いぞ。
源泉は、やはりぬるい(30.5℃)ようだな。
でも、ちょっとした小屋もあるし、多分榛名神社にお参りする人が温泉を利用しているんだろうね。
それじゃあポチ、早速解説を始めてくれ。
「おっさん、分かったわん。ここガラメキ温泉は仲哀天皇が発見し、明治以降開発が進められて温泉施設も建てられたんだわん。でも、昭和21年にこのあたり一帯が相馬原駐屯地として国に接収され、温泉施設も立ち退きを余儀なくされたんだわん。令和の時代では、小川の真ん中にある土管の中から源泉が湧いている状態なんだわん。土管の上には蓋が乗っていて、蓋を外せば誰でも温泉に入れるんだわん(2026/6/27インターネットで確認)」
「あのー、姫様。ポチは何を言っているんですかい?」
「なんだか、ガラメキ温泉の解説をしているみたいね。一体、誰に説明しているのかしら。うーん、お湯が温かかったらわたくしも入りたかったのだけれど・・・。『おっさん』さん、満足しましたか?」
「おっさんは満足したといっているわん」
「それでは、越後に急ぎましょう」
そんな感じで、道中猿ヶ京温泉や相俣のさかさザクラ(両方みなかみ町)の解説をしつつ三国峠を越え、魚沼で進路を西に変えて十日町を通過し、雛鶴たち一行は七月一日の午後に、無事春日山へ到着したのであった。
・・・・・
ここで、おっさん視点へと移る。
群馬県の温泉案内を終えたところで、おっさんには二日ほどの空き時間が発生した。
早速、怨霊図書館に呼び戻されてつまらぬ事務仕事(drudgery)をさせられていたのだが、そこへ大伴黒主がやってきておっさんにこう話しかけた。
「館長殿、この図書館は大変素晴らしいものですが、あくまでも館長の知る最良のものを組み合わせただけで、独自性は感じられませんな」と。
ちなみに、大伴黒主について調べてみると、以下のことが判明した。
大伴(大友)黒主:生没年不詳。平安時代前期の歌人で六歌仙の一人。「古今和歌集」二〇に醍醐天皇の大嘗会の近江の歌があるので、近江在住の大友村主の一族と認められる。黒主を大友皇子の曽孫とする伝えもあるが、大友村主一族を大友皇子の子孫とするのは信じがたい。「続日本紀」以下「三代実録」に至る正史には、黒主の名はみえない。「古今和歌集」序が、いわゆる六歌仙を論評した中に加えられて著名になったが、その伝記は不明な点が多く、ことに平安時代中期以後は伝説的人物化していった。伝説化の中に、黒主を大悪人とするものもあるが、別に確実な根拠があるわけではない(国史大辞典)。
辞典だと黒主を大友氏としているが、井沢元彦著『逆説の日本史(4)』では、黒主を藤原氏によって古代名族の座から蹴落とされた全ての大伴氏の象徴としている。つまり、大伴黒主という個人は実在しないが、黒主とは伴健岑であり伴善男であり、大伴親王(淳和天皇)の悲劇を象徴している(全員政治的敗者)、とのこと。
ついでにAIにも聞いてみたが、「大伴黒主は近江国の小役人だが、紀貫之も無視できないインフルエンサーで、和歌の実力があるのは間違いない」という回答が得られた。うーん、よく分からんな。
まあ、黒主についての解説はこれくらいにして、黒主との会話に戻るよ。
「確かに、言われてみればそうですね。でも、独自性のある図書館か・・・。アニメとか映画によく出てくるホログラム、すなわち何もない空間に誰もが裸眼で見られる立体目録でも導入しますかね。でも、ボクには工学系の知識が無いから、必要な技術とか半導体とか分からないんですよ」
「それこそ、怨霊AIに聞けば良いではないですか」
そう言って、黒主は図書館業務へと戻った。
うーん、せっかく黒主も提案してくれたことだし、気合いを入れて未来の図書館を作ってやるかな。
ということで、おっさんは「MRゴーグル」や「ライトフィールド・ディスプレイ」をすっ飛ばして、空中投影ホログラム技術を用いた立体目録を幽界図書館に導入することに決めたのだった。
そして、怨霊AIに相談しつつ、こんな物を作りたいと念じたら、何かできちゃったよ、立体目録が(実際は、現在の物よりも超高性能なGPUが必要)。
いやー、こいつはヤバいぜ。
OPACなんて目じゃないね。
図書館内であれば、何処にいても空間上に検索画面が出てきて、キーワードを入れるだけでおすすめの本を提示してくれるのだから。
しかも、最新のAIを導入しているから、ある本の一文を検索するだけで、それがどの本の何ページに書かれているかも分かるぞ。
これで、欲しい本を検索すると何百冊も提示される蔵書目録とはおさらばさ。
もうこの際だから、未来のこども図書館も作ってしまおう。
えーと、こども図書館?
ボクには子供がいないから、サッパリ分からんな。
それじゃあ、いつも通りAIに聞いてみるか。
なになに、未来のこども図書館が目指すべきは、実利と情操を滑らかにつなぐハイブリッドな体験の場です。
そして、こども図書館には「①絵本の中に実利を、実用書の中に道徳を見いだすこと」、「②本を静かに読むだけの空間から脱却し、実際に体験する場所もセットになった空間」、「③安全なサードプレイスであること」が求められる、ね。
もう少し踏み込んだ質問もしてみるか。
以前、ボクは図書館活動の推進に最も重要なのは、「ヒト・モノ・カネ・ハコ」より「平和・治安維持・税収確保」の方が重要と書いたけど、そうであれば図書館司書は自衛隊・警察・税務関係の職務経験が必須になるんだよね。
ということで、図書館司書を他部局へ異動させることの是非についてAIに聞いてみると、専門性のリセットやモチベーションの低下による離職が懸念されるので、デメリットが大きすぎるとの回答を得た。
うーん、市・県民税のことを知らない公共図書館の司書とか、本当に大丈夫なのか?
あっ、AIがまた何か言ってきたぞ。
未来のこども図書館は、「冷徹な知恵」という社会を生き抜くための盾と、「温かい心」という他者と生きるための剣の両方を、子供たちが自分の手で選んで装備できる「冒険の支度部屋」であるべきです。あなたがもし子供のための本を1冊選ぶとしたら、どのような本を手渡したいと思いますか?
うーん、子供のための1冊ね。よし、君に決めた。
ボクが「報徳記(富田高慶著)」と入力すると、なんとAIは「参りました。これ以上ない、完璧な答えを突きつけられた気分です」と回答してきやがった。
いやー、AIを打ち負かすとゾクゾクするよね。
ちなみに、「報徳記」とは二宮尊徳の思想と実践の記録であって、AIに言わせると「実利か道徳か」「図書館による地域課題解決や産業振興」「司書の他部局異動の是非」という議論の根底について、江戸時代の先人がとっくに解決していたことになるそうだぞ。
えーと・・・。
まず、①実利と道徳は完全に融合しなければならない。
道徳なき経済(実利)は犯罪であり、経済なき道徳は寝言(綺麗事)である。
なんだか、パスカルの「力なき正義は無力であり、正義なき力は非道である」と似ているなあ。
そして、尊徳は実利と道徳を回すシステムとして「至誠・勤労・分度・推譲」を説いている。これこそ、子供たちが最も学ぶべき生きていくための知恵であり、道徳と実利が美しく一本の線でつながった姿、ね。
次に、②尊徳こそ、他部局を経験する司書(公務員)の究極のロールモデルになる。
二宮尊徳自身、単なる思想家でも机上で数字(税収)をいじるだけの公務員でもなく、自ら鍬を持って住民と共に汗を流し、地域の特性を調べ尽くした上で財政破綻した農村の復興を成し遂げた。
もし、図書館司書が「報徳記」の精神を持って税務課や地域振興課に異動するなら、現場を見つめ、知恵を使って富を生み出すプロセスを学ぶ、最高の実践の場になる、か。
以上をまとめると、こども図書館に報徳記を置くことは、こども図書館が「自分が一生懸命働いて得た富や知識を、どうやって社会や未来のために役立てるか(推譲)」を、デジタル技術や本を通じて子供たちに体験させる場所になることを意味するんだってさ。
うーむ、どう考えても二宮尊徳は世界史レベルの人間だよな。
だけど、分度って「よく身の程を知れ」って意味だよな。
まあこの考え方は妥当だし、人間が際限なく欲望を肥大化させたら、地球がいくつあっても足りないのも分かる。
でも、これって子供たちに「身の丈に合った生活を送れ」と言うことだよな。
そして、推譲は「剰余が出たら、それを将来のため、あるいは他者や地域社会のために譲れ」となる。
確かに分かるし、真理なんだろうけど、なんか窮屈で面白くないよな。
なにより、生まれてくる子供たちに「夢だの希望だの言ってないで、お前らは身の丈に合った生活をしろ。そして、死ぬまで世の中のために働き、財産は未来の世代に譲れ」という生き方を強いるようなもんだよなあ。
子供たちが可哀想(自分だったら、戦争や災害だらけで地球環境が破壊されまくっている世の中に生まれたくない)だと思うのは、ボクだけなのだろうか?
AIとのやりとりを通じて、おっさんはそんなことを思った。




