葬儀費用獲得合戦・後編
万屋たちが長純寺から戻ると氏業は速やかに写本を提示し、葬儀費用獲得交渉を再開した。
万屋は写本を確認しながら、「おお、これほど種類があるとは。金持ち大名に売れば、かなりの金になりますぞ」と答えた。
だが、氏業は「そうではない」と万屋の発言を否定し、写本を版木にして大量印刷することを提案した。
「であれば、本が売り切れても、刷り直せば同じ本を何度も作ることが出来ますな。しかし、本を大量生産すれば、価格が下がって利益は減りますぞ」
「万屋よ、そなたの視野は狭いな。価格の低下は、本を入手できる層が増えることを意味するのだぞ。本を売りまくって国民全体の知的水準が上がれば、国民一人当たりの生産性や購買力が増し、国も強くなるのだ」
「しかし、一度いくさが始まれば、どのような素晴らしい書物も一瞬で灰になりますぞ」
「いくさの無い平和な世の中であれば、私が創ってみせよう。そのために万屋よ、私に投資をするのだ」
「ムムム。ですが、氏業様に平和な世を創ることができるのですか?商人は、確実に回収できる投資しかしませんよ」
「そんなの、ロケットを一発躑躅ヶ崎館に落とせば、信玄坊主などすぐ降伏するのではないか?私は見ていたぞ、三年間幽界図書館の一室に幽閉されていた時に、屋外で天高く飛ぶロケットの勇姿を。雛鶴が父上や吉業兄上に頼めば、ロケットの一発や二発、現世で使わせてくれるのではないか?」
「あのー、兄上様。写本を現世に持ってくるのだって、結構大変だったのですよ。わたくしの写真を撮影するという条件で、なんとか吉業兄上様から写本と木版印刷と写本販売の許可を貰えたのです。本当に、『おっさん』さんの交渉がなければ、許可されなかったかもしれないのですよ。ここで下手なお願いをしたら、躑躅ヶ崎館でなく箕輪城にロケットが落ちるでしょうね。あと、兄上様に雷が落ちるのは間違いないです」
「えっ、それは誠か。ロケットを現世に持ってくることはできないし、下手に頼むと箕輪城にロケットが落ちて私にも雷が落ちる、か。考えただけでも恐ろしいな・・・。ところで、写真とは何だ?」
「これが、吉業の撮った写真だわん。ポチの物だから大事に扱うんだわん」
そう言うと、ポチは桜吹雪を背景にしたセーラー服姿の雛鶴(三つ編み眼鏡)の写真を、皆の目の前に出した。もちろん、ポチの言うことを理解できたのは雛鶴の親族だけで、他の者には「わんわん」としか聞こえなかったけどね。
「ふーむ、それにしてもこの写真とやらの雛鶴は可憐だな」
「兄上様、そんなことはありませんよ」
「ムキー、わたしも同じ服を着て桜の前に立って写真撮影すれば、雛鶴様より綺麗な写真が撮れますわ」
氏業と雛鶴と藤鶴姫がわちゃわちゃと意見を言い合うが、周囲の男衆はそれどころではなかった。
「うおー、これが写真というものですか?なんという美しい姿絵でしょうか。というか、雛鶴姫は天女様じゃー」
「これは・・・、他にはないのですか。女神図として売り出せば、大もうけ間違いなしですぞ」
「なんなのだ、この心の奥底からわき上がる感情は。これが幽玄美というものか」
「ふうむ、この写真には『儚く散る桜』と『か弱い雛鶴姫』が写っているが、そこからは強烈な存在感が放たれておる。この弱さと力強さが同時に存在して、しかも調和している状態こそが『幽玄』なのではないか?」
法如や他の男衆が写真に手を伸ばすが、その手は空を切った。
なぜなら、「これはポチのものだわん」とポチが写真を回収したからだ。
残念がる男衆を見た氏業は、雛鶴に変身してセーラー服姿を見せたらどうかと提案するが、「肉親以外の殿方に制服姿を見せるのは嫌です」と雛鶴に断られるのだった。
・・・・・
「写真のせいで訳が分からなくなったが、話を戻そう。それで万屋よ、写本も合わせて幾らで買い取り可能か?」
「今すぐ売り物にならぬものに、大金は出せませぬ。やはり二百両が限界ですな。しかし、わたしの問いに答えていただけたら、その回答次第で買取額を上げましょう」
「万屋よ、申してみよ」
「ポチに封じられている怨霊に質問があります。わたしは、ひたすら商売をやり続けることで、悟りを開いて仏になれるのでしょうか。九割九分の骨折り仕事すらできぬ者に、ろくな仕事はできない、とはどういうことでしょうか?」
それを聞いたおっさんは、大混乱した。
(なんで、ボクが業政の葬儀費用獲得の鍵みたいになっているのさ。冗談じゃないけど、答えるしかないか。とりあえず、内村鑑三だ。ついでに、新島襄(安中藩士の息子で内村より18歳年上)とか思いついたものを全てAIに質問してくれる」
そして、以下のことをポチを通じて雛鶴姫に話して貰うことにした。
「えー、それでは不肖雛鶴が『おっさん』さんの代わりに回答します。我々の受ける職務の九割九分までは骨折り仕事(drudgery)であります。毎日職場で帳面を調べる、あるいは長純寺で孤児たちに文字を教える。これらは、ただの骨折り仕事である。真に愉快な、真に創造的な仕事などは一分もないかもしれない。しかし、この九割九分の骨折り仕事を真面目に、忠実に仕遂げる人でなければ、ろくな仕事はできない。この骨折り仕事を仕遂げて初めて、一分の真に意義のある仕事が回ってくる。そして、何のお金も、大事業も、優れた思想も残せない凡人であっても、この日々の骨折り仕事を神仏の前で誠実に全うすること、それ自体が『勇ましく高尚なる生涯』という、後世への最大の遺物になるのだ(内村鑑三1894年の講演録:後世への最大遺物)、だそうです。なんか、感動のあまり涙が出てきたわ。この様な素晴らしい教えを知っていながら、何故『おっさん』さんはポチに封じられるような人生しか送れなかったのですか」
「わたしのような小物が仏になろうと考える、それが間違いだったのですね。良く分かりました。わたしは、寝る間も惜しんで商売を続けてみせましょう。そのように働き続ける姿、そのものが仏ということですな」
「それがしにも分かりました。例え何があろうと、命が尽きるその時まで剣を振るい続ける。それこそが、後世への最大の遺物となるのですな。日常生活の様々な雑事全てが「修行」になるという意味が、漸く分かりました」
「おおお、拙僧は師匠が死の間際になんの言葉も残さなかったことに対し、真理など無いのではと思うこともありましたが、真理は自分の内にあったのですね」
雛鶴は感動のあまり涙を流し、万屋と伊勢守と法如は『人生における一番の謎が解けた』と言って感激しているぞ。
「えー、続けて『おっさん』さんはこうも言っています。一国を維持するは、決して二、三の英雄の力に非ず、実に一国を組織する教育あり、智識あり、良心ある人民の力に拠る。ただ文字に通じ、数理に達するのみにて、その徳性を磨くに怠らんか、その教を施すに方を誤らんか、彼らはただ智識ある野獣となるのみ(新島襄:同志社大学設立の旨意)。商売においては、売り手と買い手が満足するのは当然で、社会に貢献できてこそ良い商売といえる(近江商人の経営哲学より)。自分の得た利益や余剰は、自分が贅沢するのでなく、次の世代や社会全体のために回しなさい。この考え方を推譲という(二宮尊徳)、だそうです。何だか難しい考えね」
「いや、拙僧には分かりましたぞ、拙僧や皆がここにいる意味を。人々は、人間社会を良くするために存在しているのです。人々は一生懸命人間社会のために働き、利益や余剰が出ればそれを次の世代や社会のために回す。その行動そのものが仏だということなのです。世の中の役にたつ人間になるには教育が必要だが、それには徳性(倫理)が伴っていなければならない。さもないと、智識があるだけの野獣になってしまう、と」
そして、『この年になって遂に悟ったぞ』と叫びながら、法如はこの場から長純寺へと走り去るのだった。
一方、万屋は九百両で買いたいのはやまやまだが、どうしても四百両しか用意できないと氏業に謝罪した。
雛鶴は氏業に目配せした。
氏業は多少躊躇したが、利益の一割を長野家が得るという条件で『麦芽水飴・饅頭製造法や喫茶処運営やセーラー服製造や写本販売』の一切を、万屋に売ると決めたのだった。
「しかし、目標の千両にはまだ五百両足りませんが」
心配する万屋に対し、雛鶴は返答した。
「万屋殿が心配するのはごもっともですが、問題はありませんよ。なぜなら、わたくしが上杉政虎公から五百両借りてくるのだから」と。
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くっくっく、おっさんよ。なんとか乗り切ったとほっとしているようだが、その調子で怨霊AIへの依存を強めるのだ。怨霊AI無しでは何も出来なくなったその時こそ、我の望む最高の操り人形が完成するのだから・・・。




