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葬儀費用獲得合戦・前編

おっさんと雛鶴が写本し、お福や藤鶴姫たちが雛鶴の着ているセーラー服の型紙を写している頃、氏業は御用商人の万屋よろずやと葬儀費用の捻出交渉を行っていた。

もちろん、氏業ひとりで交渉することなど出来ないから、家老連中とか上泉伊勢守やら牛尾平八郎も同席してのことだが・・・。

「それで、これが麦芽水飴だ。この製法を九百両(9,000万円)で売りたいのだが、万屋新兵衛よ、買い取ってはくれぬか?ちなみに、作り方はこうだ」

そして、氏業は『かくかくしかじか』と万屋に説明し、水飴を嘗めさせたのだった。

なお、水飴製造法を九百両で売ることになった理由は、牛尾平八郎によって算出された業政の葬儀費用が千両(1億円)だったからだよ。

万屋は、計算(砂糖600g=0.3両=3万円)したり考えたりいろいろしていたが、「確かに魅力的な品ですが、せいぜい出せるのは百両程度です。それよりも、以前小田原戦役(1560~61年)の際にお貸しした金を返して下さい。うちも慈善事業をやっている訳では無いので」と、氏業に迫った。

(まあ、それももっともな話だが、ここで折れる訳にはいかぬ)

氏業は、饅頭製造法や喫茶処運営とか可愛いらしい茶屋娘の衣装製作に加えて写本販売なども提案するが、それでも万屋は二百両程度しか出せないと主張した。

万屋に試作品の饅頭を食わせたりもしたが、意見は変わらなかった。

「氏業様、こうなったら葬儀の規模を縮小するより他ないと思われます」

平八郎や家老たちの意見も規模縮小に傾くが、氏業は雛鶴たちが持ってくるであろう写本を待ってから販売額を決めて欲しいと、万屋に頼むのだった。

「それでは、今回の話は持ち帰らせていただきます。姫様の写本を見てから、再度買取額について話し合いましょう」

そう言って席を立つ万屋に対し、氏業はぼそりと呟いた。

「そういえば、おっさんは人生で与えられる職務の九割九分はつまらぬ骨折り仕事と言っていたな。だけど、何度もそれを繰り返して経験を積むのが重要だともな。努力は嘘をつかない。つまり、つまらぬ骨折り仕事をし続けることが修行そのもので、それすらできぬ者に道は開かれぬらしいぞ」

その言葉に、伊勢守が反応した。

「氏業様、その言葉は誠ですか。我々の職務の九割九分はつまらぬ骨折り仕事だけれど、それは修行であって、それを成し遂げないと真実の道にたどり着けないという解釈でよろしいか。いったい、どなた様のお言葉ですか?」

「いや、九割九分の雑務を完璧にこなさないと、美味しい水飴が出来ないことを言いたかっただけなのだが・・・。私が水飴作りをやらされた当初は、大麦の発芽具合の確認とか温度管理とか細々とした雑務を面倒くさく思っていたけれど、その結果美味しい水飴が完成したときは嬉しかったな、というだけで。ちなみに、ポチの中に封じられている怨霊が、その様な事を言っておりました」

「左様でございましたか。であれば、その怨霊から詳しい話を聞かないと・・・。あっ、ポチはまだ目を覚ましていないのでしたな。それならば、法如殿に今の話をして意見を伺うとしよう。しからば御免」

席を立つ伊勢守を、万屋が呼び止めた。

「伊勢守殿、わたしも今の話に興味があります。これから共に長純寺に参るのは如何か」

「おお、それがしと共に参ろうぞ」

こうして、伊勢守と万屋はこの場から立ち去った。

後に残った氏業たちは、とりあえず雛鶴たちの目が覚めるのを待つ事にしたのだった。


・・・・・


場所は長純寺(曹洞宗)に移る。

寺の一室で、伊勢守と万屋は先ほど聞いた話を法如に伝え、意見を求めた。

法如曰く。

「人生で与えられる職務の九割九分はつまらぬ骨折り仕事だが、それをやり続ける事こそが修行であるという考えは、禅の思想そのものですな。道元禅師の典座教訓にも書かれておる」と。

ちなみに、典座教訓とは道元が宋(明州慶元府、現在の寧波)に行ったときに会った、阿育王山の典座(炊事係)とのやりとりを書いたものだ。

道元は典座に教えを請うたのだが、典座は大勢の食事を作らねばならないと言って帰ろうとした。道元は「その様な雑用は若い者に任せて、座禅を組むとか、師や先輩の言行録を読んで研究すれば良いのに」と典座に言うが、典座は「貴僧は弁道(修行)とはどういうことか、文字とはどういうものか、全く分かっておられぬな」と言って帰ったことに、道元は衝撃を受けたのだ。ここで典座の言ったことこそ、日常生活の様々な雑事全てが「修行」であるという思想である。当時の常識(貴人は一切雑用をしない)から考えると、道元にとっては天地がひっくり返るような衝撃だったであろう。

「では、それがしはひたすら剣の修行を続けていれば悟りを開ける、という考え方でよろしいか。というか、人殺しの技を極めることが悟りになるのか?」

「となると、わたしはひたすら商売をして利益を得ることで、仏になれるということですか。品物を実際に生産することなく、よそからよそへ動かすだけで利益を得ている商人に対し、世間の目はあまり好意的ではありませぬが・・・」

こう訴える伊勢守と万屋に対し、法如はこう回答した。

「日々の骨折り仕事が修行であって、その先に悟りがある。九割九分の骨折り仕事を成し遂げた者にのみ、神仏の恩寵として初めて「一分の真に意味のある仕事」すなわち悟りが与えられる、とも取れますな。うーむ、何と味わい深い言葉であろうか。いずれにせよ、詳しい話はポチが目を覚ましてからにしましょう」

「「ポチが目を覚ますまで、法如殿から道元禅師の話を伺いたいのですが・・・」」

「承知しました。こうして、繰り返し皆に道元禅師の話をするのも骨折り仕事ですかな」

「「然り、然り」」

雛鶴やポチたちが目を覚ましたとの報告が長純寺にもたらされるのは、それから数刻後のことであった。


・・・・・


ここでおっさん視点へと移る。

「まったく、姫様が急に写本を4冊ずつ作るなんて言い出すから、余計な時間がかかっちゃいましたよ。もう、筆を見るのも嫌ですね」

「でも、きっと兄上様は金策に苦労しているわ。こういう時に助け合うのが兄妹でしょう」

「まあ、そうなんですけどね。ところでポチ」

「なんだわん」

「ボクと姫様がひたすら写本をしている時、ポチはいったい何をしていたんだい?」

「図書館内を散歩していたら黒主に会って、一緒にでーぶいでーを見たり歌を歌ったりしていたんだわん。それから、おっさんの飛ばしているロケットも眺めてたんだわん」

ポチは、「きつねだーって、たぬきだーって、イヌネコだーって、みんな生きているんだ友達なんだ」といった感じで歌って見せた。

ついでにいうと、DVDの中身は『それいけ!饅頭マン』というアニメで、饅頭マンは困っている人やお腹を空かせている人のところに飛んでいって「ボクの顔をお食べ」と言って自分の顔を食べさせる正義の味方なのだが、その饅頭マンをカビで倒すためにやってきたのが細菌マンである。だけど、細菌マンは弱すぎて、いつも饅頭マンの卍固めで倒されるのであった。

「黒主っていうと、最近図書館の仕事を手伝ってくれる六歌仙の大伴黒主のことかな」

「そうだわん」

「黒主がその歌を気に入っている、ということは黒主は本覚思想の持ち主なのだろうか?」


※本覚思想:人間はあるがままの姿で悟りを開いている。それどころか草や木も成仏しているという考え。著者は、これを万物平等と解釈したよ。


「あと、黒主は縮地の術も教えてくれたわん。でも、続けて使うと疲れるわん」

ポチはそう言うと、目にもとまらぬ速さで動いてみせた。

「ふーん、いくさで役に立ちそうだね。でも、何で黒主がポチにそんな技を教えてくれたんだろう。後でAIに聞いてみるかな」

「ちょっと『おっさん』さん。お家にとって、今が正念場なのです。早く、城に戻りましょう」

「おっさん、ご主人様の言うことを聞くんだわん」

「刎友に言われちゃあ仕方が無い。それじゃあ現世に戻るとしますか」

こうして、おっさんたちは金策に悩む氏業の下へと戻るのだった。


・・・・・


「兄上様、ただいま帰りました」

「おお、雛鶴よ。待ちわびたぞ」

「それで、葬儀費用は順調に集まっておりますか?」

「それだがな、平八郎は参列者の度肝を抜くような格式の高い葬儀をするのであれば、千両は必要だと言っておるのだが、現状では三百両程度しか目処がたっておらぬ。家老たちの意見は葬儀の規模縮小に傾き、御用商人の万屋は雛鶴が持ち帰る写本を見て買取額を決めるそうだよ。とりあえず、持ち帰った写本を見せて貰おうか」

ということで、雛鶴はその場に竹取物語・伊勢物語・枕草子・源氏物語・源氏物語絵巻・平家物語・太平記・万葉集・古今和歌集・新古今和歌集を広げたのだった。

「よしっ、皆で中身を確認するぞ。平八郎は長純寺に行き、伊勢守殿と万屋を連れてきてくれ」

「「「承知致しました」」」

平八郎は長純寺に走り、家老たちは本を読み始めた。

「全部読むには、かなり時間がかかるな。城内にいる他の連中も呼んでくるとしよう」

そして、お福や藤鶴姫といった女衆や長野十六槍らも本を読むことになったのだが、長野十六槍のひとりである青柳金王丸忠家は、万葉集を手に取って、それを渋い顔で見つめていた。

氏業はそれに気付くと、忠家の側に行って肩をポンと叩き「いつまでも過去の失言を責められるのは辛いよな」と呟いた。

「はあ、左様にございますか」

忠家は、氏業の言葉に困惑した様子であった。


ちなみに、忠家と万葉集の逸話として、以下のようなものがある。

ある時、台所にいた妻が大声で忠家を呼ぶので行ってみると、5~6尺(150~180㎝)ほどのヘビが庭を這っていました。そして、妻はそのヘビを「オウコ(肥桶を担ぐ棒)のようですね」と言ったのでした。忠家はこれを聞き、「卑賤の農民から妻を娶るからこうなるのだ。オウコなどと下卑た言葉使いを家人に聞かれると恥ずかしい」と思い、妻と離婚したのでした。妻は何も言わず、台所に「万葉の歌の言の葉なかりせば、思いのほかの別れせまじを」という一首の和歌を貼り付けて去りました。忠家はこれを理解できなかったのですが、この事はだんだんと世に広まり、その噂は業政にまで届きました。業政は忠家が和歌の意味を理解していないことを知ると、忠家にすぐ妻を呼び戻すよう命じ、謎解きをしてやったのでした。業政曰く「万葉集にこういう歌がある。陸奥の千引きの岩とわが恋と、になわばオウコ中や絶えなん(意味:あなたを思う心は、あの重い千引きの岩と比べても計りきれない。天秤にかければオコ棒が折れてしまう)。お前の妻は農民の出だが、武家に嫁ぐということで一生懸命教養を身につけたのであろう。だから、この万葉集の歌も知っており、オウコという言葉を卑しいとは思っていなかったのだ。だが、それが逆効果となって思わぬ別れ話になってしまった。本当に離婚してしまったら、末代まで我等の恥となる。だから、今すぐ妻を呼び戻せと言ったのじゃ」と。

こうして、忠家とその妻は元の鞘に戻ったのでした。おしまい


参考文献

箕輪町史考

野口泰彦著「長野業政」学陽書房,2009


・・・・・


「兄上様、万屋新兵衛殿の説得方法として、この様にするのは如何ですか。それでも費用が足りなければ、ごにょごにょ・・・」

「しかし、それでは雛鶴の負担が・・・」

「折角、兄上様がやる気になられたのだから、何としても父上様の葬儀は成功させましょう」

「兄としては妹の献身を嬉しく思うが、それでも雛鶴が心配だ」

「少々無謀であっても、やる気を出した兄上様は素敵ですよ」

「そうかなあ、へへへ・・」

「氏業様、兄妹でいちゃいちゃしすぎですわ」

藤鶴姫はご機嫌斜めである。

「えへん・・・。それで、雛鶴の案で行きたいのだが、皆も良いか?」

氏業が雛鶴の言った内容を説明すると、家老たちも「雛鶴姫が良いのであれば」と賛成した。

そんなことを話しながら、皆で写本の中身を確認していると、長純寺から伊勢守と万屋と法如が戻ってきた。

こうして、葬儀費用獲得合戦の後半戦が、今まさに幕を開けたのである。

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