このままじゃ葬儀費用が足りない
ここで舞台は箕輪城へと移る。
氏業から麦芽水飴を受け取った雛鶴は、母親のお福にそれを渡した。
「まあ、これが麦芽水飴なの?少し嘗めてみますね。ふむ、砂糖みたいに強烈な甘みはないけれど、上品な甘さがありますね。うん、これなら良い餡子が作れそうです。では、水飴作りは氏業に任せて、我々はお饅頭の試作品作りに取りかかるとしましょう」
「母上様、承知致しました」
こうして、お福率いる箕輪城の女衆は、氏業が水飴を持って城に戻ってくる日までに、饅頭の試作品を完成させたのだった。
氏業が魂の抜けた状態になって、三日が経過した。
その日も、枕元で藤鶴姫が氏業のお世話をしていると、氏業の目がゆっくりと開いた。
「ああ、見慣れた天井だ。ようやく箕輪城に戻れたぞ。うん?藤鶴姫。ずっと、私の側に居てくれたのかい」
氏業の言葉が終わる前に、藤鶴姫は氏業に抱きついた。
「ああ、目を開けて下さって本当に良かったですわ・・・。あっ、別に氏業様のことなんか好きでも何でも無いんですからね。結婚する前に、いきなり未亡人みたいになるのが嫌なだけなんですからね」
「ああ、大丈夫。何となく、君の考えが分かるようになったから。それより、母上のところに行かねば」
「まあ、氏業様にわたしの何が分かるというのですか?」と憤慨する藤鶴姫を置いて氏業は移動しようとするが、うまく立ち上がれずふらついて倒れそうになった。
藤鶴姫は、すぐさま氏業の体を支えた。
「三日間寝たきりだったのですから、何か軽い物でも食べて、少し落ち着いてから動くのは如何ですか」
「すまんが藤鶴姫、私が台所まで行くのを手伝ってくれ。早く母上に水飴を渡したいのだ」
「ふう、仕方ありませんね」
藤鶴姫はそう言って、氏業を支えながら台所にいるお福の下へと向かうのだった。
・・・・・
箕輪城の台所では、雛鶴やお慶たち女衆が作る饅頭の試作品を、家老や長野十六槍といった連中が味見をしていた。
一方、お福と執権の藤井友忠は、業政の葬儀について最終打ち合わせをしていた。
そんな中、藤鶴姫に支えられた氏業が台所に入ると、早速ガラス瓶に入った饅頭一万個分の麦芽水飴を披露しながら、皆にこう言った。
「母上と皆の者。ようやく、私は箕輪城に帰って来ましたぞ」と。
「あら氏業、ようやく目が覚めたのですね。三日ぶりでしょうか。とりあえずここに座って、お茶でも飲みながら饅頭を食べなさい」
「ちょっと母上。雛鶴から聞いているでしょう。私は、三年もの間、幽界図書館でひたすら麦芽水飴を作り続けて、ようやく帰ってきたのですよ。もっとねぎらいとか・・・、なんか冷淡過ぎやしませんか」
「と言われましても、心配無用と言ったのは貴方でしょう?雛鶴から聞いていますよ。これに懲りたら、今後はもっと注意深く行動しなさい」
「はい、分かりましたよ。私が全て悪うございました。今後は注意して発言します」
「本当に分かっているのでしょうね。それより、葬儀の予算として百両用意しておりましたが、貴方が饅頭を作るとか言い出したからお金が足りなくなりそうです。貴方に金策の当てはありますか?」
「えっ、百両(一千万円)では足りぬのですか」
「寺に刀を納める程度の身内だけの葬儀なら、それでも十分間に合います。でも、大勢の人を呼んで大々的に葬儀を行い、さらに参列者にお饅頭を配るのであれば不十分です。ただでさえ、ここ数年の凶作(永禄の飢饉)で農作物の価格は高くなっているのだから。貴方なら、どういう方法で足りない費用を集めますか?」
「うーん・・・」
氏業は、しばし悩んだ後にポチを呼んで、おっさんの意見を求めることにしたのだった。
・・・・・
「それでポチよ、おっさんは何と言っている」
「えーと、おっさんが言うには・・・」
「ちょっと待ちなさい、氏業。まず、貴方が案を出しなさい。貴方が長野家の当主なのだから」
「母上、家臣たちに案を出させて、その中から一番良いものを選ぶのでは駄目なのですか?」
「全然駄目ですね。貴方が良き当主になりたいなら、家臣たちの先頭に立って働きなさい。案も率先して出すのです」
「ふうむ・・・」
そんな感じで出した氏業の案は、以下のようなものだった。
① 水飴の一部を売って得た金で葬儀を執り行う。ただし、饅頭の数は減る。
② 水飴の作り方を商人に売って得た金で葬儀を執り行う。その場合、将来得られる長野家の収入が減ることになる。
③ 新しい喫茶処を箕輪城下に作る。
④ 雛鶴のセーラー服を大量生産して販売する。
・・・・・
「どうでしょうか?」
不安そうな氏業に対し、お福は麦芽水飴を作る際の温度管理について、色々と質問した。
氏業は、湯に指を入れれば大まかな温度が分かることを説明した。
「そうですか、作り方が分かるだけでは麦芽水飴は作れない。そして、温度管理ができるのは氏業だけ、ということですね」
「そうです。大麦の発芽条件やおかゆの温度管理は、私にしか分かりません」
「葬儀を盛大に執り行うのが目的なら、①は却下です。ただし、氏業は今後領地運営に専念せねばならないから、水飴の製造方法を商人に売るのは有りですね。②案を第一候補にしましょう。③の喫茶処を城下に作る件ですが、利益が出るようになるには時間がかかりそうですね。④のセーラー服は可愛らしいですけど、この時代に受け入れられるか分かりません。他に案のある方は、挙手をお願いします。手を挙げているのは・・・、雛鶴ですか?発言を許可します」
「母上様、わたくしが幽界図書館から借りてきた本を、皆で書き写して売るのは如何ですか?」
「写本を売るのですか。旦那様や吉業殿が、それを許すでしょうか」
「吉業兄上は、私には厳しいけれど、雛鶴が頼めば許してくれると思いますよ」
「そうだわん。ご主人様がちょっとうるうるしただけで、吉業はすごく動揺していたわん」
「では、雛鶴の案も採用しましょう。雛鶴はポチと一緒に幽界図書館に行き、借りた本を写本して良いか、吉業殿に許可を取ってきなさい」
「母上様、承知致しました。雛鶴、メタモルフォーゼ」
雛鶴が図書カードを手に取り掛け声を発すると、彼女の身体から強烈な光が放たれた。そのままクルリと回転しながら着地し輝きが収まると、そこに現れたのはいつものセーラー服姿の雛鶴だった。
「わー、ご主人様。変身の種類が増えたわんね」
「えへへ、図書カードの導くままに声を発しただけよ」
「じゃあ、ポチはご主人様と図書館に行くわん。また、カフェで干し肉を食べるわん」
雛鶴とポチは図書館に行こうとするが、藤鶴姫も挙手をしながら発言した。
「あのう、わたしも雛鶴様が借りてきたマンガを見てこんな絵を描いてみたのですけれど、写本に添付するのは如何ですか?文章を絵にすることで、本の内容をより理解できるようになりますわ」
「あら、雛鶴の借りてきた、やたら登場人物がキラキラした源氏物語の絵ですね。まあ、上手に描けていますね。写本の許可が下りたら、藤鶴姫の絵を表紙や盛り上がる場面に付けましょう。きっと、高く売れますよ」
「それでは母上様、図書館に行ってきます」
それと同時に、雛鶴とポチは魂の抜けた状態になった。
「藤鶴姫、今ですよ」
「はい、義母様」
お福と藤鶴姫は、魂の抜けた雛鶴を抱えると、早速お福の部屋へと運ぶのだった。
もちろん、雛鶴の着ているセーラー服の型紙を写すためである。
「あら、面白そうなことをしていますね。わたしも混ぜて下さい」
お慶も、ポチを抱えてお福たちの後を追った。
「氏業、貴方は御用商人を呼んで売値の交渉をしなさい。計算は、数字に明るい(牛尾)平八郎にやらせなさい。では、あとは任せましたよ」
そして、お福たち三人は雛鶴とポチを連れてこの場から去った。
それを見た氏業たちは、呆れて物も言えない有様であった。




