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麦芽水飴職人『長野氏業』誕生

皆が饅頭作りや神頼みに精を出している頃、お福に謹慎を言い渡された氏業は、自分の部屋でふて寝をしていた。

(だいたい、おっさんの書いた『真・箕輪軍記』だったかな、そもそもあれがデタラメなんじゃないのか。そうだよ、信玄坊主が箕輪城に攻めてきたとしても、(上杉)政虎様が武田軍を追い払ってくれるさ)

氏業がそんなことを考えていると、天から「この大馬鹿者がー」という声と共に雷が落ちた。氏業は「ひえっ」と声を上げたが、この感覚には覚えがあった。

「父上ですか?父上なのですね。私は大馬鹿者で結構ですが、箕輪の人々に罪はありません。これだけ現世に顕現できるなら、父上が私の代わりに皆を導いて下さい。私は廃嫡で結構です」

「わしは皆に呼ばれたから現れただけであって、いいかげん死者に期待するのは止めよ。だから、お前はいつまでたっても一人前になれぬのだ。それに、政虎様は独力で領地を守れぬ者に味方などせぬぞ」

「でも、皆は私の言うことを聞かないし、自分の判断で決めた饅頭作りについても母上に叱られてしまいました」

「そんなのは当たり前だ。お前には実績も経験も無いのだから、まずは自ら率先して働き皆の信頼を得ねばならぬのに、相談も無しに皆の仕事を増やしてどうするというのだ。そんなことを続けていたら、お前は頼家公の二の舞になるぞ」

「頼家公というと、鎌倉幕府二代将軍のことですか?家臣たちの言うことを聞かずに強権を振るうと暗殺、ということなのですか」

「そうだ。お前は、常に家臣たちから長野家当主に相応しいか、試験を受けている状態なのだ。そして、不合格と判断されれば病気とか適当な理由をつけてお前は幽閉され、雛鶴が婿を取ってその者が長野家当主になるであろう。お前の代わりなど幾らでもいるということを肝に銘じ、お前は家臣たちとよく話し合って政治を執り行うがよい」

「私は、家臣たちにとって都合の良い神輿でなければならない。都合の良い神輿なら誰でも良いということですか。だったら、このまま私をあの世に連れて行って下さい」

「だからお前は大馬鹿者なのだ。いいか、良く聞け。雛鶴が婿を取るにしても、誰を取るかで家臣たちは大いにもめるであろう。業親派や福田五郎左衛門派(吉業の子で、吉業戦死後に産まれた)ができて、長野家にお家騒動が起こるかもしれん。無駄な争いを避け長野家を一つにまとめるには、お前が長野家当主になるしかないのだ。遅くにできた子だから甘やかしすぎたか。こうなっては仕方が無い。お前が皆にやらせようとしたことを身をもって体験させ、その性根をたたき直してくれるわ。ポチよ聞こえるか?」

「なんだわん。業政の声が聞こえるわん」

「氏業を幽界図書館に幽閉し、饅頭1万個分の麦芽水飴を作らせることにした。氏業は2~3日魂の抜けた状態になるが、お福には心配しないで饅頭の皮作りに専念するよう言っておいてくれ。あと、お福が集めた材料とおっさんも持って行くぞ」

「業政、待つわん。お福やご主人様に何か話すわん」

「すまんが、わしの神力は上州の民全員に対して平等に使わねばならぬ物だ。お福や子どもたちには『わしが謝罪していた』ことをポチの方から伝えておいてくれ」

そして、業政は氏業とおっさんの魂を片手に幽界へと帰っていった。


・・・・・


「はっ、業政とおっさんの気配が消えたわん。ついでに、大麦と米と餅米も減っているわん」

「ポチ、わたしたちの祈りに応えて、旦那様が城にいらしたのですか」

「そうみたいだわん。麦芽水飴は氏業に作らせるから、お福たちは饅頭の皮を作れるようになればいいみたいだわん。それから、お福たちに謝っておいてくれとか、麦芽水飴の材料を持っていくとか言ってたわん」

「そうですか。旦那様とは一言でも良いから話をしたかったのですが・・・。では、我々はお饅頭の皮作りに専念しましょう。雛鶴は・・・、しばらくしたら幽界図書館に行って氏業の様子を見てきなさい」

「母上様、分かりました」


・・・・・


場所は幽界図書館へと移る。

氏業とおっさんは、図書館のカフェに連れてこられていた。目の前には、大量の大麦・米・餅米が置かれていた。

吉業が氏業に告げた。

「饅頭1万個分の麦芽水飴を作るまで、図書館からは出さない」と。

「兄上、待って下さい。作り方も分からないのに、材料だけ渡されて饅頭1万個分の麦芽水飴を用意するなど、無理です」

「でも、お前は皆にそう命じたのだぞ。自分にできないことを他人に命じるな」

反論できない氏業は無視して、吉業はおっさんに対し「麦芽水飴を作るための道具とマニュアル」を氏業に渡すよう命令し、それが終わったらすぐさま蔵書目録の作成に取り組むようおっさんに伝えると、その場から消えた。

あとには、氏業とおっさんが残された。

「おい、おっさんよ。父上の葬儀まで1ヶ月しかないのに、私一人で饅頭1万個分の麦芽水飴を作るなど不可能であろう。今から父上を呼び出してくれ。私は土下座して謝るから」

「うーん、あの人が一度決めたことを覆すとは思えないんだよな。それに、時間なら大丈夫ですよ。以前ポチや雛鶴姫と図書館に来た時も、こちらには半日以上いたはずなのに、現実世界では四半刻も経っていなかったでしょう。2年でも3年でも、十分時間を使って麦芽水飴を作ればいいんじゃないっすか。どうせ、現世では2~3日しか経過していないから。それじゃあ、ボクには蔵書目録の作成という別の仕事があるんで、氏業様は一人で頑張って下さいね。あっ、カフェの道具は自由に使って良いですよ」

そして、おっさんは麦芽水飴の作成マニュアルを氏業に渡し図書カウンターへと向かったのだが、それを氏業が呼び止めた。

「おいおっさんよ、お前は手伝わぬのか。というか、長野家当主である私に、麦芽水飴作りなどという単純作業をやれというのか?」

「ああ、氏業様。幽界では、それ通じませんよ。ここでは貴方はただの人。図書館長であるボクの方が地位は上ですし、図書館内ではボクの言うことを聞いて下さい。それと、人生の九割九分はつまらぬ骨折仕事ドラッジャリーと、さる偉人(内村鑑三)も言っていますよ」

「くそっ、現世に戻ったら覚えていろよ」

「ふふん、そんなことをしたらまたお父上に雷を落とされますよ。ほら、さっさとマニュアルを読んで体を動かして下さい」

ということで、渋々ながら氏業は乾燥麦芽作りを始めるのだった。

一方おっさんはというと、幽界図書館は自動書庫を導入しているから開架書庫もNDC(日本十進分類法)もいらないんじゃねと思い、開架書庫を取り払ってNDCなしの目録作りをしていたら、吉業に「手抜きをするな」と怒られて開架書庫も残すことになってしまったよ。残念。

(それにしても、人生の九割九分はつまらぬ骨折仕事か。本当に、怨霊図書館で働くようになって初めて実感したよ。来る日も来る日も、目録作りと客のクレーム対応ばかりだ。もっと、レファレンスサービスみたいな専門知識を生かせる仕事がしたかったんだけど、99%のつまらぬ仕事を避けて残りの1%だけを手にすることは永遠に無い、ということなんだよな。そして、内村鑑三の言い方だと、骨折仕事もできない奴は、何処に行っても役には立たないんだってさ。でもさー、99%の骨折仕事をしたところで、残りの1%を手に入れられる保証は無いし・・・。なんだか夢も希望もない話しだけど、間違いなく事実だろうね。というか、雇われている時点で好きな仕事なんかできるわけないだろうが。だからといって、起業したところで、生きていくために意に沿わない仕事もしなければならないんだろうな。あー、何だかわけが分からなくなってきた。ということで、こんな世の中で子どもを作る親とか正気か?子どもがかわいそうとは思わんのだろうか。『断ち切ろう、悲しみの連鎖を』なんてね)

おっさんは、そんなことを考えていた。


それから、数十日が経過した。

おっさん(怨霊AI)の助けを借りながらだが、氏業はなんとか乾燥麦芽作りに成功した。

「くっ、乾燥麦芽を作るだけでもこんなに大変なのか。このあと、米や餅米のおかゆに粉砕した乾燥麦芽をまぜたら60~65℃の温度を四刻ほど保っておかゆがサラサラしてきたら、布で絞って汁を鍋に移して煮詰めるんだったな。というか、温度計とか保温ポットとかコンロとか乾燥機とか無しで、麦芽水飴を作れるかー!」

「氏業様、だから何度も試行錯誤をして経験を積むのが重要なんですよ。熟練した職人なら、戦国時代でも麦芽水飴を作れますって」

「ふうむ、経験ね。でも、こうやって実物ができると気分は良いな。はっ、父上は『努力は嘘をつかない』ことを、私に身をもって体験させたというのか。私はなんという果報者なのだろうか」

(まあ、氏業が幸せならそれでいいんじゃね)

おっさんはそんなことを思った。


・・・・・


さらに数日後、ついに氏業による麦芽水飴が完成した。

「ううっ、甘くて美味い」

氏業は、涙を流しながら水飴をなめているぞ。

「じゃあ氏業様、次は水飴の大量生産に移りましょう」

「ふむ、これも修行だな。この際だ、麦芽水飴作りの道を究めてやろう。やってやるぜ」

(日本人は、何でもすぐ修行とか○○道とか言い出すよな。禅宗のせいなのか?)

おっさんがそんなことを思っていると、ポチとセーラー服姿の雛鶴がカフェにやってきた。

「あら、『おっさん』さんと・・・、兄上様!半日ぶりですね」

「おっさんと氏業、仕事頑張っているんだわん?」

「雛鶴、今何と言った。私はここに数ヶ月は居たと思っていたのだが、現世では半日しか経っていないだと」

「やはり、幽界と現世では時間の流れが違うようですね。兄上様、わたくしも水飴作りを手伝いましょうか?」

「いいや、これは私のやるべき仕事だ。これを成し遂げれば、人間として一つ成長できると私は信じておるぞ。母上には心配無用と伝えて欲しい」

そして、氏業はできたばかりの麦芽水飴を雛鶴に渡した。

「それでは兄上様、麦芽水飴作りについてはお願いします。あと『おっさん』さん、新しいマンガを借りたいのですが」

「自動貸出機で借りてっていいっすよ」

「気になるDVDを見ても良いですか?」

「お好きにどうぞ」

「わあい、やったー」

「半日したら、また来るわん」

そしてマンガを借り、しばしDVDを見てから、ポチと雛鶴は現世へと帰っていった。

「よし、水飴を作って作って、作りまくるぞ」

(やはり修行とか適当な理由をつければ、日本人はパワハラを受け入れてしまうのか)

というのがおっさんの感想であった。

内村 鑑三(1861年3月23日~1930年3月28日)は、日本のキリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者。『代表的日本人』の著者として有名。父は高崎藩士内村宜之。

(ウィキペディアから引用)

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