みんなで饅頭を作ろう
「兄上様、藪から棒に父上様の葬儀の話しをされても意味が分かりません。当面は、父上様の死を隠すのではなかったのですか?」
「雛鶴よ、おっさんも言っていたであろう。隠していても父上の死はすぐばれると。ならば、父上の葬儀を大々的に執り行って義兄弟間の連携を強めるという考えは理に適っているのだが、箕輪に味方した方が良いと皆に思わせる何かが足りていなかったのだ」
「それで、兄上様が父上様の葬儀を行う方向に舵を切ったということは、その何かが見つかったということですか」
「そうだ、それが雛鶴の持ってきた饅頭だ。葬儀の参列者に饅頭を配ろうと思っている。この様な珍しい菓子を作る技術が箕輪にあると分かれば、義兄達はこぞって長野家に味方するであろう。(藤井)友忠と四家老(下田・内田・小熊・八木原)に饅頭を食わせたら、皆即座に賛成したぞ。饅頭は、今の技術で作ることができるのだろう?葬儀は一ヶ月後だ。おっさんよ、とりあえず十両(100万円)用意したから、できるだけ多くの饅頭を用意せよ」
氏業は自信満々であったが、皆の目は冷ややかだった。
「氏業、そういうことは雛鶴たちと相談してから、執権殿(藤井友忠)や家老たちに話を持って行きなさい。話を進めておいてやっぱりできませんでしたとなったら、貴方は恥をかくだけでなく長野家の当主失格ともなりかねないのですよ。貴方は、吉業殿が河越合戦で戦死したから後継に収まっているだけで、何の実績も無いのだから」
「母上、饅頭が用意できれば良いのでしょう?それで、おっさんよどうなのだ。数は一万個は欲しいぞ」
「おっさんは、小麦と小豆と砂糖と塩と重曹を用意するよう言っているわん」
「はあ?重曹とは何だ。小麦と小豆と塩はともかく、砂糖なんぞこの辺りでは手に入らんぞ」
「重曹は饅頭の皮に入れる物で、泡が出て皮がふっくらするらしいわん。あと、おっさんは砂糖がないなら麦芽水飴を作ればいいと言っているわん。でも、おっさんは料理をしたことがないから、ポチの体を借りても饅頭を作れる自信は無いと言っているわん」
「何だそれは。使い物にならんな。では雛鶴よ、幽界図書館から饅頭を取ってきてくれ」
「あのー、兄上様。今回のお土産は、吉業兄上様の神力で現世に持ってきた物です。饅頭一万個を幽界から持ってくるなど、無茶です」
「では、どうしろというのだ。私は、友忠や家老たちに饅頭は責任を持って用意すると約束してしまったのだぞ」
「兄上様・・・、自業自得としか言いようがありません」
「氏業、貴方は今回のことを深く反省し、今後は皆とよく話し合ってから物事を進めるようにしなさい。饅頭の件は、ポチと女衆で何とかします。お前は、部屋で謹慎して頭を冷やしなさい」
「何ですか。私が全て悪いのですか?そもそも、父上の葬儀を執り行って義兄達との繋がりを強固にするよう言ってきたのはおっさんではありませんか」
「氏業、いいかげんにしなさい。この期に及んで責任転嫁は見苦しいですよ」
氏業は「私は悪くないぞー」と叫びながら部屋に走っていった。
「皆様・・・。申し訳ありませんが、愚息のために力を貸して下さい」
お福は皆に頭を下げた。
・・・・・
お福は、ポチと女衆と業親を連れて台所へと向かった。
「まあ、饅頭の皮は酒種を使えば何とかなりますが、問題は砂糖です。ポチ、麦芽水飴とはどの様にして作るのですか?」
「えーと、おっさんが言うには・・・」
「ポチ、ちょっと待って」
「ご主人様、どうしたんだわん?」
「『おっさん』さんの言うことを、お慶姉上様に伝えて」
「意味が分からないけど、わかったわん」
そしてポチは、かくかくしかじかとお慶に説明した。
「まあ、本当にポチは人語を話せるようになったのね」
お慶の様子を見た雛鶴は、ポチが何を言っているのか業親にも確認するが、業親の回答は以前と同様「分からない」であった。
「それでポチと『おっさん』さん、麦芽水飴は芽出しした種籾を乾燥させて、それを大麦のおかゆに混ぜて保温し糖化させて、布で漉して煮詰めればいいのね」
「ご主人様は何を言っているんだわん?」
「雛鶴、麦芽水飴の作り方は逆でしょう」
ポチとお慶は首をかしげ、業親は意味不明な表情をしている。
お福は、ハッと気がついた。
「雛鶴、あなたわざと間違えたことを言って、お慶殿と業親がポチの言うことを理解できているか試しましたね」
「だって、父上様の葬儀には他家に嫁いだ姉上様達や上杉家の関係者も来るのでしょう?ポチの言葉を誰が理解できるかはっきりさせておけば、ポチを連絡係にできますよ。それで、扇谷上杉家の血縁者とポチは意思疎通が可能らしいという事が分かりました。兄上様がポチの言うことを理解できるのは、わたくしの同母兄だからでしょうか」
「雛鶴、そのことだけど扇谷とか関係ないんじゃないかしら。だってあなたは・・・」
お福はお慶を睨みつけた。お慶は発言を止めた。
「お慶姉上様、わたくしが何なのですか?」
「そんなことより、今はお饅頭作りを優先しましょう。今こそ、長野家は団結して危機を乗り越えねばならぬのです。雛鶴は・・・、姉弟間の差別をあおるような発言は控えなさい」
お福は雛鶴を叱った。
「義母様や義姉様には、ポチのことで何か心当たりがあるのかしら?」
首をかしげる藤鶴姫であったが、お福は無理矢理話しを中断させ、皆を台所に押し込むのであった。
・・・・・
「ええと、台所には大麦と米と小豆と塩はありますね。それでポチ、麦芽水飴の作り方について、詳しく教えなさい」
「お福、わかったわん。ええと、水多めの柔らかい米やもち米のおかゆを作って60℃まで冷まして、その中に大麦麦芽を乾燥・粉砕したものを加えてよく混ぜて、55℃から65℃を1刻から1刻半ほど保って甘くなったらそのおかゆを布で漉して、出てきた甘い液体を鍋で煮詰めるんだわん」
「ちょっと待ちなさい。『60℃』とか『55℃から65℃』って何ですか?大麦麦芽の作り方は?」
「おっさんが言うには・・・、水が凍る温度が0℃で、沸騰する温度が100℃なんだわん。55℃から65℃というのは、触ったら熱いけど手を入れていられるぐらいなんだわん。大麦麦芽の作り方は、大麦を洗って1日程度水に浸し、その後ザルの上に広げて1日に数回かき混ぜる。表面が乾燥してきたら、霧吹きで軽く湿らせる。数日で根が伸びて芽も出てくるけど、芽が少し出てきたぐらいで日干しして、根をこすり落とせばいいんだわん」
「何ですか、それは。大麦麦芽を作るだけでも1週間程度かかるではないですか。確かに、時間をかければわたしたちにも作れますが、上手く作るには長い経験や熟練した技術が必要そうですね。もっと簡単に作れる甘味はありませんか?」
「おっさんは、甘葛とか蜂蜜はどうかと言っているわん」
「それは、高級甘味料で大変貴重な物です。そのような物を土産で配るなど、正気の沙汰ではありません」
「だったら、糀を使ったらどうだとおっさんは言っているわん」
「糀ですか。甘酒は甘味に使えそうですね。あと、酒蔵で酒種から泡が出ているのを見たことがあります。重曹とやらのかわりに酒種を饅頭の皮に入れれば、ふっくらしたお饅頭ができるのでしょうか?」
「おっさんは、現状なら酒饅頭を作った方が良いと言っているわん。酒饅頭の皮の材料は、小麦と砂糖と酒種だわん。それをこねて発酵させれば完成だわん。量はかくかくしかじかなんだけど、それは未来の本に書かれているものだから、本当にその量で合っているか分からないと言っているわん」
「また砂糖ですか。とりあえず、小麦粉に甘酒と酒種を混ぜて発酵させてみましょう。手の空いている者は、酒屋に行って甘酒と酒種をたくさん買ってきなさい。業親とお慶殿とお英は、執権殿(藤井友忠)に葬儀をどう進めるつもりなのか確認してきて下さい。葬儀の流れや案内文と参列者については、わたしが最終判断を下します。では皆様、よろしくお願いします」
「「「はい、分かりました」」」
皆は与えられた仕事をこなすために散り散りとなり、後にはお福と雛鶴とポチだけが残った。
「雛鶴、貴女は吉業殿の神力を使って、お饅頭をこの世に持ってきたと言いましたね。神力とは何ですか?」
「多分、信仰心のことではないでしょうか。皆が、父上様や吉業兄上様を上州の守護者として信仰すればするほど、お二人の神力は強くなるものと思われます」
「つまり、皆で神頼みをすれば、幽界から饅頭を持ってくることができるかも知れないということですね」
「母上様、それはあまり期待しない方が良いかと思いますが・・・」
「もちろん分かっております。でも、どうしようもなくなったら神頼みするしかなさそうですね」
と、お福は答えた。
・・・・・
そんなこんなで材料も揃い、早速饅頭作りを始めたお福たちであったが、饅頭の皮は堅いわ餡子は甘くないわで、散々だったとさ。
ということで、おっさんは味噌とか漬物とか山菜を詰めた『おやき』作ったらどうかと提案した。
おやきは皆に好評だったが、お福には高級感がないとダメ出しされてしまった。
「やはり、誰も食べたことのない甘味を作るのは無理そうですね。こうなったら神頼みしかありません。ここからここまでの人はわたしと共に饅頭の改良を、残りの者は雛鶴と共に神頼みしていなさい。神様・仏様・業政様・吉業様、どうか長野家に甘味をお与え下さい、とね」
「母上様、承知致しました」
こうして、お福と他数名は引き続き饅頭作りを、雛鶴たちは神頼みを始めるのだった。
(他の転生物だと、簡単に麦芽水飴を作ってたりするけどさー。だいたい、温度計とか物を作るための道具も無しに、知識だけで未来の物を作れる訳ないだろ。そもそも、人間は産まれた時から不平等なんだから、努力すれば誰でも何でもできるとか言い出して、下手に希望を持たせて無理するからこうなるんだよ。やはり、現実を直視してよく身の程をわきまえよ、ってことなのかなあ。弱者は強者に従うしかないといった感じで・・・。でも、それじゃあつまらん人生になるよな)
おっさんは、そんなことを考えていた。




