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心はいつでもプリンセス

ここで舞台は箕輪城へと戻る。

氏業は、魂が抜けた感じで横になっているポチと雛鶴を膝の上にのせ、ポチをモフモフしたり雛鶴の頬を指で突いたりしていた。

「あっ、兄上ずるいです。僕も姉上のお世話をしたいです」

業親は挙手するが、お福と藤鶴姫は有無を言わさず雛鶴を奪うと、雛鶴の着ているセーラー服を丹念に調べ始めた。

「ふむ、布地は丈夫でしかも軽い。そして、ここはこういう構造になっている、と。小袖や打掛よりも着易そうですね」

「えーと、襦袢は・・・。まあ義母様、上下で二つに分かれていますわ。何と扇情的な・・・」

「この襦袢には、何か特殊な素材が使われているのでしょうか?伸び縮みしますね」

「とにかく、型紙が無ければ服は作れませんわ。しばらくは雛鶴様も目を覚まさないと思いますし、今の内に雛鶴様を義母様の部屋に運んで、この服から直接型紙を作りましょう」

「ちょっと待った。母上と藤鶴姫は、雛鶴を素っ裸にして南蛮風の服を作るというのですか?」

「おなごは、今までに見たことの無い斬新な衣服を見たら、それを研究せずにはいられぬものなのです」

「氏業様も、こういう服がお好みなのでしょう。後日、わたしがこの服を着て、氏業様にご奉仕して差し上げますわ」

氏業とお福と藤鶴姫がそんなことを話していると、雛鶴の服装が突然打掛姿に戻り、雛鶴とポチは目を開くのだった。

「あれ・・・、母上様と藤鶴姫。わたくしを布団まで運ぼうとしてくれたのですか?ありがとうございます」

「「いいえ、礼など必要ありません。当然のことをしただけです(でしてよ)」」

氏業と業親は、そう返答するお福と藤鶴姫を、冷ややかな目で見ているぞ。

「ゴホン、それで図書館はいかがでしたか?」

体勢を立て直すべく咳払いをするお福に、雛鶴は「とても凄かったです。美味しい食べ物がたくさん出てきて、いつでも好きな時にお芝居が見れて、数え切れないほど沢山の本があって、屋外には巨大な鉄の矢が飛んでいたのです。吉業兄上様にも会うことができました。あっ、これお土産です」と言って、皆に饅頭を渡した。

ちなみに、幽界図書館から持ち出した物は、雛鶴が念じると現世に現れるぞ。

「これって、近年明国から伝わったとかいうあれですか?」

「母上様正解です。これが、かの諸葛孔明が発明したと言い伝えられている饅頭です。とても甘くて美味しいんですよ。しかも、この時代の材料で作ることが可能なんだそうです」

「へー、そうなんだ」

「逃亡生活続きのわたしは、甘い物なんて食べたことありませんでしたが・・・。ううっ、涙が出るほど美味しくってよ」

氏業は何かを考えながら、そして藤鶴姫は涙を流しながら饅頭を食べているぞ。

「姉上、こんなに甘い餡子を食べたのは初めてです」

「業親、お礼なら『おっさん』さんに言いなさい。ところで母上様。わたくしとポチが幽界に行って戻ってくるまでに、どれくらい時間が経ちましたか?」

「大した時間はかかっておりませんよ。多分、四半刻(30分)も経っていないと思います」

「そうなのですね。わたくし、向こうの世界に半日は居たと思っておりましたが、現世と幽界では流れる時間の早さが違うのでしょうか?」

(さあ、サッパリ分かりませんね)

おっさんは雛鶴に答えた。

そんな感じで、段蔵とお英も呼んで皆で饅頭を食べていると、氏業がいきなり立ち上がり『そうだ、良いことを思いついた』と言うや否や、饅頭を片手に何処かへ走り出した。

「あらまあ、兄上様は何を思いついたのでしょうか?そんなことより、皆様これを見て下さい」

雛鶴は皆に、幽界図書館で借りた紙芝居と本を差し出した。

「この絵は・・・、日本のものではありませんね?見たことの無い風景ですが、何と美しい絵なのでしょう。そして裏面を見ると、この絵の説明文が書かれている。ということは、これは一人が文章を読んで、大勢の人々が絵を見ながら物語を楽しむことができる、というものですね」

「母上様、大正解です。わたくしは、炊き出しの時に集まった孤児たちにこの紙芝居を披露して文字を教えたいと思っているのですが、どうでしょうか?そもそも、この考えに至ったのは、わたくしの人生の目標が定まったからであって・・・。わたくし、みんなに夢と希望を与えるお姫様になりたいのです。だから、孤児たちに文字を教えて人生の選択肢を増やしてあげることができれば、そうなれるのかなって・・・」

「ふふっ、年頃になっても兄にべったりの幼い姫かと思っていましたが、いつの間にか大人になっていたのですね。母は嬉しいです。貴方は自分の信じる道を進みなさい」

「ありがとうございます。母上様」

雛鶴とお福はニッコリと笑った。

一方藤鶴姫はというと、雛鶴の借りてきたマンガを見て目が離せない状態になっていた。

「ふむふむ、これはこれは、なるほどー・・・。恐ろしく繊細で美しい、動きのある絵で冊子が埋め尽くされていますわ。文章は最低限の状況説明と会話にとどめられているから、まるで芝居を見ているかの如く物語が理解できます。これは、源氏物語ですね。ああ、わたしは今まで断片的にしか源氏物語を読んだことがなかったので、どうか物語を最後まで読めますようにと神仏に祈っていたのだけれど、ようやく夢が叶いましたわ」

藤鶴姫がニコニコしながらマンガを読みふけっているのを見て、雛鶴は

(いつもツンツンしたり背伸びしたりしないで、物語を楽しむとか年相応の振る舞いをしていれば可愛げがあるのに)

なんてことを思ったりした。


・・・・・・


「こうして、父親を亡くして使用人の身分に落ちぶれた小さな公女様は、亡き父の盟友に助けられて公女の地位に返り咲いたのです。小さな公女様は、自分が落ちぶれていた時にひどい仕打ちをした人々を全て許し、元の学院に戻りました。そして、世界中から飢える子どもたちを無くすために、自身の財産を投げ打って食糧支援団体と奨学金制度を作ったのです。十年後、公女様は学院を卒業して教師となり、貧しい者や弱者を導く光となりました。それから長い月日が流れましたが、今なお大人たちの起こした戦争・貧困・飢餓によって、傷つき苦しみ、困難な生き方を強いられる子どもが世界中に数多くいます。この果てしなく広い青空の下で、子どもたち一人ひとりが尊く、自由な世の中であらんことを、願ってやみません」

雛鶴が紙芝居を読み終えて周囲を見回すと、何故か観客が数倍に増えていた。

伊勢守や法如は、この物語に禅の精神を感じるといって議論しているぞ。なんでも、現実世界は辛く苦しいものだが、それを嘆くのではなく力強く生きようとする主人公の姿そのものが仏なんだってさ。

お慶(業政の九女で藤井友忠妻)やお英(雛鶴の侍女でお慶の娘)などの女性達は、『公女様が救われて良かったわ』と言ってボロボロ涙を流している。

一方、藤鶴姫は『公女に返り咲いた時、虐めた連中全員市中引き回しの上、磔に処すれば良かったのですわ』とプンスコ怒っていた。

「あのですね、それでは公女様が虐めた人たちと同列になってしまうではありませんか。人間誰しも間違うことはあります。公女様は、間違った人々を許すことで反省を促したのですよ」

「雛鶴様、その考えは饅頭の餡子のように甘いですわ。いいですか、性根の曲がった人々を下手に許したら、反省するどころかそれを屈辱に思い、絶対仕返しされますわよ。さっさと首をはねた方が、世のため自分のため、なのですわ」

「そうかしら。仕返しされるというなら注意していればいいことですし、それにわたくし信じておりますの。心の持ちようで、誰もが皆に夢と希望を与えるお姫様や王子様になれるって」

「まあ、雛鶴様は理想主義者ですこと。わたしは、義父様(業政)の喪が明けたら氏業様と結婚して子を産み、権謀術数を駆使して長野家を強くしますわ。その時には、わたしは皆に悲劇と絶望を与えるお姫様になっているでしょうね」

「藤鶴姫、あなただって皆に夢と希望を与えるお姫様になれます。なりたいと願いさえすれば」

雛鶴姫と藤鶴姫、二人の間に緊張が走る。

(二人を仲裁しなければ・・・)

あせるお福であったが、どう仲裁すべきか見当もつかなかった。

張り詰める空気の中、雛鶴が声を発した。

「そんなことを言う人には、源氏物語を見せませんよ」

「雛鶴様ゴメンナサイ。だから源氏物語を取らないで」

皆がズッこけた。


場は穏やかな空気で満ち、皆は紙芝居の感想を言い合っていた。

そんな時に、氏業が何処からか戻ってきて周囲にこう宣言した。

「一ヶ月後に父上の葬儀を執り行う」と。

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