第93話◆圧力計の赤い針
機関室内がオレンジ色に照らされる。ガルド運転士は火の海を確認し焚口戸をゆっくり閉めた。
機関室はまた影に沈んだ。
ガルドは煤のついた顔を向けポルックスに話しかけた。
「坊主、これだけ出してりゃ、さすがに追いつけねぇだろ」
あの化物を知ってるポルックスはどう返事したらいいか言葉に詰まった。
窓の外では小雨の中、景色が前から後ろへ流れていく。
ポルックスは、乾いた喉を鳴らした。
「……追いつけない、なんて。そんなわけない」
その呟きは、機関車の轟音にかき消された。
ガルドが首をかしげようとした、その時。
――キィィィィィィィィッ!
後方から、金属が悲鳴を上げるような高い摩擦音が響き渡った。
同時に、足元から凄まじい衝撃が突き上げる。
連結部が引きちぎられ、自分たちが乗る先頭車両だけが、枷を外された矢のように前方へ弾け飛んだ。
「なっ、なんだあ!?」
慌てて焚口戸を掴む運転士を無視し、ポルックスは窓にかじりついた。
はるか後方で起きた凄まじい爆発。その衝撃波が、切り離された先頭車両を背後から巨大な鉄の拳で殴りつけた。
「うわあああッ!」
機関室内が激しく垂直に跳ねる。
前方を凝視していた運転士は、防ぎようのない衝撃に椅子から投げ出された。その体が、無残にも真鍮製の操作レバー群へと叩きつけられる。
ガツン! と鈍い音が響いた。
彼の肩が、蒸気の流れを司る加減弁のレバーを、根元まで押し込んでしまったのだ。
「がはっ……、あ、開いた……ッ!?」
運転士が床に崩れ落ちると同時に、ボイラーに蓄えられていた高圧蒸気が、一気にシリンダーへと解き放たれた。
――一瞬、音が消えた。
――ズドォォォォン!!
それは加速という生温いものではなかった。
巨大な鋼鉄の塊が、背中を蹴り飛ばされたように跳ね上がる。
車輪が悲鳴を上げ、レールとの摩擦で火花が帯のように後ろへ流れていく。
反射的にブレーキ弁に手を伸ばした――が、Gに押し潰されて届かない。
「圧力が……! これじゃボイラーが持たねえ!」
運転士が叫ぶが、猛烈なG(重力)に押され、焚口戸に近づくことすらできない。
ポルックスの視線が、振り切れた圧力計に釘付けになる。警告音が鳴り赤いランプも点滅しだした。
(……まずい、これ)
窓の外の景色は、もはや形を留めていなかった。小雨を切り裂き、闇の中を光の矢となって突き進む。
耳を劈くのは、爆発の余韻ではない。
限界を超えて回転する車輪の、壊れる寸前の高い摩擦音だ。高音が脳に直接響いた。
ポルックスは壁に指を食い込ませた。
(止める――方法はあるはずだ)
必死に耐える。
一瞬、意識が遠くなり、ハッとした。
「止めて……! このままじゃ、バラバラになっちゃう!」
加速は止まらない。
針の振切れた圧力計が、カタカタと不吉な音を立てて震えていた。
――とっくに、限界は越えていた。
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